第120話「エンディング 後編」③
僕もうっかりしていた。子恋さんとは久しぶりだし私服姿だし。トレードマークの黒縁メガネをかけてないのに気付かなかった。「なんか雰囲気変わったな」くらいとしか。
まあ、みんなそうなんだけど。このくらいの女子って、急に大人っぽくなったりするし、まして今日はラポルトの同窓会兼、僕らのプチ結婚式、「ミークロガモス」でおめかししてるしね。
そして、本物の様な結婚式の挨拶。
「子恋さんにすっかりハードルを上げられてしまった‥‥!」
僕は頭を掻いた。やれやれ本当に、だよ。
さて、どうしたものか、と愛依を見てみたら、ざわつくみんなの方を見ていた。ん?
「ねえねえ渚さん。さっきの『またしても』って、どういうこと?」
そう尋ねるのは桃山さんだ。彼女は僕を一瞬見て、また目を横線一文字にして笑った。
ん? ‥‥‥‥あ! 急にプロポーズする羽目になった僕のために、時間を稼いでくれてるんだ! さすが桃山さん。久しぶりの援護射撃だ。
訊かれた渚さんは、子恋さんをちらちら見ながら、また地面を叩いて笑い出した。
「光莉はねえ。あの作戦、ガンジス島に多国籍合従軍を呼び込んでラポルトで撃滅する作戦を立案して、参謀本部にプレゼンしたでしょう? その案が通ってしまったから、ラポルト出航の日までずっと思い悩んでたのよ。『本当にこれで作戦完遂できるのか?』、『選抜メンバーや島の人に人的被害は出ないか?』、『瑕疵、見落としは無いか?』って。それで、出航までにコンタクトデビューするつもりが、取った眼科の予約忘れちゃったのよ」
子恋さんがまた「ゴゴゴゴゴ‥‥」ってジト目で睨むのも構わず、地面を叩き続ける。
「カワイイでしょ? ウチの光莉。思いついても具申しなきゃいいのに、あんな事。人類史上初、空前絶後の作戦だったのに、やる前はそんなだったのよ‥‥」
子恋さんが最高にバツが悪そうだ。「今すぐヤメロ」が体からにじみ出てる感じだよ。
「‥‥それは陽葵。‥‥思いついちゃったんだからしょうがないじゃんか。あの瞬間、アレを実行できるポジションにいたのが潜空艦ラポルトを操る私しかいなかったんだから。しょうがないじゃんか‥‥。言い出しっぺに見事に役割が回ってきた。運命として受け入れるしか」
渚さんは大笑いしてたけど、聞いた僕らは笑顔だった。完璧に思えた子恋さんの意外な一面も見れたし、ちょっとほっとした。そうだよね? あんなすごいこと思いついたって、やっぱり色々と悩んで戸惑ってたんだよね。
あ、そろそろ僕の番だ。何言うかまだぜんぜん思い浮かんでないけど、少し気分が落ち着いた。ありがとう。桃山さん。
ふと、手に降り注ぐ陽光と、頭上に広がる青空に気づいた。
本当に今日はいい天気だ。
言おう。ありのままの僕の気持ちを。それしかできないし、それでいい。
たぶん、うまくは言えないし、死ぬほど恥ずかしいんだけれども。
僕は愛依に向きあう。花嫁姿の白いレースが陽光に反射して、綺麗だった。
僕は、彼女に向かって語りかけた。
♰ ♰ ♰
あの、愛依、‥‥‥‥じゃなくて愛依さん。
まず、ラポルトでの心のこもった介助、ありがとう。
君が介けてくれたから僕は戦えたよ。本当に、ありがとう。
えっと。そうだな。今から「変な事言う」ってあらかじめで言っちゃうんだけど。
えっと。愛依もみんなも、ドン引きしないでよ?
え~~~~と、ですね。
ほら、プロポーズとかでありがちな言葉があるじゃん。
「オレ、オマエのコト、ゼッタイ幸せにするから」とか。
僕はこの「ゼッタイ幸せにするから」って言葉、嫌いなんだ。実は。
おっとと。引かないでよ。待って待って。聞いてよ?
