第二部 第30話 女性の痛み②
ミナトウ村の入り口付近。来襲した盗賊団との戦いは、異様な光景になっていた。
エイリア姫を暴行しようとした盗賊団の荒くれ男たち。
彼女に殺到した彼らは今、お腹を押さえてその足元に転がっている。
当の本人は、その男たちの群れの中にひとり立ち、乱れた白いワンピースを必死に直している。
残りの盗賊は、姫様に殺到しなかった約60人、と幹部剣士のふたりだけ。首領も魔導士も、彼女に触れようとした50人も、みんな彼女の足下に倒れて。
本当にアザラシの群れみたいな光景。
残った彼らも、あまりの事態に呆然としている。
「‥‥‥‥一体何が起こったの? なぜなぜな~に?」
私もつい、口ぐせを呟いてしまったけど。
見えたよ。――目を凝らしたから、ギリ見えた。
姫様は青白い光をその身に纏わせていた。――うっすらだけど。
そして姫様に向けて伸ばされた盗賊たちのむさくるしい手!
だけど、その手が触れた瞬間くらいに、みんなビリビリって電気が流れたみたいに倒れていった。――罠!? 雷魔法!?
それで姫様は無事だったんだ。良かった~!! と思う反面。
魔力切れだったはず。なんで?
トクン――――!
「な? 腹が痛え」
トクン、トクン――――!
「何しやがった!」
トクン、トクン、トクン――――!
「腹が? 膨れて? え?」
「‥‥‥‥【ノーシィストーク】、です。わたしの【固有スキル】って言えばいいんでしょうか? ‥‥‥‥こうなりたくなければ、あなた達には、お引きとりいただきたい、のですが‥‥」
ふたりの剣士と残りの盗賊、交互に首を振って両方を見ながら、少女はゆっくりと語りかける。
「折越さん!」
「ちなみわかってたもん!」
その瞬間に春さん達が、二剣士に切りかかった。不意をついた!
春さんの剣が敵の槍を跳ね上げ、折越さんの回転する鉄棒がドスン、と敵の脇腹に当たった。
「‥‥‥‥くッ!」
「この人たちも連れていってほしいです‥‥‥‥」
退こうとする剣士に、倒れた人を指さす姫様がおそるおそる、そう言って。
残りの盗賊たちは、腹を抱えてもだえ苦しむ仲間を抱えていく。
「‥‥何だこれは‥‥‥‥!? 一体何が‥‥‥‥起こっている!?」
目の前に横たわっていた首領が、滝のような脂汗をかきながら訊いてきた。
そして、それを引き起こした少女は、申し訳なさそうに答えたよ。
「‥‥‥‥‥‥『強制受胎』。わたしの【固有スキル】、【創造妊娠】は、一定条件を満たした人を妊娠させてしまいます。‥‥たとえ男性でも」
‥‥‥‥はい?
「ぐうぅ~?? 何だって??」
「‥‥その体内に魔法力を以って、人口の臓器、子宮が形成されるんです。‥‥‥‥そして魔法のチカラで疑似的な胎児も。その子宮も胎児も青白く光っていて、純然たる魔法であって生命体ではありませんが、その‥‥‥‥」
姫様は言いよどんだ。
「‥‥生まれてこようとするのです。母体から魔力や生命力を吸収しながら。‥‥産道が無ければ、それをむりやり形成してでも。本来、妊娠すれば男性は発狂し、出産のその痛みには到底耐えられない、と医学界では言われています。怪我、病気も含めて人に起こりえる事象、病変の中でトップクラスに痛いのよ。出産は」
待って!!
声質がまったく同じだから気づくの遅れたけど!!
その言い方と医学知識!!!!
「‥‥本来‥‥出血に対して、女性の身体はそれを予期した医学的なシステムを備えています。エストロゲンを代表とする、女性ホルモン群。出産に伴う痛みに対しても、脳内ホルモンで緩和するわ。‥‥だけど‥‥その恩恵が無い男性が、もし出産をするとしたら‥‥‥‥? 素の状態で、解剖学的に狭い、あの骨盤で出産をするとしたら‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥愛依だ」
ぬっくんはもう! とっくにわかってた。
「なんだよそれええ!!」
「そんなぁ! あんまりだあぁぁ!」
「怖えよぉぉ!! 痛えよぉぉ!!」
あらくれ男たちが悲鳴を上げる。そう。悲鳴だよ。
前足を踏まれた犬が、キャンキャン鳴くくらいの音程で。でも、この能力‥‥‥‥!?
強制!? 受胎!? 人口の魔法の子宮!? むりやり産道!?!?
ちょっと待ってよ!
エグい!!
エグすぎる!!!!
あまりにも!!!!
あの強面クールな盗賊の首領が、顔ぐしゃぐしゃにして泣いてる‥‥! 他の男もだいたいそうだ。
最悪最強の拷問だよ! これ! オトコにとって!!
