第二部 第31話 泉花音Ⅱ⑤ と第六部プロローグ
「そして、第二段階」
温泉街へ向かう楽しい道中。馬車の旅。
私は泉さんにあの謎の紙「カノン・ギフト」について訊いていた。
「魔法の効果を固定化する【スキル】か‥‥‥‥。普通なら戦闘とかに使おうとするけど、商売に使おうとするのが泉さんらしいね」
「やっぱその『カノン』って、花音からきてんだよね?」
ぬっくんとまきっちの質問に、彼女は「ええそうです」と首を縦に。
「第二段階は、そうやって私の契約書や借用書が、魔法によっての改変を事実上出来なくしたので、信用が高まったこと。そしてさらに、その特性を信用取引とか与信残高の記録として使えないかな、と思いついたこと」
んん? しんようとりひき? よしんざんだか?
「泉さん、ウチらじゃちょっと難しいかも」
私が言いだす前にまきっちが、早めのギブアップ。知ったかよりいいよ。
「え~~とそうね。ごめんなさい。例えば私が商品を仕入れて、業者Aさんに1万円の支払いが発生したとするでしょう? でもちょうど手元に現金が無くて、Aさんさえオッケーなら『1万円は次回必ず払います』って一筆書いて先延ばしにしてもらうの」
「あ、借用書だね?」
「正解。暖斗さん。その借用書、業者Aさんが他の業者Bさんに売ったとしたらどう? AさんがBさんから何か仕入れとか、買い物したとして。Bさんに1万円払うかわりに『イズミ商会に持って行けば、必ず1万円になるから。現金の代わりに、どうだ?』って言って」
「あ、実質1万円の価値があるから、か。泉さんが必ず払う確信があればだけど」
おお? さっきまで寝てたふたりが、話に食いついてきたよ。
でも交易でコツコツ信用を作っていた泉さんは、この点有利だったらしい。取引先で彼女の人格や支払い能力を疑う人はいなかったとか。これってやっぱりパパとかが商売で成功してる人、だからかな?
「中世紘国でも『借書取引』って言って、借用書がお金の代わりに価値を持ってやりとりされたりしたそうよ。――当時は紙と筆とかだけれど」
今度は しゃくしょとりひき、か。ほうほう。泉さんスゴイ詳しいな。
「で、第三段階。ある日ふと思い出したわ。確か『通貨』って、国の『債務証書』、『債券』じゃなかったかしら、って」
え? 「通貨」が「債券」!? さっき言ってた「借用書」ってこと?
「もし紘国に戻ったらスマホで調べたらいいわ。確かに『債券』よ。国がお金を発行したら『資産』と『負債』として計上されてるはずよ。もちろん国の貸借対照表にね。――――あ、ごめんなさい。また難しくなっちゃったわ」
う~~ん。さすがラポルトメンバーに選出されただけある。なんか彼女、経済に詳しいみたいだよ。ちょっと中学生離れしたレベルでね。
そして紘国に戻って、我がスマホを手にするのはいつの日か‥‥‥‥?
「そうね。こう言えばいいかしら? さっきの話は『私が書いた借用書は1万円の価値がある紙として、業者AとB間の支払い方法として成立した。なぜなら私が必ず払うとみんな信じて疑わなかったから』ってこと。それを国の借用書と紘国国家銀行で置き換えたらどう?」
ああ~。それなら。「債券」ってのも腑に落ちるよ。「国が発行した1万円の借用書は、業者AとB間の支払い方法として成立した。なぜならその借用書に1万円の価値があるとみんなが信じて疑わないから」って感じ?
「国が発行した紙切れだけど、みんな国を信用してるから。『その借用書で必ず1万円が得られる』とそう信じるから、成り立つ話なんだね?」
「そっか~。まあ国が保障するんなら、疑うヤツいないゼ☆」
ふたりも納得しだした。わたしも加わる。
「じゃああの『カノン・ギフト』もね! 確か『エリーシア金貨1枚、もしくはそれと同等の物やサービスと交換できる』とかって盗賊さんに言ってたのって?」
「正解。ゆめさん。それがこの『カノン・ギフト』、この紙とインクは私の【スキル】で魔法的に改変不可能。偽造も防止してる。最初は『金貨やギフト品と交換できるから、それで価値を保障します。これをギフト券として、贈答品の代わりに人に贈りませんか?』で始めたの」
「それで王都にギフトショップが」
だんだん謎が解けてきたよ。
「私の取引先以外でも流通して欲しかったから『ギフト券』ってアイデアは成功したわ。この世界では斬新な発想。『贈り物に金券を贈って、店舗やカタログから選ぶ』仕組み。書き物が魔法で書き換えられてしまう世界では、実現できなかったわ。そして、第四段階」
泉さんは楽しそうだった。まさか異世界でカタログギフトとは。
何か異世界って、私たちの現代知識で無双する、ってイメージあるけど、泉さんは経済知識のみで無双してる感じ。
あ、確かにそういうのに適した【固有スキル】だったってのもあるけど、魔力が弱すぎて戦闘では使えなかったんだから、これを転用してるのは泉さんのアイデアの勝利、だよね!?
