第二部 第28話 どの異世界でも悪い人っているよね?①
まきっちの火魔法で濡れたパジャマを乾かして、隠れていた初島さんと合流する。その時に、私が感じたちょっとした違和感をみんなに話した。
「切られなかった?」
そうなんだよ。盗賊はわざとじゃないんだけど、剣を私のカラダに当ててた。その時に一瞬刃が脇腹に当たったハズなんだけど。
その瞬間「ピカッ」って光って怪我しなかった。
「それってもしかして、防御魔法なんじゃ?」
初島さんが言った。顔を見合わせる。
「‥‥さっきの雨と同時に、村全体にかけたってこと? こんなことできるのは?」
「さっきの盗賊って、多くて15人くらいっス」
「だよな。盗賊団は100人以上ってウチは聞いたよ?」
「私が捕まった時は60人くらいだったのに」
そうなんだよね。盗賊の出現にびっくりしてたけど、なんであそこにいたのか? 他の賊は何してたのか?
村の上だけに降った不自然な雨。――その前に起こった、不自然な火事。
ぬっくんが切り出した。
「あの家に戻ろう! みんなが心配だ!」
あの家、って「ぬっくんハウス」のことだ。村の裏手にあたるこの「借り空き家」に盗賊が来てたってコトは、じゃあ、村の正面入り口は?
その入り口に近い、ぬっくんハウスは?
着替えてる時間も心の余裕もなかったけど、半渇きのパジャマを羽織って、足早にそちらに向かう。
嫌な予感が止まらない。
***
やっぱりだ。村の入り口付近に大人数の盗賊がいた。たぶん主力。空き家の方に来たのは、きっと「蹴り技女」を見つけて押さえる部隊、別動隊だよ。
「『蹴り技女』に火事を消した雨使い、村全体に防御魔法かけたヤツもいるはずだ。出てこい!」
案の定。ぬっくんハウス付近。
今のセリフで状況が大分わかったよ。
エイリア姫と他のみんなが、盗賊団の首領っぽい人と対峙していた。首領は目つきの鋭い、細面の男だった。
他より背が頭ひとつ高くて、明らかに風格みたいのがある。こっちに来た別動隊のリーダーより全然強そうだよ。
盗賊団はざっと6、70人はいる? 今も村の外からわらわらと賊が集まっている。きっと「借り空き家」から撤退した別働隊もこれからここに合流して来るんだよ。
その70人とぬっくんハウスにいた4人。村の入り口近くで、5メートルくらい距離をおいて問答をしていた。私たちは取りあえず物陰から見守る。
「答える必要はありません。‥‥やはり、放火したのはあなた達でしたか」
剣を構えた春さんがずいっと前へ出る。え? あんな大規模な魔法やったのは間違いなく姫様でしょう?
「だがそれも防がれた。村全体に結界を張り、豪雨を降らして火を消し、さらに家や村人に防御障壁だと? 只者じゃあないな!?」
「答える必要はありません」
そっか。エイリア姫は王宮でクーデターが起きて、この村に隠遁してるんだった。だからさっきの大規模魔法が姫様だってバレるのはまずいんだよ。だから【大魔力】を全開で使うために魔力が外に漏れ出ない結界を張った。
エイリア姫を魔法で探索するクーデター勢に、気取られないように。
でも、逆を言えば、この盗賊の襲撃が姫様の魔法を発動せざるを得ないほど、ヤバい状況だったってこと。
そして、目の前の状況もわかって来たよ。今盗賊の首領と対峙してるのは、姫様、春さんに折越さんと泉さん。
盗賊がやったのは各家への放火で、その混乱に乗じて強盗とかをする目論見だった。
だけど、エイリア姫の村全体への魔法がそれを阻止しちゃったんだ。いる人全員に防御魔法(名前わからず)をかけて、被害を出さなかった、と。
「『蹴り技女』は私よぅ。私は本人よ!」
そう言う折越さんを、後ろで見る泉さんが「あちゃ~」って顔で見てる。‥‥そうよね。今の言い方だと、受け答えした春さんはニセモノ、って白状してるようなものだし。
でも私たち「借り空き家」組は一瞬困った。あそこに合流して加勢すべきか? それともこのままでいて、いざという時に奇襲すべきか?
現場から30メートルほど離れた物陰。これ以上は近づけないよね。
ぬっくんとまきっちが相談してたけど、答えが出ない。
私も参加すべきだったけど、他のことがどうしても気になっていた。
エイリア姫の様子がおかしい。‥‥‥‥何か元気がないみたい。元々色白な姫の血色が、さらに凄絶な白さになってるよ。
盗賊の首領が、細い目をさらに細めた。
「その白いドレスの女か」
「な? 何を根拠に!?」
春さんが剣を構えなおす。
「オマエだ。剣士。常にオレとそいつの間に身を置き、かばっている。主君かなんかか? オイ」
そのかけ声とともに、左右から部下らしき男が進みでた。――武装してて、なんか強そうだよ。
「暴力に訴えても無駄です。観念なさい。この村での悪事はさせません」
盗賊の動きに対して、右手を突き出し、エイリア姫が凛と言い放つ。‥‥う~ん。
格好いいシーンなんだけど大丈夫?――姫様のカリスマ性解放して、正体バラすヒントあげちゃってない?
「やはりな。庶民の娘ではないな? 村全体に及ぼす大魔法。それを隠蔽する結界。訳アリだな?」
首領は後ろを振り返る。世紀末ヒャッハー的な恰好の盗賊がぞろぞろと集まって来ている。――もう100人は超えてるかも。――そっか。村人への略奪が失敗したから、手ぶらでここに集合してるんだ。みんな不満げだよ。
春さんが。
「大魔法の効果を知っているのならわかるはず。その結界内で私たちを弑すことはできません。もう帰ったら如何ですか?」
「いいや。家にかかった防御障壁は大したものだな。だが外にいる人間はどうだ? 対物理防御しかしてないんじゃないのか?」
首領が目配せをすると、左右の男が身構えた。その得物の柄に手を伸ばす。
「さらにだ。もうソイツの魔法力はゼロじゃあないのか?」
「!!??」
その男たちが武器を抜いておどりかかる。鉄製の槍のような武器だ。ひとりは春さん。もうひとりは折越さんに。
折越さんはスカートを瞬時にまくり上げる。
その下にあったのは、左右の太ももに巻いたガーターベルト。
そこに仕込んだ鞘から黒い棒を抜いて、振り下ろされた槍を受けていた。
舞い上がった彼女の短いスカートが、ファサッっと音を立てて、元の位置まで戻った。
把手のついた黒い鉄棒が左右一対。拐っていうトンファーを長くしたような武器だって。以前見せてもらっていた。
スカートの中からキーアイテムを取り出すと、自動で姫様の次元収納から具現化する仕組みだよ。折越さんはこの武器の使い手だった。
でも、敵にしてやられた。
「‥‥愛依! 愛依が!」
ぬっくんが思わず叫ぶ。
その場の全員が部下ふたりの攻撃に息を飲んだ間隙に、首領の男が春さん折越さんの間を抜き去って。
エイリア姫を攫うと、自陣に連れこんでいた。泉さんは反応すらできない。
「ほらな。危害を加えないと防御魔法は発動しない。‥‥これなら連れ去る事は可能だ」
首領の男は口の端を歪め、にやりと笑う。
「そしてオレ達は盗賊団。つまり、本業の人さらいだ」




