第110話 怒った顔Ⅱ
「う、動いてない? 近づいて来てるよ?」
最初に気づいたのは桃山さんだった。ライフルのスコープで敵を監視してくれてたんだ。
僕の胴につかまっている愛依の手が、一瞬こわばった。
愛依は、僕とDMTの隔壁操縦席にいる。病院での戦闘からずっと一緒だ。今、陣地に戻って、ラポルト無双と子恋さんの種明かし解説を聞き終わったところだった。
「麻妃は? KRMは?」
窪みから周囲をうかがうと、陣地の塹壕の中にちゃっかり着地してた。――けど動かない。
「通信切れちゃってるね」
「もともと被弾してたっス」
「麻妃ちゃんずっと応答ないよ」
ラポルトが西の海や上空に行ってしまったら、艦内から遠隔操作してるKRMはさすがに電波が届かない。
「ど、どうしよ」
浜さんが動揺してる。いや、全員か。敵は大軍だ。それだけにゆっくりとしか進まないけど、確実に近づいてきている。自分の基地がやられてるのに、なんで攻めてくるんだ?
「やっぱりもう兵力の小出しはしてくれないね。大丈夫。カタフニアに全員運ばせるから。いざとなったらさ」
そうは言ってみたものの、心理的にはかなりキツイ。塹壕に入ってる僕らは、「大軍」ってだけで、敵の全容が全然わからない。確かコンギラト東方10国に、欧圏のあのステルスDMTの2国も来てるんだろう。
あ、そうだ。子恋さんが「欧圏の急進派の国が来てる」って言ってた。――って事はその2国+αか。
*****
「つまり隕石か」
「いえ。あれは揚陸艦での衛星軌道からの降下突撃じゃないですか。違うんです。もっと前触れなく、ふっ と現れるんです」
「じゃあやっぱり隕石じゃないか」
「いえいえ。それだったらもの凄い音するし地表面で減速するし、レーダーですぐわかるじゃないですか。違うんです。もっと物理法則を無視した動きを‥‥」
言いあう上官と下士官。ここはタイラレディ国の後方基地だ。この国はDMTの参戦こそ少ないが、ガンジス島への輸送やドローンの参加などで合従軍に貢献していた。
そこへ唐突に現れる全長550mの悪魔。
「‥‥来た! あれです! 各国の後段組織を潰してるのは‥‥!」
「なんだ!? 突然現れたぞ! どういう事だ!?」
「今説明してたんですけど!」
そこに放たれるラポルトのビーム砲。
「ぎゃああああ! わが軍の輸送艦が沈む! 一体どうなってんだアレ!?」
「だからもう理解しろって~!」
*****
「何とか敵の足を止めたいな」
操縦桿を握りしめながらそう呟く。桃山さんがスコープからの情報をくれる。
「前進はすごいゆっくりだよ。やっぱり各国の混成軍だからかな」
「もう一回大出力で一撃入れれば、バリア回復に時間かかるんじゃ無いかな。――ね? 愛依。もし今DMTのエンジン止めたらマジカルカレント後遺症になるよね? 僕は」
「うん。そうだけど」
背中に、微かに動揺する気配を感じる。
「そしたら、愛依に秒で治してもらうと。で、僕は無敵時間『回春』、に入る」
「――暖斗くん。それはさっきの1回目までのお話。回復してその後あの『重力攻撃』をした今は、暖斗くんの身体にどれだけ負荷がかかってるかわからないの。ちゃんと医療設備のある所。できればまほろ市民病院で降りてほしいの」
「あ、『重力攻撃』、まだネーミングして無かったな。はは。『回春』みたいにカッコいいの考えようね」
「誤魔化さないで。昨日の急性症状回避薬もないし。そもそも『回春』初めて使って検査してないでしょ? だから予後も心配。まほろ市民病院があって小児科長たちも当てにしてるから思い切ったんだよ? ああしないと病院が占拠されてたし」
「でも愛依。そんな悠長な事言ってられないよ? もう‥‥」
「だめよ。英雄さん戦で暖斗くんは一回意識喪失してる。今回も未知のレベルでマジカルカレント発動したんだから、ちゃんと医療的なケアをさせて」
「でもこのままじゃ‥‥」
「撤退‥‥する?」
僕らの会話に初島さんが割り込む。それに乗って桃山さん達も。
「早ければ早いほど、逃げれる確率高いよね? このままだと敵に捕まるでしょ?」
「‥‥ツヌに捕まった経験から言えば、一回敵に身体を預けることになるから‥‥怖いよ。わたしはぎりぎり無事だったから言えるけど、‥‥‥‥それは結果論」
「で、でも、撤退したら病院占領されるし」
「そうよね。今まで戦ったのが無駄になるわ」
「でもいくらなんでもあの大軍と戦うのは‥‥!」
「う~ん。子恋さん渚さんがいないと、決めかねるのよね。やっぱり」
「でも決めるなら今っス。敵が来てからじゃ遅いっス」
確かに。来宮さんの言う通りだ。カタフニアで脱出するにしても大軍に迫られてからでは、あの巨大なカタフニアはかえって絶好の標的になるだろうな。――でも、このままだと病院が占領されてしまう。それから守るために、僕ら戦ってたんじゃないのか?
「やっぱり! 僕が戦うしかないよ。もう一度『回春』を!」
僕がそう言った時だった。
「うえぇぇ~~ん」
愛依が、泣き出した。左目の隅で背中を見ると、大粒の涙をぽろぽろ流している。
その涙で理解した。今の僕がどれだけ無理をしてしまっているかを。愛依だからこそ、その危険性を予見してしまっている事を。
「暖斗くん‥‥いつも無理して‥‥。だめよぅ。さっきだって一か八かだったのに‥‥‥‥」
またしても人生初。女の子に背で泣かれた。
愛依の身体がじわじわ熱くなる。決して広くない隔壁操縦席に、鳴き声がこだまする。
英雄さんと揉めた時。英雄さんに勝って操縦席を出る時。
多賀さんと話した後の医務室。僕は何回か愛依の涙を見てきた。
そして、今日。状況は2回目に似ていて‥‥‥‥今は、悲しい。‥‥愛依の悲しい気持ちが、僕にもどんどん流れてくる感じだ。‥‥でもなあ。
僕達を信じて、病院でオリシャさんの治療にあたってくれた人達がいる。今さら撤退なんてできないよ。
――――あ、そうか。病院の人の避難が出来なくなってる。あのステルスDMTの襲撃のせいで。――そういう効果もあったのか。
全員、黙ってしまった。すすり泣く愛依の声だけが、陣地に響いていた。
「あのう~」
しばらくして。沈黙を破ったのは桃山さんだった。
「私前から考えてたの。どうかな? あるんだけど。暖斗くんがそういう無茶せずに、極大出力を得る方法が」




