第15話 宴Ⅰ①
「この車椅子って、どうしたの?」
僕が訊ねると、逢初さんはちょっとドヤ顔で答えた。
「これはね、この艦の備品なの。正確にはこの医務室のね」
朝イチの出撃で、Botを見事撃破したものの、いつものお約束でマジカルカレント後遺症が出てしまった僕は、今日は1日中医務室で過ごす羽目になった。夜になっても身体が全回復はしなかったので、こんな風に車椅子に乗せられている。
そして、「宴」というちょっとした親睦会みたいな物が、この戦艦「ラポルト」で催されるらしい。
時刻は19時20分。もうすぐだ。
「女子は全員参加だよ。あんまり来ない整備班の子たちも来るそうだし、ね」
逢初さんもちょっと楽しそうだね。夜祭り前みたいに。
彼女に車椅子を押されながら医務室を出て、会場へと向かう。まあ、すぐとなりの食堂が会場なんだけどさ。
食堂からは、戦艦らしからぬ明るい音楽が、ジャカジャカ洩れてきていた。
「お疲れ様で~す」
逢初さんと食堂へ入ると、殺風景なはずのこの部屋が、色とりどりの布やリボン、鮮やかな色の花々で飾られていた。机は4つの島に固められ、その上には、久しぶりに見るお菓子やスナックが皿に盛られている。立食パーティみたいな感じだ。
「え、ここが食堂?」
思わず声が出た。――――んだけど、14人の女子達がワイワイ騒いでいてそんな声はすぐにかき消された。学園祭の出し物そのものだ。
女子達は、制服だったり、私服だったり、思い思いだった。
本当は僕らが乗艦した時に支給された艦内服があるんだけど、暑苦しいしデザインが女子ウケが良くないので速攻ロッカーにしまわれた。付属中の3人すらさっさと制服に着替えてたよ。
「おっ! 暖斗くんが来たね~。車椅子か。みんなぁ! この艦唯一の男子が来たぜ~」
声の主は岸尾麻妃だった。会場の視線が一斉に僕に集まる。気恥ずかしいので麻妃に話しかけて場を切り抜けようとした。
「麻妃。何でマイクなんか持ってんの?」
「だってウチ、MCだも~ん」
カラオケみたいにエコーがかかった声。
そうだった。コイツは昔からこういうの率先してやってたキャラだ。
とりあえず常に何かしゃべってるから、こういう会にはうってつけだ。その麻妃が僕に話題を振ってきた。
「暖斗くん。今みんなに『この艦であったらいいなあ』って思うものを1個ずつ聞いてるんだけど~。なんかある?」
即答。
「僕以外の男子」
「あ~ね。だよね~。そんな男子の相棒がほしいさみしがりやの暖斗くん。男子は残念いないけど、女子の相棒はどう? いらない?」
――――何考えてんだ?
「‥‥‥‥ほしいって答えたらどうなるの?」
僕の答えに、麻妃は、大げさに顏に手を当てた。
「実はさ、聞いて回ったら、暖斗くんと話した事ないって子が結構いたんだよね。だからこの機会にどうかなって思って。ほら、動画であるじゃん? 一緒に住んだり旅したりして男女がカップルになる企画」
「‥‥‥‥」
僕は真顔で麻妃を呼び寄せる。
「‥‥いいよ。そんなことしなくても。気まずくなるじゃん」
「いや、暖斗くん。このままの方が気まずいって」
小声でそんな会話としてたら、そこへ渚さんが近づいて来た。
「咲見くん。私も含めてなんだけど、咲見くんの事をちゃんと知らないのよ。たぶん、
みなと第一中学でもそうじゃない? 女子は男子に遠慮して引き気味でしょ? 咲見くんが『タメ口でいい』ってメールくれたけど、額面通りに受け取っていいのかわからないのよ、みんな。――――塞ヶ瀬中とかは特にね」
確かに。「下の名前でフランクに」を呼びかけたけどまだまばらだしなぁ。
渚さんは、そう言って一番向こうの女子の集まりに視線を送った。たしかに、あそこにいる子達とは話をしたことが無い。
この体験乗艦の応募は1年前から始まった。始めは大人数から、徐々に絞られて。で、最終選考の手前くらいから、5~6人のグループに分かれて課題発表とか、共同作業とかをしたんだけど、同じグループにならなくて知り合わない子は結構いた。
僕はパイロット訓練でいっぱいいっぱいで、女子の顔と名前を憶えるとか、そんな余裕無かったんだよね。
いや、ホントに。
「その人たちを今から私がざっくり紹介するから、聞いといてね。あ、一度に憶えなくてもいいから、ね?」
渚さんがそう言って、会場の端からメンバーの紹介をしてくれた。麻妃はMCに戻り、逢初さんは、子恋さんとなにか雑談している。結団式とか事前合宿で自己紹介してるんだけど、確かに全部の顔と名前までは。