ああああ! ちょっと目を放すと、どんどんお腹が膨れてるし‥‥‥‥!! 4ヵ月目くらい? 見てらんない!!
ただ、姫様‥‥‥‥‥‥もとい、愛依さんの破れたワンピースを見て思い直す。
今も彼女が両腕で押さえてなければ、服の役目を成さない。
もうビリビリボロボロだよ。
そうだ。盗賊たちは今まで、さんざん人さらいをして、村娘を襲ってきたんだ。――これはその報い。報いだよ!
わたしの目に、不意に彼の背中が目に入った。転がる男達の群れの中に屹立する少女を、一心に見つめている、彼。ひとりの少年。
異様な光景を前にしながら、私は彼に語りかけていたよ。
「確かに、あの盗賊たちだって、みんな最初は赤ちゃんで‥‥。でも生んでくれた母親が必ずいて、なのよね。ぬっくん」
「‥‥そうだね。僕には一生わからないけど、母親たちは、死ぬ思いで痛みに耐えて生んでくれたんだよね? ‥‥‥‥決して。それを忘れてはいけないって、愛依は伝えたいんだよ」
「‥‥充分に。‥‥‥‥気をしっかり持てば、あるいは。発狂せずに済むかもしれないわ」
愛依さんは空に向かって、まるでひとり言のようにつぶやいた。
「わたしは『女性の痛み』を以って代償とする、と忠告したわ。村人に、女性に、弱き物に。卑劣な暴力でなく、優しさを向ける人であって欲しかったです」
愛依さんの言葉。その言葉が彼らに届いたかどうかはわからないけど、膨れたお腹に悲鳴を上げる男たちを残りが何とか担いで、盗賊団は撤退していった。
ただ、あの二剣士が、「憶えていろ! まだ別動隊が」と言った捨て台詞が気になったけど。
「‥‥‥‥愛依? 愛依だよね?」
ゆっくりと近づいたぬっくんの言葉に、愛依さんは顔を背けた。
破けた服を握りしめて、背中を向ける。
「‥‥‥‥ごめんなさい。‥‥盗賊さんにこんな姿にさせられて」
「そんなの気にしないよ。怪我はない?」
「この【スキル】の発動条件が、『わたしの素肌に直に触れさせる』なの。敵に魔力を直接流しこまないといけないの」
ああ、そのくらいの厳しめ条件でないと。――確かに「相手の体内に臓器を作る」なんて事象、起こせないよね。
「大丈夫だよ。ほら」
ぬっくんは歩み寄る。とっても優しく。
「ダメよ。盗賊さんにいっぱい触られたもん。色々たくさん触られたもん」
「「「それは‥‥!」」」
(愛依さんのせいじゃない!!)
私を含めて、周囲の女子が一斉に反論しようとして、同時に踏みとどまった。
まきっちだけは、片目をつむって口角を上げているよ。
「‥‥大丈夫。僕はぜんぜん気にしてないし。ほら。怪我も無くて良かった。ね? 大丈夫だよ。いつもの綺麗な愛依の肌だよ?」
肌褒め!? こんなにもド直球で!? ううう、うらやましい!! そして優しい!!
ぬっくんは愛依さんの肩をそっと抱いて。
いや、私だってさっき肌褒められたもん! って違うか。
でもわかる! わかるよ女心!!
愛依さんはぬっくんのことが本気で好きだから。
好きだからこそ!!
他のオトコに自分の身体を触らせてしまったのが辛いんだよ。
裏切ってしまった感で胸がいっぱいなんだよね!?
申し訳なくて死にたいくらい! なんだよね!?
「でも、愛依がああしないと、エイリア姫は攫われてた。僕らも防御魔法で殺されはしなかったけど、ひめちゃんとか他の子も連れていかれたかも。‥‥その状況を踏まえた上で、ああするしかなかったんじゃないかな? 愛依」
そうだよ。私たちの恩人だよ。卑下することない!
「‥‥姫様、‥‥‥‥ではなく逢初さんなんですね? 仲谷です。お久しぶりです。小さな結婚式に間に合わず、申し訳ありません」
そう言えばそうだった。相変わらず春さんは真面目で律儀だよ。
「‥‥少し離れた地に、聖水が湧く温泉があります。聖水由来の美容効果はもちろん、逢初さんが気にされているようなそういった穢も落とせると評判です。この際です。みんなで行ってはみませんか?」
え? 温泉?
「そうです。温泉です。そして泉質が『聖水』、効果効能が『心身その他諸々の浄化』なんです。野卑なオトコ共に触れられたくらいが何でしょう? その身が、その肌が、すっかり清められますよ?」
なんだその! ご都合な温泉は!!
いくら異世界だからって、そんな安易な設定の温泉は許しませんよ!
けしからん。実にけしからんですぞ。
そんなふざけた設定の温泉!!
行くっ!!!! 私も入りたいっ!!
仲谷さん連れてって!!
※ 拙著は「ベイビーアサルト」。ヒロインの能力は必然、赤ちゃん関連になりますね。




