第123話 嵐の前① &第3部【キャトル・エピス】プロローグ
※ひさびさの第一部です。
退艦式を終えると、一旦控え室に。‥‥僕ひとりけっこう広い部屋に通された。みなと軍港の施設、応接間みたいな部屋だ。他のみんなは? って思ったら隣の部屋みたいだ。
まあここは控え室。16人全員同じ部屋にいる必要はない。男子の僕が別部屋の方が、女子も余計な気を使わなくていいんだろう。
軍の運営の人も気を利かせてくれているんだ、と思っていた。この時は。
昼食のちょっと高そうな仕出し弁当が出て、1時間弱かなあ。それくらいの時間が経った所で、係の人に呼ばれた。記者会見だ。
僕は鏡を見て曲がったネクタイを直し、寝ぐせが無いか一応チェックして部屋を後にした。
廊下に出ると隣りの控え室から、みんなもちょうど出てくるところだった。――けど、僕がいた部屋と同じ広さに、15人入っていたようだ。‥‥えっ!?
けっこう広い部屋、ってさっき言ったけど、それはあくまで僕ひとりで使う前提の話だよ。だったら半分ずつ二手に分ければ良かったのに。
会場について、僕の違和感がさらに深まった。席順だよ。偉い人たちが来る前に僕らが着席したんだけど、おかしいんだ。
教室2個分くらいの部屋の前部分に椅子と机が横長に二列あって、20席くらい並べられている。それと向かい合わせに記者さん達の席。パイプイスが50個くらいで、既に10人ほどは着席。パソコンを開いていた。
で、僕だけ前列のほぼ中央。‥‥残りのみんなは後列に誘導された。
そう。ラポルトの女子たちは全員2列目。まるで僕を含めた前列の、バックダンサーみたいな扱いだ。
「‥‥‥‥これは‥‥?」
ラポルトでの40日の旅でいつの間にか忘れていた。ここは紘国、男子よりも女子が多く生まれる国だった。
「よ~。アタシらはここから見てるからさ」
「すみません。見学させていただきます」
アマリアコンビは会場の隅、記者側に座るようだった。‥‥民族服を脱いで式典礼装着てる‥‥!
ソーラさんはともかく、コーラの礼装の違和感がすごい‥‥!
「邪魔にならないようにちゃんとコーラ見張ってますので」
「ソーラてめ。‥‥いや、本土デビューは慎重にいかなきゃだからな?」
いつもの漫才をするふたりも、少しだけ緊張した面持ちだった。
つまり、今から起こることは?
「‥‥席替えを‥‥」
と振り向いたところで、誰かに肩をポンって叩かれた。皇帝警護騎士団の団長、錦ヶ浦さんだった。
「よっ! 救国の英雄殿!」
「え!? ち、違いますよ!」
即座に否定するけれど、悪い気はしない。そりゃあね。‥‥ただ褒められる尺度がデカすぎるのと、‥‥‥‥女子の、みんなの扱いがしっくり来ない。
「あの‥‥‥‥」
「‥‥この形式は、『後ろの子たちを守るため』でもあるのさ」
眉毛を片方上げて目配せされた。
僕の態度から何かを読み取った錦ヶ浦さんから、そう言葉を投げかけられて、何も言えなくなってしまった。‥‥‥‥そう、なのか?
そのまま錦ヶ浦さんは前列の右端の方へ。騎士団の他の隊長さん達も数人入ってきて着席した。
会場はざわざわしていた。取材の準備をする記者さんの出す音。TV中継や配信の準備で機材を持って走るスタッフさん。緊張が入り混じった、今まで経験したことない空気感だった。
僕は横目で後ろの様子を探る。こんな空気なら彼女たちは、ひそひそわいわいとお喋りを始めるはず、なんだけど。
「あれ?」
振り返ってみると、みんな静かにしてる。子恋、渚、紅葉ヶ丘の附属中3人娘はイスの背もたれに背もつけず、浅く座って手は腰、そしてそっと目を閉じている。石のようにピクリとも動かない軍人ムーブだ。
その正反対なのがメンテ3人組。七道さんが腕組みをしてへの字口、「まだ始まんね~のかよ?」感満載だ。両脇のふたりはスマホをいじっていた。
意外なのは愛依だった。しきりに前髪を気にして、手鏡を見ながら必死に直している。その隣の麻妃が、僕の視界に割り込んできてニヤニヤしてた。
みんな緊張してんのに。相変わらずコイツ無敵か?
