第二部 第30話 女性の痛み①
「仕掛けてくるのもわかってた。いい不意打ちではあった」
私やぬっくんの方を向いて、盗賊の首領が言う。
最初から読まれていたんだ。――「借り空き家組」が、逃げずに「ぬっくんハウス組」に合流しようとするのも。
むしろわざと姫様をイジったりして、私たちが出てくるのを待ってたっぽい。それもこれもあの魔導士が裏で情報を持っていたから、だよね。
ここにあの「附属中3人娘」がいてくれたら。桃山さんが実は遠距離から援護してくれたら。工科のメンテ3人組がなんか機械作ってくれたら。
目の前の状況に打つ手がないと、こんなことを期待してしまう。
「‥‥異世界にその精神を逃したエイリア姫が、仲間を募って戻ってきている。‥‥しかしその異世界人は、思ったより多いようですな。それは追々探すとしましょう」
「ああ。またそれらしいヤツがいたら突き出すぜ。取りあえずお探しの姫が見つかったんだから、礼金は弾んでもらう」
ダメだ。残った仲間もこのままでは‥‥‥‥!
首領や例の魔導士が、エイリア姫の元に集まる。姫は、白いワンピースの肩紐を片方外され、元々開いていた服の、さらに胸元が露わになっていた。
手持ち無沙汰の下っ端が、まだ姫のスカートをひらひらさせていた。
「やめろ。エイリア姫は無傷で引き渡すんだ。そうすれば大金が入るから、上玉を抱きたいんならそれで抱け。それにこの先、村娘なんていくらでも攫えばいい。何せ王宮様のお墨付きだからな?」
「「ヒャッハ~~!!」」
うう。キモイけどぶっちぎりの盗賊ムーブ。そうなるよね? ‥‥でも取り締まるべき国の中枢と盗賊がこんなに堂々と手を組んでるなんて。
この国どうなっちゃうの? 恐くて住めないよ。
「おのれぇぇ! 王が腐心して築いたこの国を。エリーシアを!!」
悔し涙を浮かべる春さんをあざ笑うように、盗賊の頭領が姫様のおとがいを撫でる。
意識のない姫様の端正な顔に、見せつけるように顎クイをした。
「‥‥ふむ。確かにエイリア姫その人。‥‥ここまで瓜二つとは」
例の魔導士も姫の顔を覗きこんだ。
「心配するな。さっき言ったように俺たちは姫さんには危害は加えない。――王宮の連中に引き渡した後は知らんがな?」
完全に勝ち誇ってる。
「珍しいんだぜ。感謝しろよな。俺たちがこんなに行儀がいいなんてなあ」
「「そうだそうだ。村娘だったらなあ!」」
「「ぎゃっはっは。こうはならねえなあ!」」
取り巻いた盗賊達が一斉に下品な声を上げたよ。中世欧圏的なこの異世界だもんね。こんな盗賊団が蔓延ってて、しかも今回は国家権力とつるんでる。
最悪! 最低! こんなのに捕まった女の子は、そりゃあ大変だよ。想像するのも辛い。
なんて、思わず目と耳を塞ぎたくなっていたら。
「‥‥‥‥あなた方は、今まで何人の女性を‥‥‥‥‥‥こうやって泣かせてきたんですか?」
朝の日が昇り始めた村に、ふんわりとした、でも芯を感じる綺麗な声が響いた。
「おやおや、お目覚めかエイリア姫君。いやいや。彼の部下どもがあなた様に無体をするかどうか? ちょうど今話し合っていたんでございます。私めとしては、中の貴女様の精神がご無事なら、容れ物の肉体なぞどうなってもいいんですが、ねえ?」
魔導士の男が嫌味っぽくそう言って、細めた目で盗賊たちを見まわす。
聞いた盗賊は、わっと歓声を上げた。問答は続く。
「‥‥‥‥あくまで、被害にあった女性のことなんて考えてないのね? 1ミリも?」
「考えるワケ無えだろが!」
「‥‥‥‥お腹を痛めて生んでくれたお母さんのことも?」
「知らねえな!」
「それなら、好きにすればいいわ。もう」
「ああ! そうさせてもらおうか! 野郎ども!!」
姫様の答えは、意外だった。
「その汚らわしい手で、わたしの衣服を剥ぎ取って、わたしの肌を好きなだけなぞればいいわ。思う存分。‥‥わたしはイヤだけど」
盗賊たちが固まる。――「マジか?」という表情で顔を見合わせる。
「‥‥でも憶えておいて。あなた方にこの身が何をされようが、わたしはあなた達に屈しない。‥‥決して。‥‥‥‥そして代償は払ってもらうわ。『女性の痛み』。‥‥‥‥それ、そのもので!」
その言葉で魔法がかかったみたいに、みんな一斉に首領を見上げた。――判断を請うているんだ。
首領は「フン」と鼻を鳴らすと、顎クイの手を離して踵を返した。――無言なのは、「お前らの好きにしろ」って意味だよ。きっと。
「「「うおおおおお!!」」」
男たちが猛獣みたいな唸り声を上げながら、エイリア姫に殺到する。みんなが手を伸ばして、その身体に触れようとしていた。
絶体絶命。
「【スキル】、【創造妊娠】」
そう悲しげに呟く、澄んだかわいい声が聞こえた気がした。
「‥‥‥‥愛依?」
ぬっくんのこの声とともに。
エイリア姫の身体が、一瞬青白く光って。
まず最初の異変は、彼女の細腕を掴む両サイドの盗賊だった。
彼女の太ももくらいに鍛え上げられた両腕を、「ぎゃ!」と短く叫びながら彼女から離して。
そのまま倒れこんだ。
咄嗟に彼女は自由になった両腕でその服を掴む。まろびでそうな胸と両脚を隠そうとするために。
そこへ、盗賊たちの手が殺到する。
まるでイソギンチャクの触手みたいに、一斉に彼女の衣服につかみかかる。その華奢な腕では一瞬で剥がされそうなんだけど、不思議とそうはならなかったよ。
そして彼女の肌に迫ったいやらしい手は、手が届いたかと思うとまた「ぎゃッ!」って言って。盗賊たちは次々ともんどりうって倒れていった。
そう。「次々と」。‥‥「次々と」たくさん。
何十人!? 集団心理!? 勢いのまま姫様に殺到した男たちは、浜辺に打ちあがったアザラシの大群みたいに、今は地面に転がって悶えている。
「うぐあああ!!?? なんだこれは‥‥‥‥!!??」
その中には、あの首領と魔導士の男もいた。
そのアザラシの中、ぽつりと立っているひとりの少女。
エイリア姫だよ。無事だ。その身も、服も。
でも何だろう。ほっと取りあえず胸をなでおろしたんだけど。
なにかちょっと‥‥‥‥‥‥違和感?
「‥‥‥‥‥‥愛依?」
ぬっくんがまた、そう呟いた。




