第13話 重婚制度②
医務室のオレンジ色の灯りの中で、逢初さんは静かに語りだした。
それは、彼女の「家の事情」だった。
「うちはお父さんの『1番目の嫁の家』なんだけど、『2番目の奥さんの家』よりも先に、まず最初にわたしが生まれたのね。で、その後に『2番目の家』で男子誕生。わたしのお母さんは『先を越された』ってすっごく悔しかったみたいで」
絋国の重婚制度。その光と闇。
よくある話だね。男子が生まれにくい絋国では、みんな当然男子に生まれてきてほしい。
あ、女子の命を軽く見てる、とかじゃないよ。‥‥でもやっぱり、家の存続とか考えると「子孫が全員女子」とかだと色々難しいみたいで‥‥。
アフターサジタ――50年前のサジタウイルス蔓延後――ウイルスが一段落して、さあこれから経済とか色々正常化するぞ、って時に、とんでもないウイルスの置き土産が発覚した。
男性が生まれて来ない。生まれても、その確率は以前の6分の1。
国土の防衛とかだとやっぱり男性が必要なので、この絋国では、生まれる子供を増やす事で男子の数を何とか維持しようとした。そのぶんだけ激増した女子は、数ばかり多くて‥‥みたいになってきちゃった。
数の減った男性は正式に4人までと結婚していいことになって。消費税は30%に上がり、――社会保障費――そういう重婚世帯の補助に使われている。
で、重婚OK、となると、4人の妻でだれが男子を生むか、みたいな事が、すごい重要になっちゃってる。
戦国時代みたい、って言えば伝わるかな。キレイごとはもう言ってられないんだ。実際。
なんか、世界を見たらそういう宗教メインの国とかで、ふたり以上の女性と結婚するってのは制度としては珍しくないそうだけれど。
この絋国は1回、一夫一妻制になってるからね。それだと抵抗感も強い。
この重婚制度にせざるを得なかった、とはいえ、やっぱり色々揉めたらしい。女の人だって、胸中複雑だよね。
そして。
男子出産ガチャ。
1番目の結婚相手、「第一席」が最上格の正妻、なんだけど、他、例えは「第二席」、「第三席」、「第四席」で男子が生まれると、そっちの家が「本家」になったりする。
僕の母親達だって、井戸端会議でそんな話ばっかりしてるみたいだ。
「結局うちは、あと同母妹2人が生まれて、男子には恵まれなかったのね。お父さんは、足もお財布も、本家の方ばっかに向いて、ウチからは遠のいちゃって。もちろん国の手当があるから、食べるに困るとかはないんだけど、‥‥やっぱり色々とね」
絋国では、貴重な男子には全てが用意され、割り振られる。僕から彼女にかける言葉が思いつかない。
「お母さんは、『愛依が男だったら、こんなことには』って、今だに‥‥」
僕に見えない角度でくちびるを噛む。
「だから、わたしはお医者様になって、他の取れる資格も全部とって。結婚できなくていいから、お母さんと同母妹たちと笑って暮らせるようになりたいの」
逢初さんは、下を向いて、両手をギュッとしながら言った。決意のこもった、でも悲しそうな目をして。
僕の日常は。
学校へ行って、部活をやって、ゲームして。
学校へ行って、部活をやって、マンガを読んで。
休みの日はバイトに行って。
そうじゃない日は、友達とわちゃわちゃふざけて。
そんな感じだ。彼女のように、将来のことを考えたり、目標のために努力したり、なんてことは、1ミリもしていない。逢初さんがすごい大人に見える。僕はまるで子供。いや、赤子なんだ。
でも!
