第120話「エンディング 後編」①
サプライズで始まった「小さな結婚式」。
回る輪を解き、僕と愛依――新郎と花嫁を中心にして、みんな思い思いの場所に座った。それぞれの目の前には手製のお弁当と、そして。
「みんな。軍から差し入れがあった。食べて食べて」
紅葉ヶ丘さんが操縦するドローンが、箱詰めされた荷物を着陸させる。みなとデパートのデパ地下のオードブルだ。みんな一斉に拍手をした。
あの戦争以来、僕ら「ラポルト16」は戦争終結の英雄だった。身バレとかがないように、TVとか動画出演はVチューバ―方式で。あと、僕らの個人情報流す人とかがいたら軍が秒で検閲してくれている。
僕らは国の英雄のまま、普通の学生生活を送っている。変な気分だけど、とにかく軍は紘国軍への志願者が増えて、財布のひもがずいぶん緩いみたいだよ。僕らには。
「たま~にあの、仲谷テイストが食べたくなるんよね」
「わかりみ!」
「あ~しは『あの味再現して』ってお母さんに頼んじゃった~」
「再現可能っスか?」
「だめ~」
「‥‥‥‥。やっぱり」
「仲谷がどんな調味料であの味を出してたか、いまだに謎だもんな」
みんな、近況を話したり、ラポルトの頃を思い出したり。盛り上がっていた。
「ああ、しっかし仲谷さん遅いね。ひめっちも」
愛依のとなりには麻妃がいる。いつもの赤い野球帽に、いつものショーパン。まあ今日はちょっと小ぎれいなヤツを着込んでいる。
「仲谷さんが、その姫の沢さんを連れてくるのね」
「名目上はそう。愛依とひめっちを引き合わせるためにね。――だけどまあ、この公園はひめっちの方がよく知ってるだろうからさ」
麻妃は自分で持ち込んだお弁当とさっきのオードブルのエビフライを食べながら、花嫁の「エンブロイダレース」をいじっている。
「いや~。めでてえな。幼馴染の結婚式に出ることになるとは。長生きはするもんだな」
いや、まだ僕ら14歳なんですけど。
「‥‥‥‥中学1年生で出逢ったふたり。でもこの時は、お互いに運命の人だとは知る由もなく。ふたりの関係が大きく動いたのは『ラポルト乗艦』からだったそうです」
調子に乗った麻妃が、結婚式の司会の人風なアドリブを入れてきた。
「麻妃。ラポルトに乗ってたのは結婚式で公表していいのか?」
麻妃はへらへら笑っている。
「まあまあぬっくん。‥‥‥‥医務室での逢瀬を重ね、どちらともなく自然に、ふたりの心は重なっていきます。やがて付きあいだしたふたりは、その愛を確かな物にするため『コハビテシオン』を目指すことを決意。『キャトルエピス』へと動き出します‥‥」
ほんとに結婚式でいいそうだな。
「‥‥‥‥違うの」
ん? 花嫁姿の愛依が、ちょっと困った顔をしてる。
「あのね。麻妃ちゃん。‥‥そのことだけど‥‥実は」
さっきまで笑顔しかなかった愛依がこんなリアクションを始めたので、「しばしご歓談中」だったみんなも自然とこっちを向きだした。
「どした? 愛依。ぬっくんと愛依の隣でずっと見てたウチだから。さっきの経緯であってるよね?」
そうだよ。麻妃は適当に言ってるけど、僕達の「コハビテシオン」の経緯、大筋はあれであってると思うけど。
「違う」ってなんだろ?