「あの、まっ黒い制服の子が2人、さっき言った塞ヶ瀬中学よ。合服の方が桃山詩女さんでブラウス姿の浜一華さん。菜摘をしていた子達ね。あそこはもう何年も男子が居ない、女子校状態なのね」
それは僕も知っていた。みなと市の一番南にある中学だ。南の最果てにあるから、「塞ヶ瀬中」を「さいはて中」ってみんな呼んでる。
「私たちの国防大学校附属中学は、男子も多いし、みんな『軍人』みたいなノリで、女子も男子に議論をしたりするんだけどね。塞ヶ瀬中は元々男子が少なかったのに、3年くらい前に遂に1学年に4~5人になっちゃって。そうすると、その男子の父親達は、自分の子をちゃんと男子のいる中学に転校させよう、ってなっちゃうんだよね。もう、あっという間に男子がゼロになって、それから、そのまま」
「渚さん。最後の1人になった男子の気持ち、僕にはよ~~くわかるよ」
そう僕が言うと、渚さんにはウケた。
「あっはは! そうね。同じ境遇ね~。でも、女子ばかりになった塞ヶ瀬中学の子達は、話す機会が無いから、男子に対して『怖い』ってイメージ持ってるのよ。咲見くんが、『怖くない人』か、『話せる人』かが、わからないから」
渚さんは片手で髪をかき上げた。まるで大人の仕草だ。
「やっぱり、女子は男子に強く出れないじゃない? だから、咲見くん自身から話しかけていけば、みんなタメ口になるんじゃないかしら?」
渚さんの言いたい事はよく判った。
「あそこの、ピンクのブラウスにグレーのスカートが周防中学の3人、初島美羽さん、来宮櫻さん、少し離れて泉花音さん。初島さんと来宮さんは菜摘班、泉さんは艦の操舵手よ。あともう1人の周防中学の仲谷春さんは、調理担当だから厨房にいるわね」
仲谷さんはわかる。いつもご飯作ってるから。話した事はないけど。
「あそこで逢初さんと話してるのが光莉で、まあ艦長だからもう知ってるわね。で、澪はっと? あ、お菓子だけ持って電脳戦闘室に引きこもったみたい。お菓子が切れたらまた出現するでしょ。あの子は、男子どころか、『人類全部苦手』だから」
お? 渚さんは紅葉ヶ丘さんの事を「澪」って呼んでたよね。紅葉ヶ丘学生、って呼ばないんだ。早速確認してみよう。
「今、『澪』って呼んでたよね。彼女の下の名前?」
渚さんはすこしはにかみながら。
「――――そう、実は私達って、プライベートでは下の名前で呼び合ってのよ。実は。ただ公式には何々学生、って呼び合わないといけなっくてね、附属中的には。まあオンとオフよ」
と、ちょっと舌を出して言った。「軍人」みたいだと思ってた彼女達も、話してみればやっぱり「僕と同じ14才なんだなあ」って感じた。と、同時に、こういう親睦会をやる意味も。
こういうのやった方が、たしかにうち解けるよね。
次に、私服――Tシャツにスカート(いつもの制服と同じ短さ)の折越さんが近づいて来た。と、いうより通りかかったって感じか。僕は、昨日の朝食堂で会話したのを思い出しながら、軽く会釈をした。
‥‥‥んだけど、彼女の反応は意外だった。
「暖斗くんはちなみの事キライなんでしょ? あたしだって暖斗くんの事キライになるからいいもん。じゃね」
「は?」
僕は意味がわからずポカンとする。なんだ? あれから何もしてないけど、何があった?
プイ!
わざとらしく顔を逸らして去っていく折越さんを見てたら、後ろから背中をばっちんと叩かれた。
七道さんだった。その後ろには整備班の2人もいる。
「おう、お疲れ」
「あ、七道さん、今の見てた?」
「あれな。安心しろ暖斗くん。私が折越に『ハナシ』しといたから。暖斗くんに変な事言うんじゃねえってね」
あ、そういう事か。
「他の女子からも、『ちょっと男子に何言ってんの?』というクレームが入った。ったく、商業科の連中ときたら」
後ろの2人もうんうんと頷いてる。
つまり折越さんは、七道さんに説教されて拗ねてる訳だ。ちなみに七道さんが、さっきやったみたいにわざと女子っぽい声音を使うと、その下の名前「璃湖」の名の如く、意外とかわいい。
でも、あのまま本当に、折越さんのわき腹のホクロを見せてもらってたら、どうなってただろうか?
まあ、他の女子全員引くだろうから、失う物の方が多いか。
「ま、すぐにまたからみに来るよアイツは。復活早いから」
いや、気にしてないし。
こうして「宴」は続いていく。




