第二部 第27話 事務所NGなのに拒否れない現場①
※ ここから「対盗賊」のお話。
第二部のハイライトとなります。
「た、助けて!」
初島さんの悲痛な声。とっさにぬっくんが彼女を抱きかかえると、まだ雨が降る村側へと引き戻した。――けど、若い女の声だよ。聞こえちゃったハズだ。賊はまだ遠巻きだったけど、こっちを指さしたりしていた。大勢いる。
村は一応レンガの外壁で周囲を囲っている。でも主に魔物用にだよ。このミナトウ村はそんな大きくないから、所どころが戸つきの木の塀だったり石が崩れてたりする。この空き家はそんな、簡単に外に行き来できる場所に建っていた。
「雨で助かった。火は消えてるよ」
見渡すとあちこちで燃えだしていた家の火は、あらかた消えたみたいだ。各家から白い煙が上がっていた。
でも盗賊の進入は防げなかった。10人くらいが軽業師のように、塀を乗り越えてあっという間に入ってきてしまった。
「まずいな。全部後手後手だ。ホントは外で迎撃しなきゃダメなのに」
まきっちが悔しそうだ。火事、雨、盗賊。変わる状況に追いつかないんだよ。
「お前らかぁ転生者ってのは? この中に蹴り技使いの女はいるか?」
たぶん折越さんのことだ。彼女はぬっくんハウス、ここからは村の反対側の方だ。
そしてもしここにいたってロクなことない。「この前オレの舎弟が世話になったなぁ!」みたいな展開なんでしょどうせ?
魔法が得意じゃない、って情報の盗賊は、剣とか斧とか痛そうな武器を持っていた。初島さんは驚いていて、櫻さんが必死に慰めてる。――だめだ。彼女たちの【無敵の矛】と【無敵の盾】があれば戦えるんだけど、生身の人間と切りあえるかどうか‥‥?。
「ヤバい。逃げよう」
まきっちに肩を叩かれて我にかえる。もうぬっくんと来宮さんで初島さんを抱えて、村の中心の方に移動を始めている。
「答えねえってコトは、そういうコトだな!?」
「ひめっち!」
盗賊が追いかけてきた。このメンバーの中で対人戦闘の練習をしてるのはたぶん私だけ。春さんと殺陣やってたから。
一瞬そう思ったのが失敗だった。殿をやろうとして補足されて。
私は10人ほどの盗賊にあっという間に囲まれて、ひとり暗い地面に転がされてしまった。
曇天の中雨は弱くなってたけど、地面はぐちょぐちょだよ。お気に入りのレモン色のパジャマがあっという間に黒い泥にまみれた。――ああ、お気に入りだったのに。
「コイツはさっき水魔法を」
「念のためだ。4人がかりで取り押さえろ!」
世紀末ヒャッハーな容姿の屈強な男たちに、四肢を掴まれた。腕1本をわざわざ男ひとりずつが押さえ込んでる。たぶん色んな魔法、特に身体強化魔法を警戒してるんだ。
私を折越さんだと思ってるかも。
「ひめっち!」
逃げるぬっくんたちの足が止まってしまうのが一瞬頭に浮かんで、悲鳴を上げるのを躊躇してしまったよ。人質になってしまった。
しかも転がされた時に服が乱れてる。泥だらけのパジャマの上着がめくれて、私のウエストが丸見えになって。
「動くな! お前ら!」
盗賊のリーダーみたいな人が私に剣を向けて、その先でめくれた服を弄ぶ。
「ちょっと! 事務所NGなんですけど!?」
「は? 何言ってんだコイツ」
ビキニとかはNG。ちゃんと服着た撮影しか受けてこなかったのに!
