第12話 砲戦①
一夜明けた8月2日、その日は、戦艦の警報音が目覚まし時計代わりだった。
早朝に響きわたるアラート。まだ7時前だ。
僕は飛び起きると急いでパイロットスーツに着替えた。トイレに行くのを忘れたんで一旦脱いだりしたけれども。小走りで通路を走る。
「Botに接近されました。艦は回避運動をします。第一種戦闘配置。泉さんお願いし‥‥ガチャ」
艦内アナウンスで、渚さんの声がした。さすがにちょっと慌ててる感じだ。操舵手の泉さんへの声が入っちゃってたよ。
えっと確か「第一種戦闘配置」は、DMTで何時でも出撃できるようにしとくんだよな。で、「回避運動」は、「不規則之字運動」だっけ。ジグザグ運転をするから気を付けて、だ。
「あっ!」
なんて考えてたら戦艦が急に制動をかけたので前につんのめった。
そうだ。机の上の動く物とか片付けなきゃいけないんだった。今ので全部床に落ちちゃっただろうけど、しょうがない、後で片付けよう。
「こんな時は深呼吸。慌てたらダメ」
僕は、研修の時に指導してくれた軍人さんの顔を思い出す。
「咲見くん。水飲んだ?」
インカムから子恋さんの声がした。
「ええと。飲んでないよ」
「じゃあ、操縦席の中にサバイバルパックがあるから、それで補給して」
「うん。わかったよ」
「こっちのミスで近接されちゃった。ごめんなさい」
子恋さんはそういって謝ってくれたけど、僕なんかは何がミスだったのかすら解らないからなあ。基本その辺の中学生だからね、僕は。
僕がDMTに乗り込んで起動すると、戦艦の発進口がヒュイーンゴゴゴって開き始めた。
この頃になると、整備班3人組の影もちらほら見えてくる。風呂の件でわかったけど、整備班は僕のDMTを出撃できる状態まで持ってってから就寝してる。頭が下がるよ。
「ワリ。遅れた」
今度は麻妃の声がインカムから入ってきた。麻妃の戦闘補助ドローン、KRMも準備ができたみたいだ。
「002番機、発進を許可します」
子恋さんの声が聞こえた。
よし。
僕はグリーンのシグナルを確認して操縦桿を握りしめ、スロットルを踏み込む。
DMTの足もとの電磁カタパルトから勢いよく射出‥‥‥‥されない。
電磁カタパルトは「危ないから」という理由で、使用禁止だった。
本職のパイロットでないと無理みたい。あと、「整備班の仕事が増えるから」、という理由もあったらしい。
と、いう事で、僕のDMTは自前の推進器でフロートしながらすうっと発進する。いや、いいんだこれで。うん。別に撮れ高とか俺気にしてないし。
うん。
***
戦艦の高度はいつもより高かった。まあBotに寄られてるから当たり前か。真下に降下する感じで標的を探す。
「まっすぐ降りてると撃たれるよ。暖斗くん」
麻妃から声が入る。じゃあ。と、機体をジグザグさせながら森へ降りていった。
「2時!!」
麻妃の声がした。
その方向から光弾が迫る。
反応して盾で防いだ。着地の瞬間を狙われたみたいだ。だが、レーダーに点在する3機のBotは、逃げて行ってしまった。
「あれ、敵が全然近づいてこないね」
僕が疑問を投げかけると、麻妃も
「そだね。なんか変だ」と返す。
今までのBotは、もっと目的を持っている感じというか、ガンガン攻めてくる感じなんだけど。
「Botにも色んな思考ルーチンあるんだよね。どんな人がどんな理由でこのBotをここに設置したかわからないからなあ」
「僕らがシカトして通り過ぎたらダメなのかな?」
「そうさせて、前方のBotと挟み撃ちにするプログラムかもよ? たぶん母艦のエンジン音データで録られたから、どの道ここで倒さないと面倒な事になる」
「そうよ。寝込みとか襲われたくないわ」
いかにも迷惑そうな口調で渚さんがチャットに割り込んできた。戦闘中に僕と渚さんがチャットするのはレアケースだ。
「今ね。紅葉ヶ丘学生にBotの行動解析させてるの。ストーカーみたいにまとわりつく、いやらしい人みたいなの、このBot」
そういう言い方ってどうなんだろう。う~ん。と考えていたら、紅葉ヶ丘さんの、やる気のなさそうな棒読みの声が聞こえた。
「はい解析でたよー。敵は足止め専門。エネルギー配分も、シールドと逃げ足に偏重してる。さっきのビーム殺意なさすぎ」
「イヤぁ、超めんどくさい人にひっかかっちゃったわあ」
渚さんの大人びた声が妙に耳に残る。ほんとにこの娘中2かな。
「ね。さっきのだけでそんな事までわかるの?」
と、紅葉ヶ丘さんに僕が聞くと
「小型Botのエンジン出力から逆算。受けたシールドのダメージ、機動の速度でまあ解る」
「すごいね。紅葉ヶ丘さん。さすがだよ」
僕は率直にそう思った。戦艦選抜メンバーは、とにかく専門性が高い。
紅葉ヶ丘さんからの返事はなかった。
「ああ、咲見くん。澪は私達以外と会話するとフリーズするから、その辺にしといてあげて」
と、渚さんに言われた。
ん? 澪って、紅葉ヶ丘さんの下の名前だっけ。あ、いや、そうですか。一瞬、僕がフリーズしそうになったが。
「どうする? 渚さん。暖斗くんのマジカルカレント解放して、迫撃するしかなかろうか」
と、麻妃が話を戻してくれた。
「そうね。それでお願い。咲見くん。頼むわね」
「こんなん話してウチらが駄弁ってる内に、Botに隠蔽で寄られてたりして」
「それはないわ。母艦からのカメラで、ちゃんと見張ってたから」
「さすが付属中。‥‥じゃあ暖斗くん行くよ。30秒後に印加電圧5%ア~ップ!!」
僕は頭の中に、自分の背後にあるエンジンをイメージする。
息を吸って、ゆっくりはきながら。
ただそれだけ。
それだけなのに、響いてくるエンジン音が明らかに変わってきた。
エンジン音の高鳴りと同時に、僕の血中アドレナリンも徐々に高まっていった。
さあ、攻撃だ。




