第二部 第22話 安定のぬっくんクオリティ②
「楽しみ楽しみ」
ひめちゃんは本当に楽しそうだ。目の前の湯飲みに一回視線を落として、また僕を見て肩をゆすって笑う。ラポルトでの話はさんざん麻妃が伝えたそうだけど、まだ聞き足りないようだよ。
「だって。ぬっくんとは再会したばかりだし」
だそうです。ま、いっか。ちょうど思い出した場面があったんだ。さっきのヤツ。
「ラポルトと言えば、『男子ひとり女子15人』でしょ? まあ後からもうふたり追加になるんだけどね、五月蠅いヤツとかが。僕はあんまり女子に絡まないように過ごしてたつもりなんだけど、ついに捕まる時があって」
「うんうん。戦闘とかはだいたいまきっちに聞いたしね。それよりも艦内の空気感がわかるエピソードを所望します」
「麻妃は言ってない? 僕が食堂で、『過去の女子との絡みの話』を言わされた件」
「ひょえぇぇ!?」
ひめちゃんは飛び上がって喜んだよ。どストライクだったらしい。
「何それ~。知りたい。初耳ぃ!」
「じゃあ話すか。自分で言うのも何なんだけど」
「僕の『過去の女子との絡みの話』」。
***
「あ、暖斗くん来た」
麻妃に声かけられて。たしか8月の上旬の頃だった。愛依に退院の許可を貰って、やっと医務室を出た時だったよ。医務室の隣が食堂だってのは、ひめちゃん知ってるのかな?
「お~暖斗くん。あのさあ。女子の皆さんが質問があるって。答えてやってよ?」
思わず「いいけど?」って答えちゃったんだよ。ちょうど昼時で、入院中の食事といえば例のミルクかグラノーラとかだったからね。
やっとまともな食事が食べれるよ! あ、なんかいい匂い!
ってさ。退院しての解放感。ちょっとテンション高めだったかもだよ。
それで、ちょうど昼時だし、ゴハンを食べながら、食堂にいる女子と話をする事に決めた。――この時は気軽に考えてたんだ。
ええっと。面子は‥‥‥‥愛依と附属中3人娘、以外全員いたなあ。珍しく。この後初島・来宮ペアの「フェンシングコンビ」は医務室で検診だって言ってたっけ。
「それでさ。ウチも全部知ってるワケじゃないじゃん? 暖斗くんの恋愛遍歴全部白状して」
「ぐはっ!?」
食事を吹きそうになったよ。いきなり過ぎるだろ? 麻妃のヤツ! ってね。
「‥‥言うわけないじゃん。相手のあることだし」
って即答したんだけど甘かった。食堂入ったところで、ぐるりと囲まれてた。
その場のみんなが僕を見てたんだ。なんか期待した顔で。
桃山さんがあの、目が線になるにっこり笑顔で言うんだ。
「‥‥ほら暖斗くん。『宴』でも色々話してくれたじゃない。同じ戦艦に乗る人同士、もっと暖斗くんのことをみんな知りたいのよ。話せる範囲でいいから、ね?」
そんな言いかたされたら断れない。まあ確かにあのころ、桃山さんとの連携で大型BOT倒してたし、チームプレイの威力はわかってたよ。その桃山さんからの頼みなのと、ここでみんなと仲良くなっておいた方がいいのかな? っていう気持ちが湧いてきて。
紘国だと、男子だってだけで女子は多少萎縮するからね。
「‥‥恋愛‥‥遍歴‥‥とかじゃないけど、じゃ、せめてソッチ系のハナシで‥‥」
「「わ~~パチパチパチ」」
「そうなんだよ。艦内生活続くしそろそろ恋バナのネタに飢えてきてんだよ。ウチを含めて。ネット繋がんないからドラマの最新話見れないしさ~。あ~~!」
麻妃の絶叫。なんかもう話さなきゃならない空気になっていた。とにかくその場のみんなが僕をじっと見てくるから。期待のこもった目で。それに取り囲まれたら、話すしかなかったね。
「恋愛っていうか。まあなるべくそういう感じの話をするけど」
「それでいいよ」
「じゃあえっと、小3の時だよ」
「お~小3! そんな前から」
「隣の席の子に突然言われたんだ。『ねえアンタ。私の好きな人知ってる?』って」
「‥‥前置きとか‥‥無いのね‥‥」
「それで?」
「僕は固まったよ。だってわからなかったんだ。何て答えるのが正解かも、そう言ったその子の真意も。それで黙ってたら、『アンタ』って」
「ええ!?」
「指さされて、『アンタ』って言って走り去った。これが1回目」
「いきなり始まって! いきなり終わった~!?」
「ちょっと待って。これが『1回目』!?」
みんな、ざわざわしだしてたよ。恥ずかしいからね。あんまりその子との馴れ初めも憶えてないし、憶えていたとしても詳しく女子に語れる? 恥ずかしいよね。
「それでその子とは?」
「‥‥‥‥別に何も」
「女の子から告白されたのにスルーしたのかしら? 咲見さん」
普段あんまり喋らない泉さんからの質問だった。‥‥っていうか、笑顔でゆっくりした口調だったけど、セリフだけ聞いたら僕を咎めるニュアンスも入ってる?
「‥‥‥‥うん。その子、僕に何の恨みがあるのか知らないけど、よく爪で引っ搔いてきたり、給食の食べれない分を僕に寄越して来たりだったし。まあ僕も小3なんで、どうしたらいいか分からなかった」
「まあしょうがないわね。3年生だったら。9歳くらいの女の子はもうマセてくるお年頃だけど?」
よかった。怒ってるとかではなさそうだった。そして麻妃は驚いていた。
「‥‥‥‥それは知らんかった。ウチも」
「相談しなかったなあ。っていうか僕もどうしていいかわからなくて、麻妃にもどう言ったらいいか迷ってる内に時間が過ぎちゃったんだよ」
僕を取り囲んだ女子のあちこちから、質問が来た。
「それでその子とは?」
「う~ん。特に変わりなくその後も。他の男子を好きになったとかじゃないかなあ。あ、しばらくして席替えがあって、その子とは離れた」
と、とりあえず答えておいた。うん。特にその後何があったか記憶にないんだよね。話しかけられることがあったかどうか? 正直よく覚えてない。
「それで、小4の時なんだけど」
「え~? もう次の話?」
「‥‥‥‥駄目かな?」
「まあいいや。暖斗くんのペースで聞こうじゃね~か」
「うん。小4の時の3学期。小5に上がる時クラス替えあるじゃん? 『春から違うクラス、お別れになるから』って、自宅にプレゼント持ってくる子がいた。母親と一緒に」
「あ~~。そのパターンは~~」
「‥‥‥‥。そんな理由にかこつけてプレゼント攻勢。コレは使える」
「で、プレゼントの中身は筆箱とか筆記用具だったかな。ありがたく使わせてもらったよ。まだ実家に置いてあると思うけど」
「「え?」」
「終わり?」
「うん」
「また秒で終わったっス‥‥」
「2年連続で好意を受けて、何もドラマが起こってないよね‥‥」
僕が恥ずかしいから、なんだけど、ちょっとあっさり話すぎた? まあだからといって大げさに話したり盛ったりもできないんだけどね。あ、次の5年生の話は、こう前フリしても大丈夫かな。
「あ、次の子はドラマチックだよ?」




