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第99話 医務室Ⅳ②






「う、うん。わかった。じゃあ」


 顔を真っ赤にして、身をこわばらせていた愛依。


 今までのパターンだと、拒絶のボディランゲージだったはずなんだけど、そうじゃない。――これも違和感だ。


「じゃあ、いきます」


 ピッ! 小さい電子音がして、室内が真っ暗になった。ここ「授乳室」は、医務室の中央パネルとかからも隔離されて、完全に個室だ。本当に漆黒の闇なんだ。



「じゃあ、パイロットスーツ脱がすね?」


 事前打ち合わせ通りに、愛依がスーツの各所留め金に手をかける。


「大丈夫よ。見えなくても脱がせられるように、記憶して練習してあるから。ボタンもジッパーの位置も全部記憶してるから」


 出た。愛依の超記憶。確かにとてもスムーズに、パイロットスーツが外されていく。――まあ元々、怪我した時用に脱がしやすく作ってはあるそうだ。隔壁操縦席(ヒステリコス)が高性能だから服の厚みもあまり無かったんだけど、それでも普通の衣服よりは厚い。


 そして。



シュル。



 衣擦れの音がした。人間の目では見えない暗闇の中。



 ‥‥‥‥そうだ。違和感の正体。


 いつもキチンと服を着て、特に制服のシワとかを気にする愛依が、さっきの部屋着は、すごく雑に着ていたんだ。――急いで着替えたみたいだけど、はたして?


「愛依。君は‥‥‥‥」



 思わずそう呟いたけど、その声は暗闇に吸い込まれるように消えていった。



「何も言わないで。『医学の発展のためなら‥‥‥‥』ってわたし、前に言ったよね?」



 今、僕は、首から下が動かない状態で、ベッドに仰向けになってる。


 そこに、スーツをどこかに片付けた愛依が、手探りで僕の胴体を探しあてた。


「んん。ふう」


 そして、その僕に巻きつくように、愛依が添い寝をしてきた。もぞもぞ動いて場所を決めて、いつのもように滑り込んでくる。


 愛依からの熱がすごい。直接体が当たっていないところまで、じわじわと赤外線を感じる。


 普通の服よりはかなり厚手に作られたスーツが、今日は無いから。もう本当に素肌が直接あたってるような感覚だ。


 え? 素肌? 部屋が真っ暗なのは? まさか?



 愛依が言ってた「医学の発展のため」ってそういう事なのか!


 ヤバい! 何考えてんだ。俺。


 いつにも増して、今日は特別な夜なんだ。そう思うことにして、無理やり目を閉じた。




*****




 暗闇って時間の流れがない。一回目を閉じてどのくらいかの時間が経ってから、また目が冴えてしまった。じっとしていられなかった。



「寝れないね?」


 そう声をかけたのは僕だ。


「うん。寝なきゃいけないのに、ね? わたしが寝てないのよくわかったね?」


「うん。何となく」


 何も見えない中で、言葉だけが響きあう。愛依の肌が熱すぎるから、とは言えない。



「ミサイルって、旧時代の兵器だよね。大変だったね」


「びっくりしたよ。本当にそんなのが降ってきたなんて。ああ、僕達や病院の中の人を本気で殺そうとしてるんだって、強く感じた」


「聞いたよ。暖斗くん。自分そっちのけで、私達のこと気にかけてくれたって。DMTのみんなが思考停止して固まる中、本気で怒ってくれたって」


「うん。――――頭にきた、っていうか、すごく哀しい気持ちだったんだ」


「哀しい?」


「だって、ビーム兵器だったら、シールドバリアの削りあいでけっこう勝敗が着くじゃん? DMTのパイロットが死ぬ事なんて滅多にないし。‥‥‥‥だけどあのミサイルは違う。あれは着弾した瞬間に物や人を粉々にする兵器だよ。問答無用、容赦無しなんだ」


