第二部 第31話 泉花音Ⅱ④ と第六部プロローグ
温泉郷への入り口、ミーシャ村へと向かう馬車内。
「それはいい質問よ。‥‥そうね。少し経済のお話になるかもだけど、いいかしら?」
私があのギフト券の謎を口にすると、こう言って彼女は微笑んだ。――気がつくと、同乗するぬっくんもまきっちも、うとうと寝ていたんだけど、私のその一言でこっちを向いた。
馬車の中はゴトゴト響く振動音と、小さな窓から流れる景色だけが動いていた。
「じゃあまず、私の【固有スキル】から話さないといけないわ」
そう言って彼女は話し出したよ。通常【スキル】は、初島さんや来宮さんみたいに攻撃に使うものだったりするから、味方にしか教えない。それは春さんから繰り返し言われたよ。攻撃魔法の属性もそう。手の内がバレたら攻略されちゃうからね。
「私の【スキル】は、【不可逆性侵襲】。これって、対象物に侵襲、入りこんでその対象物にかかっていた魔法の効果を固定化する【スキル】なの。一種のアンチ・マジックよ。でも対魔法戦闘では出番がないのよ。例えば初級魔法の【ファイヤーボール】とかは、威力を減らすくらいでぜんぜん防げない。私、魔力量も低いみたいで」
「へええ~~」
そっか。戦闘に参加しなかったのは、そういう理由かな。
しかし【スキル】の内容が、全然頭に入ってこない。‥‥アンチ・マジック?
「そうね。例えば盾に『防御力強化』の魔法をかけたとするでしょ? 一華さんの【硬化体】みたいに。消費した魔力量にもよるけど、一定時間で効果は消えてしまうでしょう? それを永久的に固定化するのが私の【不可逆性侵襲】なの」
え? それってスゴイのでは? 泉さん!?
「そうでもないのよ。私、保有魔力量も瞬間放出量も少なくて。せめて人並みに魔力があったらその名前通りの効果があったはずなんだけど、ダメだったの」
「じゃ、永久的に固定化、はできなかったのね?」
「そう。盾みたいなあんな大きな物だと、その効力を行き渡らせることはできなかったの。部分部分で少し防御力が上がったかもなんだけど、固定化しなかったし」
「盾でそれじゃあ確かに。あんまり意味ないかな~」
「そう。『永久的に強化された盾』のハズが『その効果は一部分で、しかも一定時間しか出来ていませんでした』では戦闘では使えないでしょう? 信頼する武器として。だったら最初から『全体にキッチリ効果があって、そのタイムリミットは1時間』のほうが良くって?」
そうだね。私も春さんと旅をしたから、身に染みてわかるかも。とにかく武器とかは性能が重要なんだけど、同じかそれ以上重要なのが、安定性や信頼性なんだよね。「この威力の魔法ならこの盾で受けてもOK」ってなってないと、恐くて使えないよ。
「それで、【スキル】の件は半分あきらめて、交易をしながらお金を貯めることに勤しんだんだけど、ある時気づいたのよ。この異世界って経済も中世くらいでしょ? 金貨銀貨使ってるし」
そうだよね。この国では国名の「エリーシア」って金貨とかだし。
「それで、私の【固有スキル】、永久的な魔法効果持続、で『魔法で改竄ができない契約書』が作れたら、って思いついたの。魔法で消したりできない書類。そういうのに潜在需要はないかしら? って思ったのよ。それをご提案したら、お取引先に大層喜ばれてね?」
そっか。この世界、紙にインクで書いても、文字通り「魔法のように」消してしまう魔法があるらしい。時間を戻すとか、浄化魔法とか。
だから、この世界では、迂闊に文字で書いた契約書は証拠、証文にならないんだって聞いてるよ。
「そこからは詳しい方に伺って、自らの足で探して。そうしたらちょうど良い木があったのよ。正確には樹木系魔物だけどね。マギアデンドロン。樹木系魔物で、魔法に耐性を持つ種」
その魔物、私も遭遇したことあるかも。
「あ、デカデンドロンとかの近親種でしょ? 確かに異様に魔法が効きにくいかも。春さんが『樹木には火だぁ!』って言って全然燃えなかったもん」
「その葉に宿る朝露でインクを作り、その樹皮から紙を作りました。そして私の【不可逆性侵襲】」
「【リンク】したのね?」
「そうです。正確には文字を記したインクとその専門用紙にこの【不可逆性侵襲】の効果を【リンク】したのよ? 普通に言えばエンチャント、ね。そのインクで書き入れたもの、印を押したモノを試してみたら魔法で消せないし、改変も不可能だろうって。交易しながら色んな得意先で実証して回ったら、誰も改変できなかったのよ。アンチマジックの性質をもつ樹木系の素材に、私の【固有スキル】でその効果を永久固定させる。魔法で絶対改竄不可能な紙とインクを創造して、改変不可能な契約書を作った。これが第一段階」
おお? 何段階まであるハナシなの? でもすごいな泉さん。異世界に一番適応してるよ。ラポルトでは舵ばっか握ってたって聞いてたから、正直こんなにアクティブな子だとは思わなかった。
「じゃ~ん。これが『カノン・ギフト』ね。うふふ」
彼女の懐からあの白い紙が出てきた。紘国紙幣みたいな長方形で、確かにちょうどギフトカードくらいの大きさだ。コピー用紙よりは少し厚手で、黒っぽいインクで単色の印刷がしてある。
これが例のインクと紙か。
「そして、第二段階」




