第二部 第31話 泉花音Ⅱ⑦
「『カノン・ギフト』は、あくまで『ギフト券』です」
優雅な物腰から繰り出される、泉さんの優雅な笑顔。
互いの顔を見合わせて、私たちは思い出していた。あの、ミナトウ村での盗賊襲撃、その夜。
村の方々に盗賊撃退の宴会を開いてもらった、その後のことを。
一回私たちは「借り空き家」に集合していた。今後の確認をするためだよ。「やっぱり全員一か所で寝泊まりしたほうがいいのか?」とか。
結局もう盗賊団が来ないだろうという結論になって、結局二手に分かれるんだけどね?
「愛依さん~~。【次元収納】使えるんだったら、【大魔力】も使えないかしら?」
空き家の居間でお茶を飲みながら、泉さんが愛依さんに質問していた。
「無理みたい。あの時エイリア姫の魔力は枯渇していたわ。だから意識がわたしと入れ替わったのだし、わたしの魔力と姫様の魔力は別口だから、わたしの分の魔力でわたしの【固有スキル】が使えたのだし」
「やっぱりそうよね。愛依さんに言うのも違うんだけど、エイリア姫に色々お願いしてたのよ。やっと話が進んで今日、色々やってもらう矢先だったのに~~」
「色々?」
そうだった。私たちが「借り空き家」で寝泊まりしてた時、「ぬっくんハウス」のほうでは毎晩、姫様と泉さんが何事か相談をしてたそうだよ。
「例えばなに? わたしでよければ、できるかも?」
「もしそうだったら助かるわ~~。じゃあまず、エイリア姫が持ってるハンコを【次元収納】から出していただける? この紙に押して欲しいの。おほほ。あ、押すのは私のほうでやるから、大丈夫よ?」
「えっと、ハンコって、印鑑のことよね? ‥‥えっと‥‥これかな? 『エリーシア国 エリーシア王家』って刻印がある‥‥ハンコ? ‥‥にしては豪華な印鑑ね?」
上質な布の袋から、ものすごく凝った彫刻と金の装飾の、でっかいハンコが出てきたよ。なんか神社の御本尊みたいな感じに、綱とか色んなフサフサがついている。
「そうそうそれそれ。あ、私の土魔法でミニゴーレムを呼び出すわ。単純作業はその子がやってくれるから。愛依さんにやらせたりしないわ」
「‥‥‥‥取り出したけど、こういうの、本人の承諾なしにはちょっと‥‥」
「エイリア姫から今日借りる予定だったのよ。本当よ?」
「え~。どうしよっかな。でもエイリア姫がそう言ったたのなら‥‥」
「ちょおっと待った~~!!」
思わずツッコミを入れる!! どっちかっていうとボケ担当の私が。
ええ? それ他人の家の実印だってば!! この国の王家の!!
これ勝手に人に渡しちゃったらダメなヤツ! 事前に姫様と打ち合わせ済だったっていう泉さんを疑うワケじゃないけどさ。
っていうか姫様の【次元収納】。何が入っているのよ‥‥‥‥?
「う~~ん。昨日承諾の話はしたのよ。本当よ。でも愛依さんは勝手にできないか~。そうよね。ごめんなさいね」
「こちらこそ、ごめんなさい」
「いいのよ。おほほ。じゃあ私と【リンク】できないかしら? 国の印綬は取りあえず諦めるから、この分だけでも私の【不可逆性侵襲】で仕上げたいのよ」
言った! 今言った! やっぱり「国の印綬」じゃんソレ。やっば。
さっきから静かだなと思ってたら、ぬっくんとまきっちは遠巻きにこの様子を見て、究極にドン引きしてた。
この時出してた白い紙束が、あの「カノン・ギフト」の原紙だったよ。1000枚はある? たぶんハンコ押したストックがあって、姫様の【大魔力】で一気に【リンク】、泉さんの【スキル】をエンチャントする算段だったと思うよ。
っていうか。
「カノン・ギフト」にエリーシア王家の印鑑押すってどういう意味? そうしたらもう国の、王家の公式の印刷物よね? 意味わかってる!?
「‥‥う~ん。65枚で魔力切れかぁ。1日5枚の私よりはいいけど」
「泉さん。【大魔力】と【リンク】するのって、エイリア姫の保有魔力が出鱈目な量だから、よ? 普通は【リンク】しても絆の度合いによって魔力が全部渡せる訳じゃないから‥‥。減衰率が高いから、普通の人同士だとまずやらないでしょう?」
「あ、やっぱりそうかしら。おほほ。え、愛依さん詳しいのね。眠っていたのに」
「うん。エイリア姫が起きてた時でも、わたしは半覚醒状態。うっすらお話聞いていた時もあったから」
***
実は。
「ふれあい体験乗艦」その退艦後。まきっちは、ラポルトに参加できなかった私に、よくその話をしてくれてた。
これはその中でも、本当に内輪の話だ。
「ウチって実は、『ふれあい体験乗艦』の時に運営から密命もらってたんだよね。ウチへの指示は『ぬっくんは16人中男子ひとり。ウチが表にも裏にも動いて、ぬっくんを女子たちから孤立させないこと』だったよ。まあ、あんまりウチが動かなくても大丈夫だったけど」
「でもあのぬっくんだからね。女子とそんなモメるなんてあった? むしろぬっくんが『正論パンチ』モードになった時に止めるのがまきっちの役目じゃあ?」
「おおむねそうだった。でもぬっくんの『正論モード』を止める役目は、別に運営からは言われてない。ウチ個人のキモチでやってるゼ☆」
「そっか。そうだったね。まきっち」
ってトコまで話して「あ、そういえば」ってなった。「ウチが密命貰ってたくらいだから、他の何人かも密命下ってたらし~ゼ☆」と。
「『大丈夫』って言えば泉さんの密命も。本人が教えてくれたゼ☆ 泉さんは実は副艦長の権限持たされてたって。附属中3人娘が仲違いしたり欠員したり、機能不全や暴走したりした時用に、監視、調整の役目だったって。だから艦橋からあまり動かなかったんだよ? 子恋さんと渚さんに万一、同時に何かあったとしたら、ラポルトの指揮権は泉さんに移る予定だったって。紅葉ヶ丘さんじゃなくってさ。‥‥まあ結局、それも大丈夫だったけどさ」
やっぱりだ。確信した。
泉さんはスゴイ。実はスゴイ。
冷静。博学。中学生とは思えないやり手の個人事業主。
この異世界に紙幣が無かったとはいえ、「カノン・ギフト」を武器にしてしまってる。
実は盗賊には「強盗をしようとしても反撃を食らうリスクがあり、それを心配している」という心理があった。
副首領の別動隊が「蹴り技女」折越さんを警戒したのもそれ。怪我なんかしたら大損だし、稼業を続けられなくなるし。
それを見越して、ギフト券をタダでもらえるなら、とそっちを選択させる。
これに誘導して刃傷沙汰になる前にお引き取りいただいたのもスゴイ。
でも。
「カノン・ギフト」はお金じゃない。紙幣じゃない。さらに胸の奥にあるモヤモヤ、違和感の正体がわかったよ。
泉さんご本人が言う「ギフト券」とも、違うんじゃないかな? もちろん、私たち4人の所感なんだけどさ。
言うとさ。
この紙、なんかさ、ニセ札っぽいんだよね。存在がさ。