「でも、カタフニアの斉射で着弾させなかった。すごいね。カタフニア」


「2撃目はね。迎撃できた。でもカタフニアは敵を殺せる力、だから。アイツを操りながら『コレってミサイルとおんなじか!?』って一瞬考えちゃったよ」


「そんなこと考えてたんだ。‥‥ふふ。暖斗くんらしいといえば、そうかもね‥‥」




「愛依は?」


「え?」


「愛依だって、今日は色んな事があったんでしょ? 手術室入ったりとか」


「そうね。あれも正に戦いだった。先生方もスタッフさんも、みんなピリピリして」


「はは。お互いこんな一日だったんだ。寝付けない訳だよ。こんな真っ暗だから、今愛依がどんな顔してるのかもわからないし」


「表情はともかく、わたしの顔は暖斗くんの肩のところだよ」


「‥‥‥‥それはわかる。息とかで」


「‥‥‥‥そっか。バレてましたか。ふふふ」





「赤ちゃん、て、かわいいのかな」


「かわいいわよう。暖斗くんだって赤ちゃんのくせに」


「やめろし」


「あ、でも取り上げられた時は、血で真っ赤だったよ」


「うわあぁ」


「ごめんなさい。でも思ったの。わたしが医者になるなら、こういう経験も積まないとだなあ、って。外科処置にも慣れないと」


「あ~。僕が考えてる事と逆だあ」


「あ~。もしかして! わかっちゃた! 先に言うね。わたしが考えたのは『もっと観血的手術――血を見て、慣れること』」


「僕が考えたのは『なるべく人の血を見ない方法、戦いのやり方』」


「うふふ」


「はは」



 何だろう。今この瞬間だって敵の攻撃があるかもしれないのに、こうやって愛依と笑いあっている時間が一瞬にも永遠にも感じる。真っ暗で時計が見えないからかな?



「さっきから話してばっかりだね。寝なきゃいけないのに」


「そうね。真っ暗だから、ホントにおはなししかしてないね」


「――でもしょうがないか。僕達は今日、お互い特別な経験をしてきたんだから。気持ちが高ぶって寝れないのはしょうがないよ。『こういう時は無理に寝ようとしてもダメだ』って異母姉(あねき)が言ってたなぁ」


「病院のみんなは休めてるのかな? 心配」


「その、オリシャさんや娘さんもだね。大丈夫かな?」


「オペは無事終わったよ。オリシャさんも順調。赤ちゃんは1,500グラムしかなかったけど」


「それって?」


「普通の半分くらいだよ。早産。でも大丈夫。NICUの人達もいるし、先生方も残ってくれてるから」


「そっか。――でもまた敵が来ちゃったら」


「うん。先生方がね。まだ赤ちゃん動かせないって。できれば動かしたくないって。それにガンジス島全域で侵攻されてるでしょ? 動かそうにも近場で安全な、設備も人員も整った病院なんてないから」


 僕はずっとオリシャさんの娘さん、その赤ちゃんの事を考えていた。病室で見た、オリシャさんのまあるいお腹も思い出す。


「あのね、暖斗くん。わたし持ったの。赤ちゃんが保育器に入ってる時にケースごと。赤ちゃんはね、とっても小さかった。でも重かったよ。わたしには、ものすごく重く感じた。これが一個の命なんだって。この子にも、ちゃんとひとり分の人生があるんだって」



「‥‥‥‥わかったよ。愛依。ふたりで守ろう。みんなで戦おう。あの病院に敵が来れないように、やれるだけの事はする」


「ふふふ。そうね。‥‥何か暖斗くんとお話したら、眠くなってきたよ‥‥」


「‥‥‥‥やっぱり? 僕もそう‥‥」





 わかった。お互い色々話したい事があったんだ。‥‥それを口にしたから、なんだかすごくスッキリした気分だ。そう。僕はこうしたかったんだよ‥‥明日も‥‥が‥‥ろうね。






そう。愛依さんは医学の発展のためなら、ひと肌脱げるのです。

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