第115話 赤ちゃんになっちゃった!(発端Ⅵ)③
そして僕らのDMTは回収班の人達によって、騎士団の母艦の方に輸送される。
だけど、「どうしても」ってわがままを言って、ラポルトに寄り道させてもらって、そこで僕らを降ろしてもらうお願いをした。
どっちみち騎士団の母艦から、ラポルトまで搬送される予定だったそうだ。だからこれはこれで向こうの手間が減るみたいで、あっさり了承された。
あと、ちょっと心配なのが、僕の後ろに座る愛依だ。
実はパイロットスーツには、超高性能の「戦闘時間永続機能」がある。強そうなワードだけどそうじゃない。ただ単に衝撃を軽減したり、体温調節したり、体圧分散したり。そんな機能だ。
ただ、そんな機能だけど長時間操縦席のシートに座ってるとバカにならない。
誰だってずっと同じ姿勢のまま椅子に座ってたらおしりを浮かせたりしたくなるよね。
愛依は、あの病院の屋上で拾ってから、ずっとあのセーラー服のままだ。当然パイロットスーツに着いてる各種機能も無い。
だから、心配なんだ。ほら、エコノミークラス症候群ってあるじゃないか。
ただ、かと言って、心配しすぎるのも変なんだよね。そういう知識は「準々医師」愛依の方が圧倒的にあるんだから。
ちょっとだけ嫌な予感がするんだ。今日、DMTに直に襲われるみたいな凄い目にあって、セーラー服のまま操縦席、それも狭いシートにふたりで乗って、戦闘も経験して。
まさか、急に倒れたりしないよね? 愛依。
*****
DMTの回収には、騎士団の予備役ドローンがあたってくれていた。――戦闘で大破判定になり「修理はしたけど実戦は不安」なドローンとか、「古いし型落ちなので」という理由で後方支援に回った機体。それら4、5機で、僕らを1機ずつ運んでいく。
空中に浮きながら、モニターであの防御陣地を見送った。
僕の帰投順は最後だった。例の理由で愛依が心配だったけど、愛依から「暖斗くんはマジカルカレントで動けなくなるから最後よ」と釘を刺されてしまった。
地面近くをドローンに吊るされて滑空していくと、ラポルトの丸っこい船体とDMT発進口が見えてきた。
地平線からのオレンジ色、というより赤みの光を帯びたラポルトは、珍しくフローティングを止めて着陸している。
懐かしい。もうすぐ沈みそうな赤い夕日が、余計にそう思わせるのかもしれない。
一刻も早く帰りたかったんだ。みんなの、仲間の元に。
マジカルカレントの後遺症候群が出る僕は、さっき言った通り最後の順番。
ドローンに懸架されて艦内まで入り、そのままDMT専用のハンガー、縦型ベッド、に置かれて固定された。
何回も聞いたモーター音で、装甲版のハッチが動いていく。上下に割れて、空いた口から肉眼でDMTデッキが見えるようになってくると。
そこには、ラポルトメンバーが全員集まっていた。
僕の初陣を想いだす。――あの時も、6、7人くらいだけど集まってくれてたね。
パチ‥‥‥パチパチ。‥‥誰からともなく、拍手が巻き起こった。
艦長、子恋さん。副館長で艦側オペレーターの渚さん。
実は小型DMT乗りの紅葉ヶ丘さん。実は憲兵の折越さん。
メンテ班。七道さん、網代さん、多賀さん。お世話になりました。
ラポルト操舵に徹した泉さん。食事係に徹した仲谷さん。
あ、もう降りてたのか。一緒に戦った、来宮・初島コンビ、浜・桃山コンビ。
コーラとソーラさんもいる。ラポルトの16人に加えたいよ。
麻妃もいた。俺の相棒。この女子ばかりの艦内で何とか過ごせたのは、麻妃のおかげだ。
そして、同乗している愛依。献身的な介助、ありがとう。
君がいてくれたから、僕は戦えたんだよ。
ハッチが開き終わった所で、のそのそと操縦席を出ていく。みんなに拍手をされながら、僕は連絡橋へ慎重に足をかける。――そう。わざとゆっくり動いたのは、既視感があったから。
初陣の時、おもいっきり派手にコケた。忘れて無いよ。またみんなの眼前でコケるのは御免だ。――どうせマジカルカレントたくさん使ったから、お約束で転ぶんでしょ?
「気をつけてね? 暖斗くん。ふっふふ」
愛依に後ろから言われて、さらに慎重に歩みを進める。隔壁操縦席をゆっくりと出る。と、連絡橋の金属製の床が見えた。
そこにそっと右足を乗せる。そうだっけ。初陣の時はココにあごをぶつけたんだ‥‥‥‥。
そこまで来て僕は気づいた。
「‥‥‥‥あれ? コケない。‥‥っていうか!」
そう! 無いんだよ。アレが。降りた瞬間に身体からすとんと力が抜ける、マジカルカレント後遺症が。
すごい発見だ。後遺症を消す因子を持つ彼女と同乗していると、症状が出ないのか? きっと愛依も大喜びだ!!
「愛依!! ほら――――」
僕は、思わず振り返った。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「何やってんの? 愛依」
「うん。‥‥なんか。‥‥ちょっと」
愛依は、僕の後ろで、仰向けに倒れていた。――――嫌な予感がよぎる。全身の血が泡立つような、大きな不安感。
まさか! ここで? みんなで戦い抜いて勝利をもぎ取ったのに!?
「大丈夫? 愛依っ!?」
一瞬我を忘れて駆け寄る。彼女は操縦席を少し出た所で、DMTデッキの天井を見上げる形で倒れていて。
いつもの制服、いつのもリボン。その制服の胸の上に、静かに両手を重ねていた。
――――まるで、祈りを捧げるように。
あの艶やかな黒髪が乱れて、金属製のタラップまでかかっていた。――まるで流れ落ちるみたいに。彼女の美髪のしなやかさが、そう見えさせるんだ。
「愛依。だめだ。君がいなきゃ‥‥僕は‥‥!」
涙ぐむ僕に、力なくささやく彼女の声。
「‥‥‥‥動けない」
「‥‥‥‥‥‥え?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥首から‥‥‥‥下が」
「えええ!?」
脳貧血、とかじゃなくて?
「暖斗くん。どうしよう。わたし!」
はああああ!? それってまさか、もしかして!?
「‥‥‥‥わたし、赤ちゃんになっちゃった!」