だってそうでしょ? プロポーズの時にこういうセリフが「ありがち」なのは知ってるけどさ。
誓い?
約束?
何だよそれ?
いや、でも、だってさあ。当たり前じゃないのかな。これって。
何か、人生って一生懸命に、マジメにやってても色々あるらしいじゃん? 山あり谷ありって。未来はいつも不確定なのに、それなのに「ゼッタイ幸せにする」?
言っちゃっていいのかなあ?
~というカンジで一生懸命努力するよ、って言ってるのはわかってるんだ。けど。
何か僕には、嘘っぽくて不誠実に聴こえるんだよね。
だから――――あ、もちろん不幸にするつもりは無いんだけど。
まあ、まだ所詮というか中学生だからね。生きていく事に何の裏付けも無いヤツの発言。大人になって生きる力とか方法とかを身につけてない、ただの中学生が、何言ってんだ? って言われちゃうかもだけど。
でも、それでも。僕は、僕だったら。こう言うよ。
君に。
逢初愛依さん。
あなたの人生に、その幸せに、責任を持ちたい。持たせてください。
あなたの人生、その幸せと笑顔のために、僕の人生を1個使うけど、いいかな?
♰ ♰ ♰
僕は腰を折り、彼女の前に「右手」を差し出した。
「『1個』って‥‥『人生』アイテムかよ?」って麻妃の声が聞こえたけど、無視する。
(好きです、は?)
(愛してる、は?)
(暖斗くん、片膝つくんだよ。ここは)
追加で、小声で色々聴こえてきた。「ああ」と、取りあえず片膝はつく。そして愛依にだけ聞こえる音量で囁きかける。
(‥‥ここで晒すの何となく嫌なんだ。ちゃんとした言葉はいつか必ず言うからさ。それは、これからのどこか。しかるべき時に、しかるべき場所で、でいいかな?)と。
愛依がにっこり笑いながら、僕にだけわかるように微かにあごを引く。――はあ。良かった。みんなの前で『好きです』とか、公開処刑が過ぎるよ‥‥。
公園は静かだった。みんなしばらく無言だったから。
誰かが「‥‥‥‥責任‥‥‥‥!」と呟いた。
「責任?」 「責任って?」
女の子達に伝播する。無言の瞳で会話をしだした。
「責任!」
「重くね?」
「‥‥‥‥。そう。重い」
「もっと甘いセリフを所望ぉ」
「いや良かったでしょ?」
「告ってないっス」
「あ~暖斗くんだから」
「うん。彼らしい。実に」
「あと『人生をイッコ使う』って?」
「ぬっくんさ~。ゲームのアイテムじゃないんだから!」
「捧げる、って意味じゃ?」
「‥‥‥‥。これも重い」
「いいんじゃないかしら。ふふ」
「暖斗くんだからコレで良いんだよ」
「ゆ、ゆっても中学生だし」
風が木の葉をくすぐる葉擦れの波紋のように、女子達のささやきが広がっていく。
枝を持ってそれを止めるように、愛依がゆっくりとおじぎをした。
「心のこもったお言葉、感謝します。わたしからも。‥‥‥‥いい?」
※ちなみに集団シーンでの台詞は
七道「責任!」
岸尾「重くね?」
多賀「‥‥‥‥。そう。重い」
折越「もっと甘いセリフを所望ぉ」
初島「いや良かったでしょ?」
来宮「告ってないっス」
網代「あ~暖斗くんだから」
子恋「うん。彼らしい。実に」
紅葉ヶ丘「あと『人生を1個使う』って?」
岸尾「ぬっくんさ~。ゲームのアイテムじゃないんだから!」
桃山「捧げる、って意味じゃ?」
多賀「‥‥‥‥。これも重い」
泉 「いいんじゃないかしら。ふふ」
桃山「暖斗くんだからコレで良いんだよ」
浜 「ゆ、ゆっても中学生だし」
です。




