第116話 右手Ⅷと突撃する赤ちゃんⅡ②
愛依は帰投後に隔壁操縦席を出てすぐに倒れた。マジカルカレント後遺症候群だ。ミルクを飲んで寝たはずだったけど、僕の個人スマホにメールが来ていた。
あ、そうだ。ネット回線とか、色々回復していたんだっけ。
内容は、「夜、医務室へ来てほしいな」と、「もし、よければ」だった。
幸いに、というか何というか、あんな戦闘をしてマジカルカレントを使いまくったはずの僕は、今回は後遺症とは無縁だった。
正確には愛依を背中に乗せてから、だけどね。
だから夕食の時でも、みんな食堂でぐったりしてたから配膳を手伝ったりした。この時点で元気だったのは僕と麻妃、そして意外にタフな仲谷さん。戦争慣れ? してる附属中と戦闘時に特に出番の無かったメンテ組は、ピンピンしながら騎士団の旗艦に行ってたし。
麻妃は、愛依をお風呂に入れたり、色々介助してくれてたんだ。
その後、操舵は、やや疲れていた泉さんと交代を買って出た仲谷さんが入れ替わり、麻妃も慣れない介助のせいか「なんかあった時のために寝とく」って言って自室に戻った。
不思議だったよ。DMTを降りても自由に動けるんだから。‥‥‥‥まあ「戦闘の度に医務室行き」、の今までが異常すぎたんだけどね。
人気のないラポルトをぶらぶら歩いて「ああもうすぐこの艦ともお別れかあ。もうなんか自分の家みたいだったなあ」って感慨にふけったりしてた。
そんな事してる内に6人が帰ってきたりして。夜が更けた。
医務室の前。
両戸開きのドアが開く。
僕は入って左、いつも僕が寝ていた場所に愛依を見つけた。
「起きたら寝つけなくて。暖斗くん何してるのかな~って」
「大丈夫? 身体の調子は?」
「メールするのもひと苦労だったよ。もうびっくりするくらい典型的な後遺症の所見。疑義はないわ」
「今子恋さん達帰ってきた。操舵手の仲谷さん以外、みんな寝たよ」
「だよね。今日は激闘だったもんね」
愛依は「ふう」とため息をついた。
そう。今思い出しても信じられない。本当に激闘をやってしまった。当初の予定では、カタフニアで牽制したりして、敵の足を止めて病院を守る、ってくらいのプランだったのに。
でもあの子恋さんが作戦練ってたんだから、最初から「ラポルト無双」するつもりだったんだよね。あと騎士団の皆さんが助けにくるのも織り込み済。
「お願いがあるの。暖斗くん」
気づくと愛依が、僕の顔をじっと見ていた。
「わたし、早く後遺症を治したいの。明日の夜はみんなで打ち上げパーティの予定でしょ? 迷惑かけたくないし」
「ああ、第7回女子会(議)、もしくは第4回宴、ね。ホントは対ツヌ戦の後やる予定だったんだけど『上陸許可』で先送りだったっけ。あ、大丈夫だよ。そんなの誰も気にしてないし、子恋さんに『ゆっくり帰る』ってさっき言われたばっかり」
その言葉を聞いても、愛依は下唇を上げて困り顔だった。
「わたし貧乏性なのね。みんなが働いてるのに休む事ができないみたい。気持ちが落ち着かない感じ。‥‥‥‥わかってくれる? 暖斗くん」
正直には、僕にはわからなかった。僕はきっと第一子長男的なマイペース人間だから。でも。
「そうだね。そういう風に考える人はいるんだろうね。みんなが動いてると、落ち着いて休めないんだね」
「そうなの。ありがとう。‥‥‥‥だから、『治験』‥‥‥‥してほしいな‥‥」
え? セリフの最後の方が小声で聞き取れなかった。
「だから、その‥‥‥‥『治験』よ。 あなたに、そばにいてほしいの」
「え? ‥‥‥‥あ‥‥」
愛依は、寝返りをうてない。天井と僕を交互に見ながら顔を真っ赤にしていた。
たぶん僕も真っ赤だ。‥‥‥‥どうしようこれ。
――僕が後遺症の時にだったら、愛依がベッドにすべり込んできた事は、‥‥ある。
でも僕から、っていうのは初めてだ。――立場が入れ変わるだけでこんなにも景色が変わるのか?
それに、僕が添い寝をしたら、愛依の治りは早まるの? 違くない!?
「‥‥‥‥え、えと、僕が後遺症で動けなくて、愛依が『医者』として『治験』するって流れだからセーフな感じだったけど、ど、どうかなあ」
うっすらと汗が浮き出る。
「‥‥僕から行く、僕から‥‥行く? ‥‥アウトなんじゃない? これ?」
愛依はちょっと哀しそうな目をしていた。
「やっぱり、そうなるよね。このシチュじゃあ」
「そ、そうだよ! 愛依は今‥‥‥‥首から下が動かないじゃんか。そうだよ。僕が添い寝していいの? ダメだよ。もし何かあったら」
「あるの?」
「しないよ!? しない、けど、あったらどうするかってその、あの‥‥」
ああ、自分で何言ってるか分からなくなってきた。ああ。
愛依の顔と自分の足元が交互に視界に入る。今度は僕がキョドってしまってる。
「‥‥‥‥いいよ。‥‥‥‥‥‥何かあっても」
そう聞こえた。 確かにそう聞こえた。
「え?」
「暖斗くんに来てもらった時から、‥‥‥‥ううん。もっとずっと前から、そう思ってたの」
「何が?」
僕はムチャクチャ間抜けな質問をする。
「病院の屋上で旗を掲げた時、助けに来てくれたでしょう? そして助けてくれたでしょう? もうあの時には思ってたの。これでいいんだって」
「‥‥‥‥愛依。君は」
「だから、こうするの。心に穴が空いてしまったから。側にいてほしいから。かつてあなたが、そうしてくれたように、わたしも、こうするよ」
ベッドの空白に、いつか見た景色がよみがえる。‥‥‥‥いや、これは「視点が逆」だ。
「来て。あなたに側にいてほしいの」
マジカルカレント後遺症候群の痛みをこらえて。
ベッドの余白。その白いシーツの上に。
彼女の「右手」が差し出されていた。僕へと向けて。
「右手」シリーズと「突撃する赤ちゃん」、タイトル伏線回収です。




