第二部 第34話 やっぱり正ヒロインには魔物に狙われるフラグが似合う②
国境の町まであと少し、というところで、愛依さんがツルの魔物に捕まった。
「‥‥‥‥きゃあっ!」
数センチの太さの植物のツルが、愛依さんの右手に絡まって。
彼女は腰を落とすけど、それよりも強く引っぱられてしまっている。
「あれはデカバトス! 野いちごの魔物です。みなさんどうか姫様を!」
春さんの号令で街道そばの茂みを取り囲む。(ホントは「姫様」じゃなくて「愛依さん」だけど、みんな気がつかなかったよ)
「愛依っ!!」
必死な形相のぬっくんの横で、私は愛依さんに目を奪われてしまう。
「‥‥ん‥‥んん!」
馬車が通る石畳の街道と、その両側の林。所々に背の低い木々が藪を作っている。そのひとつから赤い小さい実が見えていて。
その鮮やかな赤い果実、野いちごが罠だったんだよ。たぶん「あ、異世界にもこんな野草が♪」って近づいた愛依さんを、魔物のツルが素早く捉えたんだよ。
「‥‥ご‥‥ごめんなさい‥‥‥‥不用意に‥‥ああっ」
右手に巻きついたツルが、愛依さんの白い服の肩口から胸のほうに入っていく。植物だからゆっくりじりじりと、なんだけど、彼女も振りほどけないみたい。
春さんが駆け寄って剣で寸断したけど遅かった。左手、ウエスト、右足。すでに他の経路からもツルが侵食してきていて、彼女の四肢から胴体へと入りこんでいた。
「‥‥‥‥ふあっ? ‥‥‥‥んんっ!」
にゅるにゅると愛依さんの全身に巻きついたツルが一斉に太くなって、彼女は苦悶の表情になる。
「この大きさだと、やっぱりデカバトスだ。この辺は妖樹系の魔物も多いからな‥‥。あまり強くはないけど、こんな風に身体に絡みついちゃうと面倒だよ」
馬丁さんがそう言ってたけど、その通りかも。愛依さん含め私たちが不用意だった。
けど、実は私、ぜんぜん別のことに気を取られていた。「こんな時に何考えてるの!?」って怒られちゃいそう。
実は。
彼女に見とれていた。
彼女の両足が浮く。にゅるにゅる植物が、彼女の全身に絡んで持ち上げていたよ。
愛依さんとってもキレイ‥‥‥‥なんだよね。ツルの魔物に巻きつかれてるのも、すごく絵になる。
って! 何考えてるの私! なんでこんなことを今‥‥‥‥!?
唐突に我に返って首を振るけど。
「‥‥‥‥ああっ!」
私と春さんの剣で切り払ってみるけど一進一退。思ったよりツルの動きが多くて早い。植物のくせに。
魔物は愛依さんのあらゆる服のスキマにそのツルをずるずる這わせながら、少しずつ奥側、藪のほうへと後退してる。彼女の嬌声が響く。
愛依さんって、ヒロイン体質っていうか。存在が儚げなんだよね。そりゃ魔物も狙うよ、と変な納得をしてしまった。
馬丁さん情報。
この野いちごの魔物は、その果実で人を引き寄せて茂みの奥へ獲物を引きこんでいく。それで自身のツルで囲った場所、自分の安全地帯まで運んで魔力を吸うと。それは断固阻止だよ!
「わっ‥‥わたし、‥‥【創造妊娠】を試して‥‥んっ‥‥みます‥‥。もしかしたら‥‥効くか‥‥‥‥ああっ!」
そうかその手が! って一瞬思ったけど。
「逢初さん。それは恐らく対動物用の【スキル】です。哺乳類で高度な知能を持つ。植物には、対魔物だったとしても‥‥!」
やっぱり。春さんも即座に否定したよ。魔法は相性あるみたいだし。
あと、今彼女は囚われて宙に浮いている。ツルに悩まされて会話も途切れるような状態で、魔法を発動できそうには見えなかった。
「こりゃ無理だ。もう根切りで焼いちまうしか」
結局馬丁さんの提案で、後ろの藪ごと攻撃することになった。そこに本体がいるはずだから。
魔法は相性、植物を倒すなら炎! ということで、まきっちと私と春さん、それに七道さんが【ファイヤーボール】の準備を始めたところで。
「‥‥愛依! 今助ける!!」
辛抱堪らずぬっくんが駆け寄っていった。「おお!? キミも捕まるぞ!」と馬丁さんが静止するのも聞かずに。
わかるよ。今の彼女はエイリア姫じゃなくて紛れもない愛依さん。そのピンチに「男の子モード」になっちゃったんだよね。
「‥‥んんっ‥‥大丈夫。痛くはないけどツルがくすぐったくて‥‥‥‥ひゃあ!」
愛依さんに伸ばしたぬっくんの手に、彼女の全身に蔓延ったツルから一斉に触手が伸びた。
「くそ! 愛依を放せ!」
ぬっくんがツルに巻かれながら、男子の力でブチブチと引きちぎって愛依さんを抱き寄せる。同時に魔法を発動していた。
「愛依を! このォ!!」
「べびたんっ!」
「喰らえ! 【ライトニングボール】!!!」
極大の光弾が撃ち込まれた。愛依さんを追うデカバトスの本体に。
響く轟音!
後ろの茂みごとデカバトスの本体を消し飛ばして、地面が大きく削れて。千切れた植物の枝が上からぼとぼと落ちてきた。
縛めを解かれ、はらりと倒れ込む愛依さんを、ぬっくんが大事そうに抱きとめたよ。
「‥‥‥‥はあっ ‥‥‥‥はあっ」
ぬっくんは息を切らせたまま、魔法を射出した右手をかざしていた。
瞬間。
私は息を飲んだ。
抱きとめたぬっくんと、体を預けた愛依さんが輝いて見えた。
婚前同居やるのも知ってる。小さな結婚式やったのも知ってる。
でも、今肌で感じてしまった。このふたりには「絆」がある。
特別な、「絆」が。
あの日、ぬっくんから逃げてしまって、私が失ってしまったものが。そして思い知る。
ぬっくんの生き道の、ヒロインが。
決して、私ではないことに。




