第二部 第27話 事務所NGなのに拒否れない現場②
男たちの下品な顔が、並んでいる。
みんな、同じ特徴のやらしい顔だ。服がはだけた私を見て、にやにやしている。
私のお気に入りのパジャマは切り裂かれ、胸下からおへそまで素肌が見えてしまっている。
「ひめちゃん!」
ぬっくんの声がした。四肢を押さえつけられて地面の私は、声の方向が見えない。
「止まれ! 男か。体術使いは女だが。お前も妙な動きはすんなよ」
私の首すじやくびれにペチペチと剣先を当てる。――だめだよぬっくん。私が人質じゃあ逆にぬっくんが切られちゃうよ!?
「見ないで! ぬっくん!」
「‥‥‥‥ぐッ」
「彼氏の前だ。もっとサービスしやがれ」
私を見下ろして、居並ぶ盗賊たちが一斉に爆笑した。みんな、大口を開けて笑っていて。私が雨上がりの地面で泥だらけなのも、ぬっくんの前であられもない姿を恥じらっているのも、面白いらしい。
でも、だから気づけた。私が。私だから。私だからこそ。
たぶんこの世界でただひとりの(当社調べ。本日時点)。
異世界歯科衛生士だから!!
「風魔法! ‥‥‥‥えっと!?」
私は魔法を詠唱する。‥‥いえ魔法を唱えようとしたけれど、魔法名がわからない。
「何でもいいや。【ウインドなんちゃら】! 【多重起動】。これで‥‥通って! ‥‥‥‥お願い!!」
私の狙いは1ミリ四方の空間。そこに向かって魔法力を練り上げる。これなら打ち出さなくても。ただ作用すればいい!
「何やってんだ。魔法ってな最低限魔法名を詠唱してだな‥‥‥‥‥‥ってぐああああ!!!」
盗賊の何名かが悶え苦しみだした。――――やった!
「てっめえええぇええ!! 何しやかった!!」
私を押さえつけてた4人、剣持ちのリーダーっぽい人とその周り、とにかく私の近くで私の姿を笑っていた人たち!
その人たちが。
「痛ってえええ!!」
「ぎゃあああああ!!」
ならず者たちが地に伏せて悶え苦しむその中央で、私は男の力で掴まれていた四肢をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。
あ~あ。パジャマのズボン、おしりが泥だらけだ。水気が中まで貫通しちゃってるよ~。
リーダー格が土下座の恰好で、必死の形相で訊いてきた。
「‥‥どうなってやがる!? ぐぐ‥‥テメエの仕業か!?」
そうだよ。
「‥‥‥‥急性歯髄炎」
「は?」
「歯の中央。歯髄腔って空間の中の空気を魔法力で膨張させたんだよ」
「なんだと?」
「あなた達、ちゃんと歯磨いてないでしょう? 私の魔法で、あなた達の虫歯を思いっきり痛くしてやったのよ!」
大口を開ける男たちの歯。小臼歯咬合面に小齲窩と思われるエナメル質の変性が認められた。つまり齲蝕、虫歯があったってこと。
その虫歯でできた歯の中の気体を、私の風魔法で膨張させる。
その空間、歯髄腔は、歯の神経、歯髄がある場所だから――――。
神経を直にこねくり回すくらいの激痛が起こる。他のことが何もできないくらいの、激しい痛み。
盗賊さん達は、ものすごい悲鳴を上げながら、のたうち回っている。
異世界歯科衛生士!
私は相手の虫歯の場所さえわかれば、簡単な風魔法でその人の虫歯をレベルMAXに痛くすることができる!!
「なんてことしやがるんだ‥‥!!」
「ぎやぁあぁ!! 痛ぇ!」
私を取り押さえていた4人と、剣を突きつけたリーダー格と、そんな私を見に来た数人が、私の足元でそれこそ涙目で悶絶している。
全員もれなく虫歯があって、私はその歯の場所~~専門的な数え方で「14番遠心」とか「35番咬合面」とか~~を全部把握して。
歯は全部見分けるために番号をつけてるんだよ。この番号式の呼び方は欧圏規格。そして準歯科衛生士の私は、その部位を憶えて極小の魔法力を送り込むだけでいい。
「‥‥なんだ‥‥コイツ!?」
それ以外の賊たちは、私を恐れて後ずさってる。近づけば自分も餌食になると思い込んでるよね。――――実際そうだけど。
医学が発達してない異世界で盗賊稼業なんてしてたら、歯とかのお手入れなんて気にしないよね? 紘国でだって虫歯は普通になっちゃうのに。
「‥‥あっちの世界だったらいい歯医者さん紹介するんだけど。無理よね?」
「ひいいい! 逃げろ!!」
盗賊たちが、我先にと逃げ出した。私の言葉を合図に。




