第二部 第22話 安定のぬっくんクオリティ①
村から続く街道。坂になったり開けてきたり色々だけど、ほぼ一本道の石畳。私、桃山詩女は並んで歩く浜一華を見る。
この辺りに魔物の気配は無い。当たり前か。人間の生活域なんだから。
「久しぶりの暖斗くん、どうだった? 惚れ直した?」
しまった。変な質問してしまった。
「うたこ。わ、私にそれ言う?」
「だって。思わず暖斗くんの呪い解くための生贄志願してたし。まだ未練あるのかな~って」
いちこは口を尖らす。
「そ、それはあの場の勢いで、ひめさんが身を焼くって言うから思わず‥‥」
「『私が身代わりに』と?」
「そうだよ。ひ、ひめさんがそんなの、絶対勿体ないよ!」
「でも彼女は本気だった‥‥‥‥。暖斗くんのために、あのルックスを平然と捨てようとした‥‥。目が座ってたね」
「‥‥岸尾さんそこまで教えてくれてないし」
本日2度目。いちこが口を尖らせた。――でもそれもしょうがない。「咲見ひめ」本名「姫の沢ゆめ」さんが、暖斗くんの例の幼馴染みだとは。
いちこはけっこう昔から地元誌でモデルを務める「咲見ひめ」を見つけていた。「自分に無い物をすべて持っている」と、彼女のファン「推し」を自称してた。
その「ひめ」さんがラポルトの幻の選抜メンバーで、岸尾さんや暖斗くんの幼馴染みだとは。――しかも、今回わかった通り、彼女は本気で暖斗くんに想いを寄せている。
その容姿を犠牲にしてもかまわないくらいに。
「でも暖斗くんは、異世界でも平常運転だったねえ」「うん」
ちょっと心配したけど、いちこはスッキリした表情だった。きっと色んなことを、もう割り切ることができたんだろう。そもそも「女の恋愛は上書き保存」。彼氏がいるのに、「前の彼、私まだやっぱ好きかも」は友達無くすぞ?
「で、でも暖斗くんどうするんだろ? 逢初さんと婚前同居が決まってるけど、さらにひめさんともお付き合いするのかな‥‥」
何度目かの林に入って、いちこがポツリと言った。そうなんだよね。私もそこは気になる。
紘国には重婚制度がある。最大4人までで「ちゃんとした」交際なら、同時進行でも女性は許容すべきだと女性すら言っている。二股三股の許容。でも、実は女性にこそメリットがある。一応だれでもその人の一番手になれる訳じゃないから、二番手以降になった女性自身が、その立場を守るための発言だったりもするから。
私は記憶の扉を開ける。向こうの世界の時間にして、半年くらい前の話。
「いちこ憶えてる? ラポルトの食堂でさ、暖斗くんに恋バナせがんだ事あったよね」
「憶えてる。岸尾さんから聞き出そうとして」
「航海の初めの頃だよね? 岸尾さんに『暖斗くん彼女いるの?』って私が突撃した」
「みんな聞きたくて、で、でも躊躇してたし」
「8月には入ってたよね? 大型BOT倒した後くらい? なんか私、医務室でハダカになった記憶が」
「そ、そのへんだよ。岸尾さんが『でも本人いないのにウチがしゃべるのはな~。あ、暖斗くん来た』って」
いちこと肩を並べて歩く石畳。だんだん記憶が鮮明になる。あの懐かしくも刺激的だった、旅の記憶。
「まだ岸尾さんも、『ぬっくん』じゃなくて『暖斗くん』呼びが多かった頃だ。あ~。逢初さんいたら『○月○日の何時何分です』って即答しそう」
「確か、あ、逢初さんは医務室で、3人娘はいなくて」
「他の全員食堂に揃ってた時だよ~」
「は、暖斗くんの『過去の女子との絡みの話』」
***
ひとりでいると、異世界ってヒマだな。スマホもゲームもないし。
さいはて中コンビを送り出して、附属中3人娘と討伐遠征をして。まあ遠征って言っても日帰りコースなんだけど。戦争とかで男手が減ってるから、そのくらいの場所にも討伐対象の魔物が放置されてるんだよね。
僕、咲見暖斗は例の冒険者用宿にひとりで寝ている。
今日も附属中3人娘が僕らの家に泊まるからだ。それであの家だとやっぱり手狭だから、この家を引き続き貸してもらってる。
3人娘はエイリア姫となるべく会談したいので当然あっち。春さんも姫のお世話があるのであっち。「じゃあ男子の僕だけ泊まれば、女子は気を使わなくていいんじゃない?」と僕から提案してこうなった。
思えば感覚がマヒしてるよ。ラポルトの時もそうだけど、女子多数、男子は僕だけっていうシチュ多過ぎだよ。この世界に来てみたら、普通にこの国のお姫様と自宅の離れくらいの広さの家に同居しちゃってるし。
まだしっかり切り離されてたラポルトのほうがちゃんとしてたよ。
壁一枚とか、下手すると僕が向こう向いてる隙に女子が着替えたりするもんなあ。‥‥まあ2部屋しか無いからしょうがないんだけどね‥‥。
あ、それで思い出した。ラポルトの医務室で、女子パイロットが検診してた時。
カーテン1枚隔てただけで、確か桃山さんが服脱いだ時あったなあ。麻妃が変なこと言うから愛依に叱られた。珍しく愛依の口調が強かった。「女医モード」。
で、その後食堂で女子に捕まったんだ。そこでここぞとばかりに訊かれた。
僕の、「過去の女子との絡みの話」。
「ぬっくん。いる? こんばんは」
え? 誰? いや、声とかでわかるけどさ。
「‥‥‥やっぱり向こう7人もいて手狭なの。私こっちで寝ることに。お布団あるよね?」
来たのはひめちゃんだった。もうパジャマになってる。
「いいけど、え? ふたりきりじゃ無いよね? さすがにそれは」
「うん。まきっちも来るよ。後で。姫様が『そうしていただけますと』だって」
「あ~。エイリア姫言いそう。外見は愛依そのものなんだけどね」
「ね?」
「何?」
ひめちゃんとお茶を飲みながら、自然と会話が進む。
「ラポルトのお話聞かせてよ。まきっちが来るまででも。ぬっくんから直接聞きたい」
僕は「いいよ」と答える。彼女は本来乗艦する予定だったから、参加できなくて複雑な気持ちのハズだ。本人は「もう気にしてない」って言うけど、そんな簡単にはね。
僕から話すことで、少しでも気が紛れたら。
「そだね。艦内がどんな様子だったか。ちょうど思い出した場面があったんだ」
ちなみに、「後で来る」と言った麻妃はまだ来る気配がない。
そうなんだよ。
こういう時。アイツは絶対ものすごく遅れて来る。確信犯め。




