第108話 語りは騙り
「み~お~。何やってんのよ~」
「渚学生。気になってたんだけど、○○学生って言い方しなくなって久しいよ。名前呼びはご法度だ」
「‥‥‥‥もういいじゃないの光莉。澪だってさっき『光莉ちゃん』って呼んでたし」
「他のメンバーはともかく、我々3人は軍事作戦中なんだから」
「いいじゃない。裏でさんざん『ルール違反』をしておいて、しれっと『ルールの管理者』をしてるのが光莉でしょ? あなたに言われたくないわ」
「あらあら。仲良しのおふたりが」
一瞬不穏な空気になった艦橋を、泉が和ませる。
*****
空中を漂う少女に、全長7mの人影が重なる。紅葉ヶ丘の愛機、小型DMT、「ハーデス」だ。
機体各部の浮遊装置を光らせながら、空いたハッチから少女の躰を飲み込む。
そのまま無意味に目を光らせると、一転上昇し、後部デッキに舞い降りた。手すりで態勢を保つと、がっちり固定された金具をメキメキと外していって。
やや乱暴だが物干し台2器をドアから艦内に投げ込んだ。その際、干していた男物のトランクスが風に舞っていったが。――紅葉ヶ丘はサブパネルの数値を確認する。
「ビンゴ! 光莉ちゃん陽葵ちゃん! 艦のノイズが取れたよおおおお!!!!」
「良くやった紅葉ヶ丘学生。‥‥‥‥主砲副砲収納。エンジン臨界」
紅葉ヶ丘の声の熱い叫びに、子恋が小声で短く言う。
「‥‥‥‥勝った。この戦。紘国、いや、この16人の完全勝利だ」
声は続く。突如哄笑に変化しながら。
「あっはっはっは! 『ふれあい体験乗艦』!? あっはっはっは! 素人中学生16人!? ちゃんちゃら可笑しい! まさか敵性国家も、この素人中学生がイベント運営している艦に最新軍事機密が仕込まれてるとは夢にも思うまい! 『空中戦艦ウルツサハリ・オッチギン』! 『ウルツサハリ シリーズの3番最終艦だから末っ子』!? すべて騙り。騙りだよ!」
子恋の豹変ぶりに驚く泉に、渚が視線を送る。
「この人ね。こうなのよ」
「ガンジス島にてBot排除。DMTにて電脳機雷除去メニュー。『掃空』! 『掃空』だってさ! あはははは‥‥はあ」
「今まで我慢してきて、もう限界だったのよ光莉は。この隠れミーハーは、本当はしゃべりたくて仕方がなかったの。でも少し落ち着いてきたみたい」
「‥‥‥‥ぜえ。ぜえ。あッ! やッ! やば‥‥! だめ‥‥! あああ!」
ふらふらとブリッジに戻ってきた紅葉ヶ丘が、嬌声を発した。そのまま通路に倒れこむ。
「‥‥‥‥澪! アンタはもう」
「‥‥‥‥久々走ったから‥‥‥‥両足攣った」
「大丈夫かしら。紘国軍の未来は。日陰の身ながら心配だわ」
渚はため息をついた。
「紅葉ヶ丘学生。早く電脳戦闘室に。3人揃わないとできないんだから。‥‥あ、泉さんもね。よろしくお願いします!」
「いいのかしら。私が何かスゴイ事に関与しちゃって」
「もうラポルトの16人に選ばれた時点でがっつり関与してるから。大丈夫よ」
「うん。じゃ、始めようか。みんな」
配置についたのを確認して、子恋が呼びかけた。
「世界各国がこの紘国に侵攻してきてる。そしてこの、中の鳥島、国際名ガンジス島は、守りの固い紘国本土とは裏腹に唯一の侵攻ポイントだった。――――つい先ほどまではね。でも今やこの島は、我々の狩り場だ。渚学生?」
「ガンジス島南部。拠点8ヶ所。DMTの侵攻降下は完了している模様。本艦の残存エネルギー、現在86%」
「いい塩梅だ。紅葉ヶ丘学生?」
「偶発ノイズ検知無し。艦システムオールグリーン。艦スキャナーオールグリーン。いけるよ」
「泉さん。運航の指示はこちらでするけど、加えてモニターからの指示も出てくるから注意して」
「わかりましたわ」
「じゃあ。いくよ。ウル‥‥いや、ラポルト。システムモード変更!」
*****
「消えた? ‥‥‥‥探失しました」
レーダー係が声を上げる。ここはガンジス島の西、まほろ市から50km離れた洋上に展開するコンギラト条約機構軍。そのレーダー艦のブリッジ。
「どうした?」
「島のイオルギア軍と連携して、あの最新鋭戦艦を追っていたのです。小型ドローンで岩礁に見つけていたのに」
「‥‥ドローンを堕とされたのか?」
上官は訝し気に問う。
「いえ。まだ健在です。ドローンが岩礁に入ります。‥‥やはり‥‥いない」
「そんな馬鹿な。ウルツサハリ・オッチギンは全長550mの超巨大艦だ。そんな一瞬で動けるワケが無い。ステルスDMTの隠蔽突撃じゃあるまいし」
「‥‥‥‥あッ! 発見! え? ‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
「見つかったか! 良し! よくやった!!」
「‥‥‥‥はい。あの‥‥」
「あの島を制圧したら戦艦も拿捕するんだ。紘国本土に逃がすなよ? どこだ。どこにいる?」
「我が艦隊旗艦リウランダ指令本部上空300m。‥‥つまり‥‥この艦橋の‥‥‥‥直上です」
「‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
*****
「超信地旋回、開始。照準スキャンスタート」
子恋の声と共に、動き始めるラポルト。
コンギラト条約機構軍、集積艦隊。海を埋め尽くすその大艦隊を眼下に見ながら、灯台の灯のようにゆっくりと廻り始める。
「基地より楽なはずだ。対人目標が無いからね――でもあのミサイル艦は見逃すな。発射口はすべて潰すよ」
艦橋の3人が注視する中央モニターに、艦隊の画像とロックオンを告げる電子音、そして標的へのマーカーが次々と書き込まれていく。
「スキャニング異常無し。敵艦の推定シールドバリア算定中」
「現在54ターゲット、内ミサイル艦8隻よ」
渚と紅葉ヶ丘が適時情報を読み上げていく。――泉は。
「すごい船の数ね。手が震えるわ」
「心配しないで泉さん。今世界で一番安全なのは、この船の中だから」
子恋が声をかけた。その声に緊張はない。
ラポルトはその場に浮いたまま、悠然と回転を続けている。
「現在215ターゲットにロックオン。内ミサイル艦21。スキャン終了。全砲門開くわね」
渚がパネルを操作すると、艦上部の装甲が割れ、収納されていた砲塔が露出しだす。
「艦AIの疑義照会出た。あと6秒待って陽葵ちゃん」
「あら。‥‥‥‥敵艦が浮上しだしてます。まあ。あんなに慌てて」
「舵そのまま。旋回していて。撃ってくるにはまだまだ時間がかかるから」
「精査完了。エイムデータに疑義無し」
「‥‥よし。じゃあ」
意気込む子恋に、渚が微笑んだ。
「今度はちゃんと、『打ち方止め』って言うのよ?」
「ふん。主砲副砲、撃ッ!!」
光の暴力再び。ラポルトから放たれた光弾は、敵艦隊のシールドバリアを撃ち抜いていった。
まさかこの伏線回収に70万文字使うとは。作者も呆れております‥‥。
 




