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第117話 医務室Ⅴ①

 





 差し出されて戸惑う。愛依の「右手」。


 僕が愛依にそうした時には、一体愛依はどう思ったのか。――そうだ。愛依は飛び込んできれくれた。



 でも何だろう? 僕は正直逡巡している。‥‥‥‥それは、きっと。




 僕が男だから。僕が男であるから。


 やっぱり、ベッドで動けない女の子の隣に行くのは、色々意味がありすぎる。



「だめ? ごめんね。こんなお願いして。忘れて」


 愛依の声にはっとして我に返った。――僕はずっと固まってたんだ。


 恐る恐る顔を見ると。




 やっぱり。もう泣きそうだった。




 深呼吸をする。――そう。マジカルカレントを発動する時に近い心境。



 僕は男だから。


 女の子が弱みを見せている時につけ入りたくない。

 動けないのをいい事につけ入りたくない。



 そうなんだ。僕の心にかかっていた枷は、良心、みたいな物。



「覚悟」と「責任」なんだ。





「もういいよ。わたし寝るから。ごめんね」


 動かない体を無理に動かそうとする愛依に、慌てて追いすがる。


「違うんだ。待って」


 狭いベッドの上で、追いかけっこをするみたいになった。後ろから追いついて、捕まえて。



「ごめん愛依。決断するのに時間がかかっちゃった」


 僕はベッドに腰を乗せて、そのまま横になる。


 愛依の背を追いかけながら、それでも自問する。僕はどんな顔をして、愛依の横にすべり込んでるんだろ?


 枕にすべく、腕を彼女のうなじに当てると、愛依が振り返った。目にいっぱいの涙を浮かべて。



「うえぇ~ん。来てくれないと思ったもん。意地悪しないで」


 僕が抱いていた最後の逡巡。


 そのもやもやは、愛依のこの仕草で、たった一撃で思惑の外へ。




「ごめん。なんかちゃんとしなきゃって考えちゃって」


 腕まくらをしてから、改めて視線を交わす。と、ふと思いついた。



「こっちじゃなくて、向こう側に行きたい」


「え? どうして?」


「だってほら。最初に。『赤ちゃんはお母さんの心音聞かせたら落ちつくから』とかで、僕から見て愛依は右側だったじゃん? そうじゃないと違和感だよ」


 愛依は、目じりの涙を拭いていた。


「じゃ、わたしからも提案。『授乳室』行きたいな」




「えっ‥‥‥‥‥‥わかった」


 僕の鼓動は高鳴ってしまった。さっきまでためらってたのは何だったんだ、ってくらいに。

 動けない愛依を抱きかかえるより、ベッドごと入れ替えた方が楽だと気づく。


 彼女の指示でベッドのキャスターのストッパーを外して、空のベッドを出して、愛依のいるベッドと入れ替える。


 ベッドを「授乳室」に押し入れた時、思わず力んでスピードが出た。


 愛依が「きゃ!」と短く叫ぶ。喜色をはらんで。



 無意識に力が入っていた。‥‥‥‥わくわく感?



 ドアを閉めて。カギをかけて。



 ライドヒさんが来た時よりアドレナリンが出てる。再びベッドに腰を乗せた




「そう。腕まくら。右手は‥‥‥‥どうしよっか?」


 彼女はなぜか小声になる。


 今までの『臨床』は愛依が横向きに寝てたから、僕の腕まくらをした右手、折り曲げたその置き場は愛依の肩か耳あたりだった。――でも今日の彼女は後遺症。動けないから「仰向け」の姿勢しか選択肢がない。