「‥‥‥‥まだ、なのです‥‥‥‥」
愛依は何度か僕を見ながら、申し訳なさそうな上目づかい。
「何が?」
「コハビは無事決まったんだけど、その‥‥‥‥。‥‥あの‥‥ちゃんとしたのは、まだなの」
「「ええ~? なに何なに!?」」
麻妃のみならず、その場のみんなが耳を傾けだす。
「愛依ちゃんダメよぉ。そおいうのはコハビ前にちゃんとしなきゃあ。で、何がぁ?」
安定のボケをかます折越さんに、七道さんのツッコミがパチン。
でもみんな急に静かになって、口々に愛依に話かける。
「『キャトルエピス』を集めるのに全力で、それどころじゃなかったというか、ふたりとも忘れてたの。だから――――」
だから、暖斗くんを責めないで、と愛依は前置きを入れて。
「‥‥‥‥まだ、暖斗くんから、ちゃんと言われてないの。‥‥‥‥色々。‥‥あの‥‥」
え? なんの事? 愛依はかばってくれてるけど、僕がやらかしてる流れだよね? コレ。
「え? だってコハビテシオンするんだから、プロポーズはしたんでしょ?」
愛依は首を振る。
「えっと。‥‥‥‥その前、‥‥の段階もまだ‥‥‥‥」
「「!!!! 嘘でしょう!!??」」
女子達の声が一段と大きくなった。――悲鳴に近い。
僕は、だんだん背筋が冷たくなってきたよ。やな予感。
「‥‥‥‥わたしたち、正式には、まだお付き合いしてません。‥‥今さら、なんだけど‥‥」
「「‥‥‥‥はあああああ!!??」」
みんな呼吸を忘れたかのように騒ぎ始めた。それこそ蜂の巣をつついたように。
口々に「ええ~!?」「うそ!?」「まじ!?」「ありえない!」と。
「‥‥‥‥オイオイオイ」
騒然とする中、麻妃も絶句。
いったん場の空気がこんな感じになった所で、七道さんが交通整理を始める。
「‥‥‥‥いや、ちょっと待て。一回整理するぞ逢初博士。‥‥‥‥お前ら、『コハビテシオン』、いわゆる国の定めた『結婚を前提とした同居生活』は決まったんだよな?」
こくり、と愛依はうなずく。「その許可申請の『キャトルエピス』もクリアしてます」
「でも『まだ付き合ってない』と。んん? 順番に訊いてくぞ? ‥‥‥‥暖斗くんからの『告白』は?」
「まだです」
「『好きだ』と言われて?」
「ないです」
「チューは?」
「まだです」
「『付き合ってください』とかも?」
「ないです」
「怖いわ!!」
呆れて天を仰ぐ。
「ちょっと待った☆」
たまらず麻妃も入ってきた。愛依は目をうるうるさせて、僕をちらちらみている。
「愛依。ウチも色々話聞いたけど、ぬっくんそんなんだったの? 言ってよお!」
「‥‥わたしも気にしてなかったの。お母さん攻略が無理ゲーすぎて。それでふたりして疲れ果ててたのよ」
「だからってそりゃないよ。愛依。アンタの天然も大概だよ‥‥!」
場の空気が悪化していく。ヤバくない? 俺。即死フラグ?
「プロポーズしてない、って事は、じゃ、つまり『結婚してください』‥‥も?」
「‥‥『一緒に住もうよ』‥‥とは言ってくれた、けど」
「はああああ!?」
麻妃もついに白目をむいた。
「あ、僕、何かやらかしました?」とは言えず。
「ええ~? それって言わなきゃダメなヤツ?」とも言えず。
渚さんが呟く。
「‥‥まあ‥‥このふたりなら起こりえるかもだけど‥‥‥‥ちょっと信じられない‥‥!」
どうしようかと思案してると、僕に近づく熱源を感知した。――――子恋さんだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥あなた達! ‥‥‥‥いい加減にしなさいよ‥‥‥‥!! があああ!!」
国防大学校附属中学みなと校2年生、子恋光莉。あだ名は「戦略科2年の腹黒ダークマター」。
半年前の「夏休みガンジス島戦役」勃発と終結を企画立案して実行した、世界を手玉に取った正真正銘の黒幕。
その彼女が。
ブチ切れていた。