「積極的に割り増しで配ったのよ。あの『ギフト券』を。例えば8,000円の支払いの時に『この1万円額面の「カノン・ギフト」でもいいかしら?』って。最初は知らない人も多かったけど、喜んで受け取ってくれるようになったの。私が取引の信用を積み上げていたから、と、やっぱり金貨と交換できるから、ね。やっぱり黎明期は兌換に限るわ。で、次の段階」
うお。またムズカシイ単語出てきたけど、話が進んでしまった。
あ、でもこれ、折越さんたちが言ってた「なんか取引先に紙を配ってた」だ。
「第五段階はある程度この『カノン・ギフト』がエリーシア国内に広まったところから始まるわ。ここは金貨銀貨が主に流通する世界でしょう? 私たちの世界から学んで、こちらに戻ってきた人もいたらしいけど、姫様曰くこの異世界の金融システムを変革、構築するまでの人はいなかったみたいね。それで、各国を渡る隊商とかに重宝されだしたのよ。携帯性に優れた『カノン・ギフト』が」
そうそう。そうだよ。
春さんと旅をしてた時、大変だった。
ふたりで路銀――旅の旅費を分割して持ってたんだけど、銀貨銅貨はジャラジャラ重いし、かさばるし。次元収納ないし銀行ないし。
おつりをわざと銅貨で払う人とかいて。‥‥ま、私もやり返したけど。
いつも失くさないかヒヤヒヤだったよ。昼間スリにあわないか心配して、寝る時は泥棒を心配して抱いて寝たよ。あの冷たい硬貨をさ。
「この『カノン・ギフト』はある程度の強度の紙と、水や油で溶けにくいインクが使われてます。――その組み合わせに【リンク】させた私の【|不可逆性侵襲《トランスペアレントインターベンション】。これで偽造がほぼ不可能になりました。魔法の火では燃えません。だから、ミナトウ村で燃やした時は松明の火を使ったのよ。わざわざ」
ああ!? あの時!!
それで、まきっちの炎で松明を。そっか!!
もしこのギフトカードがニセモノか疑うなら、火魔法で炙ってみればわかるんだね? ニセモノかどうかの判別が簡便だよ。私が旅する時に欲しかったよ。これ。
あれ? ぬっくんは疑問があるみたい。
「あ、でもさ。これって金貨と交換できるんだよね? じゃあこのギフト券を持った人が全員金貨と交換しようとして、一斉に『イズミ商会』に詰めかけたらどうなるのかな? 全員分いつも用意してるの? 金貨」
「そうですね。いい質問です。銀行の取り付け騒ぎねそれは。そうね。私たち『イズミ商会』の信用が無くなったらそうなるかもしれませんね。でも、大丈夫です。変な取引をして信用を失ったりしませんし、金貨も十分にあります。――――何より各国と遠距離交易をする方々は、重くてかさばる金貨は欲しがりませんよ?」
って、ちょっと待って!? 気づいちゃった!
今の「銀行」って単語で!
「1万円分の物やサービスと交換できる紙切れ」って!?
これ、私たちの世界の「紙幣」とどう違うの!?!?
完全に同じじゃない? え~~!?
しかも。
泉さん。【スキル】でこの「カノン・ギフト」印刷し放題なんだよね? 個人で。
だって自分の能力だし。紙とインク用意するだけだし。
この人、異世界でお札を自由に刷ってる人、ってこと!? 大丈夫!?
ヤバくない!? えっ!? 恐い!
「いいえ」
私の杞憂に彼女は、ゆっくりと目を細めて笑顔を作った。
それは、とってもとってもいい笑顔だったよ。‥‥‥‥「商人的な」って意味で。
そして彼女は言い放った。普段の所作と寸分違わない、良家のお嬢様的な物腰で。
「『カノン・ギフト』は、あくまで『ギフト券』です」