ああそうだ。仲谷さんは体調不良で来ていないそうだ。「じゃあ代わりにひめっちでも呼ぶか?」って、麻妃が不穏当なことを言ってたよ。
でもまほろ市での配信もみんな身バレ無しのアバターだったし、この記者会見も僕らには名前とか顔とかに処理が入るそうだから、画面映えなんて気にしなくていいハズなんだけど、やっぱりね。
折越さんはアホ毛を気にしていて、泉さんは優雅に窓の外を眺め、初島来宮ペアは日焼けを気にしていた。浜さんはややこわばった表情で動き回るスタッフを眺めていて、桃山さんはうっすらと微笑をしながら、目が合った僕に会釈をしていた。
桃山さんの姿勢。「蹲踞」って言ったかな。旅の中、彼女に教えてもらった。
弓道、というか武道の時の座り方。パイプイスだったけど、彼女はその「蹲踞」をしているようだった。
すうっと背筋が伸びた、とても美しい姿勢だった。
ピ~ロリ。ピロリ。ピ~ロリ。ピロリ♪
唐突に誰かのスマホが鳴った。
「団長。‥‥会見中はマナーモード」
「ああ、ワリワリ。‥‥‥‥はい。錦ヶ浦です」
僕ははっとして自分の軍用スマホをいじって、マナーモードになってるか再確認する。‥‥気がつくと他の何人かもそうしていて。
隊長さんにたしなめられた錦ヶ浦さんが、しきりに相づちを打ってスマホを切った。その後、本人からしたら普通なのかもだけど、よく通る声を会場に向けて放った。
「副指令もろもろお偉方、遅れるそうだ。――ああこの部屋暑くない? 飲み物とか、あります?」
彼の視線を受けたスタッフがサッと動く。しばらくしてよく冷えた麦茶のペットボトルが、僕らや記者さん達に配られた。
「エアコンの温度下げてもいい?」
「団長。オレら鍛えてっから暑がりなんスよ。それに慣れないスーツ」
「そうかなあ。‥‥‥‥あ、咲見くん。暑くない? 暑いでしょ?」
部下のツッコミを無視した錦ヶ浦さんが、そう言いながら僕に近づいてきた。
その彼の大きな背中の向こうから
「暑くないっスよ!」
「またそうやって人を巻き込む‥‥」と声が聞こえる。
錦ヶ浦さんと隊長さんたちの距離感‥‥!
「あ! いえ! 大丈夫です。‥‥下げても」
反射的にしどろもどろに答えてしまった。
「ほらみろ暑いじゃんか! 咲見くんはパイロットだから!」
どうだ! と言わんばかりに錦ヶ浦さんが振り返り、そのオーバーゼスチャーに隊長さんたちが苦笑いを返す。
うん。パイロットと暑がりの関連性はマジで無いと思う。
「そうだ咲見くん! 君マジカルカレント使いだろ!? どう? アレはアレで飲んだ!?」
あくまでムチャクチャ爽やかに、白い歯を光らせてそう訊かれた。
「マジカルカレント使いのアレ」
一瞬、というか最初は何のことかわからなかったけど。
ニヤリと口角を上げた錦ヶ浦さんの表情。
それで察した。うわ。あれだ。
いきなり何ぶっこんでくるんだこの人。
「ほ乳瓶」のことだ。