 腕まくらをして折り曲げた「右手」の置き場は? 鎖骨か‥‥えっと‥‥その下あたりになる。


 僕が無言でいると、愛依が自分の右手を胸に乗せて、その上に僕の手をかぶせた。


 ――――直接、ではないとはいえ、この上に手を乗せることになるとは。



「ごめんなさい。何か無理して来てもらって。でも」


 腕にのせたうなじをぐりぐり動かして位置を決め、深く息を吸った。


「‥‥‥‥今日は色々ありすぎて。一回起きたら誰もいなくて。ごめんね。暖斗くん。後遺症で動けないのがこんなに怖いとは思わなかったの。わたし、医者失格だよ」



「‥‥医者失格だなんてそんな。‥‥‥‥でも本当に色々あった。愛依すごすぎだよ。旗振ってDMTに生身で対峙したり、屋上から落ちそうになったり」


「あれは成り行き。全部成り行き。あの場の勢いというか。‥‥それに中継ドローンが撮影してたし。まさか屋上から落とされるとは思わなかったけど」


「う~~ん。そこまで計算してたとしてもスゴイというか。‥‥‥‥愛依って‥‥たまにぶっ飛んだことするよね?」



「う。‥‥‥‥。あざとい人に見られちゃったかな? さっきわたしが『右手』を出した時の発言も含めて。‥‥あれも思わず口から出ただけだよ」


 ああ、さっきの「抱いてほしいの」発言か。

 真顔だ。まっすぐな目で僕を見ている。


「気がついたらそう言ってたのよ? 例えば‥‥‥‥ゼノス君に【おっぱい】はもう無いの。って言った時みたいに」



 ‥‥‥‥って! ‥‥その名前!!




「愛依っ!」

「きゃ!」


 僕は思わず空いてた左手で、愛依の腰を掴んで起こした。天井を見ていた視線が、横向きになる。


「本当に『あざとい()』かも。あんな事言ったり。アイツの名前出して!」



 ツヌ国のゼノス。愛依を2回にわたり監禁して、精神的に、肉体的に追い詰めたヤツ。‥‥‥‥無事だったって頭でわかってても、どうしても心に引っかかってしまう。


 だって僕がそんな、君を追い詰つめるなんて事はしない。起こりえないのだから。極限まで責められた愛依が、アイツの前でどんな姿を見せたのか。「アイツだけに見せた、僕の知らない愛依」って想像しただけで心がざわつく。


「急にがおっ! って来たからびっくりしちゃった。ふふ」


 愛依は天然だ。――――でも生まれつきの小悪魔なのかもしれない。



「‥‥‥‥その名前を出したら、僕がむきになるってわかってるくせに」


「うん。ゼノス君、って言うと、暖斗くん目つきが真剣になるんだもん。えっとね。求婚されたり、あのキャミ姿をジロジロ見られちゃったり、尋問されて屈服したり、命を助けられたり、瀕死の彼を治療してあげたり」


「うわ。ダメじゃん」


「でも暖斗くん。何とか、本当に何とかだけど、わたしは大丈夫でした。‥‥って言ったら‥‥信じてくれる?」


 どうしようかな? なんて、言わなくて良かった。愛依の表情を見たから。


 真剣に、すがるような泣きそうな顔で僕を見てたから。


「愛依はだって、それを上手く誤魔化せるような()じゃないもん」


「ありがとう」


 思わず、ぎゅっと引きよせてしまった。


 声が震えていた。


「‥‥たまに不安になるの。暖斗くんは本当はわたしを赦してないんじゃないかって。ゼノス君との間に何かあったと考えてるんじゃないかって。‥‥でも言い訳するのもおかしいし、すればするほど、何かあったと思われちゃうし」


 ‥‥どうしよう。僕も正直に自分の気持ちをすべて出したほうがいいのかな?

 それとも‥‥‥‥それをオブラートに包んで大人の対応したほうがいいのかな?


 僕の内心は正直、「無事」だったのは確かだとは思ってる。事後の身体検査のデータもあるし、本当に何かあったのなら、愛依はどうしても態度表情に出てしまう子だとは思う。


 けど、敵兵の事を「ゼノス君」、と呼ぶ行為。愛依がソイツをそう呼ぶたびに、心が平衡を失う感じだ。なんとも言えないザワザワ感。


 精神的に追い詰める尋問をして屈服させ、一回は裏切る決断をさせた。‥‥‥‥これって、愛依の心を支配したって事だよね? 口説き落としたのとは違うと思う。思うけれど。


 求婚したりとかも。‥‥愛依がそんなに毛嫌いしてない反応なんだよな。それって、女の子はどんな気持ちなんだろう。「揺れる」とかはないのかな?


「‥‥‥‥暖斗くん」


 こんなに目に涙をためて哀しそうにしているんだ。嘘があるはずがない。


 そう思うんだけど、でも、もしかして。逆に?



 やましいコトがあったから、今バレないように必死になっているのでは?



 ‥‥‥‥‥‥あっ! ヤバい! 今初めてそう思いついたら、疑う気持ちが芽生えてきた?


 あっという間だった。奥底に封印してたからか? 僕の脳裏は、敵兵と楽しそうにする愛依の映像で溢れた。





 何もあるはずがない。‥‥わかってるのに止まらなかった。





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