第106話 奇跡>1/7,500,000,000①
ゴキゴキゴキ、ゴキンッ!!! ‥‥‥メキメキ!! バギン!!!
異様な音だ。その轟音が鳴り響く中で、僕はその吐息のようなつぶやきを聞き逃さない。
「‥‥ずっとあなたを診てたから」
「隊長!? 骨格が!」
「大腿骨格が折れてる! バカなぁ!!」
「これは、世界で、わたしとあなただけに起こった奇跡」
「ぐうう! 隔壁操縦席がひしゃげていく!? そんな!」
「立ち上がれません! 継戦不能! うあ! 助けて! 隊長!」
「75億分の1を超えていく、奇跡」
今まで静かだった敵の部下の人達が、一斉に悲鳴を上げて。
重力だよ。
座標特異的重力攻撃。
愛依が仮にこう名付けた。海軍式の横文字の名前は、まだ無い。
候補はあるけどね。愛依が考えた「日没」、とか。
「暖斗くんの能力で、無理やり敵を地平線の下に沈めてしまうから」
だって。
UO-001のエンジンの重力子回路が、任意の空間、その1点に超重力を浴びせている。僕のマジカルカレントで増幅をしたものを。
堅牢な人型兵器の骨格をへし折るくらいの力で。
重力子エンジンの内面に張り付けてある重力子回路。電気を流すと回路の前の空間に重力を発生させる不思議な基盤だ。それで目の前の羽根を右回りに「落として」回したり、戦艦やドローンを「浮かせたり」する。
――でも、その効果範囲が回路の目の前の空間だけじゃ無かったら? マジカルカレントで出力だけじゃなくて、射程まで操作できたら?
半径100メートルとかで、任意の特定の場所「座標」に対してだけ、えげつない超重力を浴びせる事ができたら?
ほら、敵が。みるみる、プレス機にかけられたように変な角度でひしゃげていくよ。
そう。地球上の「質量を持つ物」が僕の武器になるんだ。大きな構造物のDMTならなおさらだ。元々英雄さん戦でもそうだった様に、DMTは転んだら自重で壊れる。最新技術で軽く作られてるって言っても、それでもかなりの重量物だしね。フローターとかで垂直方向にだけは浮かせられるけど。
その巨大な「質量」を全部僕の武器にさせてもらう。膨れ上がった自重で潰れろ!!
「‥‥‥‥コイツはやべえな! 重力兵器じゃあねえか!」
「アギー。手を貸せ」
「わかってるよエラーダぁ!」
アギオスマレーノス機が発砲した。エラーダ機に向かって。ビームが曲がり、足元に着弾する。
「曲射した!?」
グラリ。
足場を無くし、外側に倒れかかったエラーダがフルブーストで脱出する。同時に隣のアギオスマレーノス機を外側に引きずり出した。2機は僕の攻撃範囲の円を逃れていく。
「暖斗くん。UO—001に乗れ」
小型DMTの背中がしゃべった。紅葉ヶ丘さんだ。
「でもコイツはもう?」
敵の攻撃をかなり受けているハズだ!
「私が再構築・再起動しといた。付属中の引きこもり舐めんなよ! 内部機器のエンジニアリングなら、私は岸尾さんの上位互換だ!」
崩れ落ちる4機のDMTと、離脱して距離を取った2機のDMT。確かに敵は取って返してくるはずだ。
「ホントだ。再起動してある。何とか戦える」
僕と愛依はUO—001の手に乗って、隔壁操縦席へと乗り込む。そうだ。愛依を地面に置くためにプロテシス浮遊をしていたから、地面にぶつかってはいない。擱座していないんだ。
「暖斗くん?」
「ごめん愛依。奥に医療キットとかあるから、それをイスに」
「いや駄目だ。逢初女史は暖斗くんの背中に入るんだ。バイクで二人乗りする要領で。それが一番安全だ!」
少し身を起こしてから、ハッチを閉める。石を噛んでるのか閉じる装甲版からバキバキ音がする。
「愛依? 大丈夫?」
「待ってコッチ見ちゃダメ。まだスカート直してないの」
僕の背中はずっともぞもぞしていた。愛依が股を割ってすべり込むのに躊躇してたからだけど。
僕の、DMTを地面に沈める重力攻撃は、自機のエンジン周囲でしか発現しない。射程距離から逃れれば、影響は無くなってしまう。敵がそこまで知っていたとは考えにくいけど、百戦錬磨のヤツラはとっさに「ヤバい状況」から逃げる事を選択したんだ。
中央パネルが光って、敵機の接近を知らせる。――あのアギオスマレーノス機だ。一旦病院駐車場まで後退して、安全を確認してから戻ってきたんだ。
ゴゴゴゴゴ‥‥‥‥!!
僕の愛機、「パラクセノ・エリュトロン」がゆっくりと立ち上がっていく。重力子エンジンの高鳴りと共に。
正面モニターで、近づく敵影を目視する。盾を左腕部のハードポイントに付け直し、回転槍を左手に短く持って、右手はフリー。
病院内は狭い。ここでは戦えない。
「愛依。ちょっと揺れるけど大丈夫だからね」「うん」
愛依はやっと姿勢と制服を落ち着かせると、僕の胴に手を回した。
本当にバイクのふたり乗りをしてるみたいだ。
「信じるよ暖斗くん。それに今は『回春』の効果時間、これはわたししか知らない、特別な時間なのよ」
「じゃあ、行くよ。大丈夫だからね」
僕らは目を合わせ、うなずきあった。
メインモニターの正面に、敵機を捉える。マジカルカレントを発動させて。
回転数の上がったエンジンが、操縦席に振動を伝えてくる。
「突撃!」
「きゃあ!」
飛び込んでからの、劔での居合の一撃!
全力で切りかかるが、アギオスマレーノス機に躱される。――が、機動用のエンジンにもマジカルカレントを振り分けて、難なく食らいついていく。
「もう一撃!」
「きゃっ!」
次は当てた。敵は思わず後ずさる。
「‥‥‥‥あの、愛依さん? 突撃の時に変な声出さないでくれると‥‥」
背中越しの返事。‥‥多分唇を尖らせている。
「だって。突撃するとお腹が『ふわっ』ってして声出ちゃうんだもん」




