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第117話 医務室Ⅴ③

 





 僕が涙を拭く間、愛依は目を閉じたりしなかった。


 ずっと目線を上に、天井の一点を見つめていたよ。


「‥‥ごめんなさい。‥‥もう一度聞きたかったの。わたしはゼノス君に2度捕まって、確かに奇妙な交流をしたよ。わたしに高ストレスを与えて混乱させようとしたし、優しくしたり脅したりして倒錯させる敵の罠だった。それ由来のストックホルム症候群かも。しかも2度目は、わたしから決意して、彼を治療した‥‥!」


「‥‥‥‥‥‥うん」


「1回目も2回目も。‥‥暖斗くんはこの医務室でゆるしてくれた。‥‥‥‥でも」


 力なく笑う顔が、僕へと向けられる。


「この8月31日、戦いが終わったこの日に、もう一度確かめたかったの。そうしないと安心できないから。『ゼノス君』って名前を出したのはわざとよ。悪い子でしょう?」


「うん‥‥そうだね。‥‥その名前を聞くと‥‥‥‥愛依を取られた気持ちになる」



 何だろ? この言葉を口に出せたら、ふわっと一気に心が軽くなった気がした。



「うふふ。‥‥それが『男の子、暖斗くん』の本音? やっと聞けた気がする。‥‥でもあなたは、わたしにちゃんとしてくれたよね。‥‥首から下が動かない、無抵抗な今のわたしに、『何かしてやろうか?』的な気配を見せなかった」



「‥‥‥‥思い出したんだ。昔のことを。【愛依が泣かなくていい世界】って、何だろう? って。‥‥愛依‥‥‥‥僕は答えがわかった気がするよ。何となく」



【暖斗。 男はその人生で、一体何人の人の涙をぬぐうことができると思う?】

【まごころって、何? 普通の心とどう違うの?】


 あの問いがまた僕の頭を巡る。

『何を差し上げたら、信じてくれますか?』

 そう訊いていたのは愛依だったけど、そんな問いには答えない。

 違うんだよ。「そんな質問を相手にさせてはいけない」んだよ。




「『輪っか』を、もう一度作る。何度でも作る。僕は君のそばにいる。そうすると僕は決めた。愛依は何かしなくてもいい。そのままでいいんだよ?」



「輪っか‥‥‥‥!」



 それを聞いた彼女は、すぐには答えなかった。また目に涙があふれてきていて。そのまま、授乳室の天井をじっと見つめていた。


 僕は待っていた。愛依の大きな黒瞳が何かを語りだすのを。




「‥‥‥‥それが暖斗君の答えなんだね。‥‥あなたらしい、のかな? ‥‥‥‥そばにいてくれるのなら、ひとつお願いしていい? 空いてる左手でおなかをあっためてほしいな。暖斗くんは左手もあったかいから」


「うん。このへん?」



「‥‥‥‥。もうちょっと下。おへその下くらい」

「うえっ。下すぎない? これじゃあ‥‥?」

「いいの。あっためて欲しい臓器はそのへんよ」



 そのまま、薄い上掛けをふたりではおった。その中に熱がこもって、生きてる事を実感した。


「空調効きすぎてない?」


「うん。暖斗くんが来ると思って、2度下げてあるよ」


「‥‥!」


 誰もいない医務室。鍵のかかった部屋。遠くの電子音と空調の音。背中の冷気。


 ベッドの上で熱を持つ僕らは、まるで世界にふたりだけのようだった。



「‥‥‥‥ごめんなさい。ハシリュー村でアピちゃんの家に不用意に近づいて。‥‥ごめんなさい。‥‥敵兵なのに手を差し伸べてしまって‥‥‥‥‥‥」


「いいよ。それが愛依なんだから。目の前で怪我をした人、直前に自分の命を救ってくれた人を助けたんだから。――それにあの時敵兵に手を差し伸べなかったら『敵味方含めて犠牲者ゼロの戦争』も成り立たなかった‥‥!」


「‥‥ありがとう。‥‥‥‥ずっとこころに引っかかってたの。暖斗くんにもう一度ちゃんと謝りたかったの。‥‥‥ゼノス君とかかわりを持つことが‥‥‥暖斗くんに何かものすごく申し訳なく感じてて‥‥‥‥」


「僕もだよ。‥‥‥‥『気にしてない』って言ったら嘘になってたんだ。‥‥戦争は終わった。もうすぐ旅も終わる‥‥! ‥‥心にあった小さなわだかまりが消えてくよ。‥‥ここで愛依と話せて良かったんだ‥‥‥‥」



 愛依は無理をして僕の方に身体を起こしていた。僕らは強く抱き合っていた。




 さっきのふたつの【問い】の答え。


 ――――その答えを出す。



 別に言葉で答える必要はないんだ。――むしろ言葉なんかに囚われなくていい。



 僕が彼女に、ぬくもりを伝える。生きている証を。しっかり、たくさん、ちゃんと伝える。



 僕の「輪っか」の中に君がいる。




 愛依は、僕が。


「この僕が守り切ったんだ!!!!!!」


 叫びたい衝動のかわりに愛依を抱きしめた。




「これが僕の答えかな?」



「うん。わかった。ありがとう。暖斗くんが無事で、こうしておなかをあっためてくれて、よかったよ‥‥!」


「お互いね。こうしてまた添い寝ができてよかったね」



 最後の医務室、になるのかな? この旅の。雪が溶けたように、お互い胸が軽くなった。



 そして愛依は、「手。もう一回、いい?」と問うてから「は~~あったかい」としきりに言っていた。


 あらためて僕の左手を、愛依の指定するへその下あたりにあてがったから。


「そのあたりをあっためると、とっても気持ちいいの」と。そして、ふたりでうとうとしだした頃、唐突に愛依にお礼を言われた。



「あらためて。お疲れ様暖斗くん。人型巨大兵器DMT(ディアメーテル)のパイロットとして、この戦艦を、みんなを、そしてわたしを。‥‥‥‥守ってくれて、ありがとう、ね!!」



 愛依はその双眸を輝かせてたよ。さっきまでべそかいてたのに。その心理を彼女に見透かされた。


「あ、ひっど~~い」


「涙、ぽろん、って」


「もう。‥‥ね? 暖斗くん。あと3日でみなと市に帰るんだよね?」


「この旅が終わるね。‥‥そしたらまた学校か」


「わたし達同じクラスよ?」


「‥‥‥‥いつぞやはゴメン。でもクラスメイトとして、あらためてよろしく、だよ」


「うふふ。こちらこそ」


「こんな一緒にベッドに入ってたのに、今さらクラスメイトってのもねえ」


「お互い教室でどんな顔してたらいいのか? わからないね? どうしよ?」


「そだよ。どうしようか?」



 そうなんだよな。‥‥またありきたりな僕らの日常が始まる。‥‥‥‥んだけど、こんな体験、関係になっちゃった女の子と、しれっと普通の関係に戻れるのかな?


 なんて考えてたら。愛依からこんなことを言われた。





「ね。お願い。暖斗くんの事、『べびたん』って呼んでいい?」






第一章ラスト「エンディング前編」の伏線回収です。

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