‥‥‥‥でも! 言う資格がなくても、頭に何も浮かばなくても、赤子でも。
僕を突き動かす何かが、手足の動かない体の中に湧き上がってきた。
「‥‥‥‥笑ってほしい!」
僕は、そう呟いていた。長い沈黙のあとに。本当はその後に、「君の笑顔は素敵だから」ってセリフが脳内には思い浮かんでたんだけど、さすがに無理だろ。言えないこれは。‥‥‥‥慌てて打ち消したよ。
「え?‥‥‥‥なに?」
彼女は、伏せていた顔を少し上げる。
「‥‥‥‥僕は君に、笑ってほしいんだ。その、君が悲しい顏をすると、どうしてか、僕も悲しいんだ。だから」
この気持ち伝わるのだろうか? 彼女を必死に見つめた。
「あっ! ごっ! ごめんなさい!! わたし、変な事言って。気分悪くさせちゃった。何自分語りしてんだろ。ごめんなさい」
逢初さんが頭を何度も振り下ろすのを、言葉で止める。
「違うよ! 君のせいじゃない。僕が勝手に悲しくなるんだ。僕の前で無理をして笑顔を作れって意味じゃないよ」
「違うの?」
「うん。ゴメン。中2の僕には、逢初さんを何とかしてあげることとかは、全然思いつかないし、正直何もできないと思う。でも君が、無理せず、自然体でも、笑顔で暮らしていけることを願うよ」
「‥‥‥‥そう、そういう意味、そういう意味か。うん。ありがとう。なんかそう言われると、なんかちょっと、うれしいよ」
「うん、そういう意味。それに、女子からそういう身の上話みたいなの聞いたの初めてだから、なんかちょっと、僕もうれしい」
「よかった」
「僕さ、逢初さんの親の話とか聞いて、思ったんだ。僕もいつかは結婚すると思うんだけど」
「いつか、誰かと、ね。この国の『結婚して子供を作れ。出来れば男子』って同調圧力スゴイからね。じゃあ、『美人嫁4人でハーレム作るぞ~』とか?」
「ちょ!? 違うよ。どうやって大人になるかのイメージないのに、嫁の数なんてその先のことだよ。第一、誰かを好きになった‥‥‥‥とかもないし」
「あ、そうなんですか。聞いちゃった。うふふ」
「あ。しまっ‥‥‥‥」
うっかり女子にこんなハズいことを漏らしてしまったけど、いつの間にか逢初さんが笑ってくれた。まあ、よしとしよう。自虐ネタだと思って。
「麻妃ちゃんとかは?幼馴染みでしょ?」
「麻妃? あーね。よく聞かれるけど、ほんとの兄弟より兄弟っぽいからね。異性としては見てないよ。あっちもね。よく3人でつるんでたから、そう思われるだけで」
「3人?」
「ああ、うん。僕と麻妃と女子がもう1人。小屋敷小での3人組。今はみなと第二中学に行ってる子」
「あ~。ほら。やっぱりいるのね。幼馴染みのお嫁さん候補」
「いや、中学になってからハナシしてないし。あ、麻妃とはまだつるんでるみたい。そうそう。この体験乗船も応募してたみたいだけど、落ちちゃったって」
「う~ん残念。小学校の仲良しが再会して旅をする、とかドラマチックだったのにね。実現すれば」
「でね。僕が結婚するとすると、1つ決めてることがあるんだ」
「だからハーレムでしょ?」
「ち、違げ~し! ‥‥もう。将来、1人なのか4人なのかはわからないけど、僕と結婚した人が、僕のせいで悲しい気持ちになるのはなんかヤだな、って。僕はせめて、僕と一緒に暮らしてる人達には、全員幸せになってほしい。‥‥‥‥そう思うんだ」
「あははははは」
唐突に、彼女は笑い出した。堪えられない、って感じで、身をよじって。
もちろん、僕は笑うような面白い事を言った自覚がない。
「暖斗くんって! 変わってるね。普通男の人は、『どうしてもなら嫁にもらってやるぞ! 女ども!』って立場だから、そんな事考えないよ?」
「‥‥そういう風に思うキッカケがあったんだ。いつか話すかもだよ」
僕は真顔で言う。
「そうなんだ。笑ってごめんなさい。うちも暖斗くんみたいな父親だったら、少しは良かったのかなぁ?」
少し考える様子。大きな黒瞳がゆらめく。
「じゃあ!」
逢初さんは診療椅子を立ち上がって、人差し指を立てた。プリーツスカートがふわりと揺れる。
「暖斗くんの、未来のお嫁さんたちに、ぜひ、やさしくしてあげてね。生まれてきた娘さんたちにも、ね」
「約束できる? それがわたしの願い。暖斗くんパパと、奥さんと。あ、奥さんたちと。そして、生まれてくる女の子たちに。暖斗くんがそのままでいてくれたら、きっとそうなる。みんなで毎日笑って暮らすの」
僕は少しポカンと口を開けていた。つまりどういう事? 僕は彼女に「笑顔で暮らしてほしい」と願い、彼女は僕に「家族と笑って暮らしてほしい」と望んだ、‥‥‥‥ってことか?
「うふふふふっ」
僕を見つめる彼女は、満面の笑みだった。