「グラビアのお仕事は断ってるの!」
「グラ‥‥? なんだって? ああ。服剥かれるのが嫌なんだな!?」
しまった逆効果? 盗賊は剣の先をパジャマの上着にひっかけて面白がってる。
「ちょ! 最低! 異世界でおへそ出しってOKなの? マネージャー! 社長~~!」
「ぐへへ。コイツものすごい上玉ですぜ」「お~い。逃げるなよ」
リーダー格がにやにやしながら、剣で私の露出を増やそうとパジャマを持ち上げた。
「ひめっち!」
典型的な人質を取られた構図。まきっちが心配してくれるけど、手も足も出ない。
「格闘術を使う女がいるだろう? ソイツを連れてこい。‥‥さもなくば」
盗賊は「ぐへへへ」と笑いながら剣を薙いだ。私の服がぶちんと切れる。
「いないってば」
「嘘をつけ。転生者の若い女だ」
「ここにはいないんだって。本当だよ」
まきっちが対応してくれるけど、盗賊は信じない。折越さんを恐れてるのか? この前の意趣返しが目的か?
「じゃあ、この女がどうなってもいいんだな?」
本当に定番すぎるやりとり。私に危害が加えられるかもしれないシチュ。
でも「コイツは傷つけずに売り飛ばしやしょう。きっといい値がつく」なんて囁きが聞こえてた。最低だけどイキナリ殺されたりはなさそう?
私は大地に転がされながら、自分のおへそを見る。
肌が露出してる。
あっちの世界では、今まで色んなお仕事の依頼があった。
それこそ大手からインディーズに近いレーベルまで。
コンビニに置いてあるマンガ雑誌だと、毎週必ず表紙はアイドルの水着だよね。だいたい。
その大手出版社から企画で声かけされてた。「モグラ女子」って企画だよ。モデルやってて男子受けしそうな子を発掘して、初水着グラビアで売り出そう、という。
モデル + グラビア = モグラ女子。
私は当然断った。社長やマネージャーは受けて欲しそうだったけど、賛成してくれた。
私が断った理由はぬっくん。
当時はラポルト16がバズってて、私は彼に話しかけられない時期だったけど、ぬっくん以外にこの肌を晒すのがイヤだった。
モデルをやっても「こういうお仕事」はしない。
確かぬっくんはモデル業自体にも賛成ではなかったよね? 純粋に私の身を心配してくれてたから。
なのにこういうお仕事を受けてしまったら。コンビニで雑誌のグラビアを手に取るぬっくん。そこにそんな私が写っていたら。
「ひめちゃん!」
ぬっくんが戻って来てくれた。初島さんをどこかに隠したんだ。でも。
今、私のパジャマは大きく切られて、おへそとウエストから胸下まで見えてしまっている。4人がかりで押さえつけられているから、身動きすら取れない。
「おっと男もいたか? 状況はわかってんな? 動くなよ?」
まずい!
この状況でぬっくんがいたら「男は殺せ!」とかこの人たち言いだしかねない。私が人質でそれはまずい!
魔法? ダメだよ。私は両手とかをかかげてそこから時間をかけて打ち出すから。こんなムキムキの男の人を吹き飛ばす出力の風魔法は、この恰好じゃできないよ。
ひたすら肌の露出の低いお仕事をキチンとやってたのに!
よりによって本人の前でこんなことされるとは! くやしい!!
私は恥ずかしさ50% 怒り50%だった。そして私の独りよがりなんだけど、ぬっくんに申し訳ない気持ちで胸が痛かった。
「「ぐへへへへ」」
ああ。「その笑い方しかできないの?」ってくらいに、周りの山賊は同じ顔でニヤニヤしてる。きっと、あられもない私の姿を見て悪いコト考えてるんだ。
みんなホントに同じ顔。口もとをゆるませてジロジロ見て。
最低!! って思って目を逸らしてたんだけど、くやしいから思わずにらみ返した。
きっと、私は、涙目だったと思う。
そうしたら。
あった。――――突破口。
人質に取られ、屈強な男に四肢を押さえられ、想い人の前で肌を晒され。
到底脱出不可能なシチュエーションからの、小さな可能性が。




