第96話 地上戦②
「大分揺れますね。機材を押さえて」
初老の先生がそう言うと、壁にいた女性看護師さん達がパッと動く。
振り返ったのは小児科長だ。
「愛依。お前がやれ」 「ハイ!」
当然だ。わたしは本来この処置室には入れない。そもそも戦力外の人員なのだ。
患者の周囲には、輸液する為の点滴スタンドとか、背の高い機材がある。それを選んで手で掴んだ。
「震えていないんだな?」
小児科長の言葉だ。正面の術野を向いた施術の姿勢で、目だけを一瞬こちらに向けた。
「ハイ! そういう旅をしてきました。仲間が、暖斗くんが、必ず護ってくれます」
「‥‥‥‥そうかね。私は手が震えているよ」
初老の、主治医の先生がぽつり、と呟いた。
*****
「きゃああ!」
初撃! 桃山機が後方に吹っ飛んだ。
「この!」
2撃目はかろうじて浜機が受け止めた。
ミロースイの1個小隊、5機編成の突撃だ。
「ヤバ!」
咄嗟にそちらにコーラが援護射撃を入れ、正対していたミロースイ本体からの砲撃はソーラが2機分を盾でカバーした。見まねた初島機も浜機を援護する。
「ミロースイ、やっと戦闘モードになった。たぶん交戦の指示が出たんだよっ!」
「敵機エランは1対1が強いですっ! 金砕棒は受けずに避けて下さいっ!」
コーラとソーラはそう叫びながら出力全開で砲弾を撃ち込むが、敵小隊も側面をカバーする大型DMTが盾で難なく防御をしていく。
「浜さん! ‥‥ち! あそこのペアがこの布陣の要だって見破られてるよ」
小隊の先頭で金砕棒を振るう隊長機が、浜機を追い込んだ――――が!
「――――けど、渚さんの予想通りだ!」
浜機の背後から飛び出す影がひとつ。僕の機体だ。
「突撃」
瞬間起動した回転槍を、先頭のDMTに打ち込む。
隊長機を庇おうと咄嗟に反応した残り4機。光弾が迫った――けど。
その攻撃を受けたのは、浜機の盾だった。
その背後で僕が風――重力子エンジンを高速化させたエフェクト――を出す。エンジンノイズの音階が跳ね上がっていく。
ガチャン!
暖斗機の背中に、新たな追加兵装が接続された。――左右に大口径の砲塔を持つ追加砲塔「霧」だよ。その、DMTの顔ほどの口径砲2門から打ち出されるビームは、「疾風」と呼ばれていた。
僕は、エンジンで生み出されるエネルギーが「霧」に流れ込むのを確認して、照準を合わせていく。
至近からの射撃でまず2機を吹き飛ばす。隊長機には躱された。そして槍の瞬間起動。サリッサの刃部がもう2機の装甲を吹き飛ばし、その骨格を容赦なく削っていく。血煙の代わりに飛び散る火花と黒煙。
隊長機がサリッサを押し退けて間合いに入ってきた。けど、僕も槍を振ってそれを阻もうとした。
残り1機。剣戟を制した隊長機が金砕棒を振り上げ、僕目がけ打ち下ろそうとした時、その頭部を撃ち抜いたのは、後方でライフルを構えた桃山機だった。
*****
「ありがとう桃山さん。大丈夫?」
「う、うん。今ダメージ診断中」
彼女、こんなやりとりをしているところで、敵に動きがあった。
「あ~~。ミロースイが後退していく。ウチの見せ場無かったなあ」
KRMの麻妃がぼやいていた。でもちゃんとみんなのDMTのシールドバリア配分とか出力調整をしてくれているからね。あと充電量の管理とかタイミングとか。そこはやっぱり麻妃だ。まあ本来KRMは1機で小隊を受け持ったり、そういう縁の下の力持ち専門なポジションではあるんだけど。
「‥‥‥‥ホントに後退? 一国の軍隊押し返したの? 私達」
初島さんがこんな事を言っていた。――そういえばそうか。
「敵もこれ以上攻めても損害増やすだけよ。シールドバリアを失ってるし。‥‥‥‥こうやってちゃんと利害で判断してくれるなら有難いわ」
渚さんだ。
「今突っ込んできたのは近衛騎士団の精鋭部隊。その隊長機は当然ミロースイ軍のトップクラスよ」
‥‥‥‥気が付かなかった。桃山さん浜さんを助けるのに夢中で。よく勝てたな、とは正直思う。全然実感が無い。
「国際法庇護破棄の揺さぶり。遠距離での『カタフニア』の圧倒的な砲撃。中距離での砲戦。徹底的に近接戦闘を避けた結果ね。金砕棒とまともに打ち合うとこっちも損耗してたハズだから」
でも考えてみれば無茶苦茶な話だよ。こっちが「未成年であること」のメリットを打ち捨てて「殺してみやがれ」って煽る事で、相手に強く「未成年であること」を意識させて、攻撃を躊躇させるなんて。
「ミロースイだって無暗に消耗したくないのよ。シールドバリアを割られて、追加ダメージを受けて、温存してたエース部隊をぶつける。それが跳ね返されたら後退。『旗機』は温存して、シールドバリア回復ってとこかしら」
さっきの国際法破棄にしろ、この敵の心理の読みにしろ、附属中3人娘の頭の中ってどうなってんだろ。ホントに同じ中学生なのかな?
ミロースイ軍の後退は子恋さんと渚さんの筋書き通りだったようだ。相手が色んな国家の集合体だからこそ、一国だけが大きなダメージを背負う事を避ける傾向にあるんだって。お互いに顔色を見ながら戦争してる。自分達だけ損をしたくない心理を、逆手に取っている。
そして、「旗機」。よく戦艦でもその国の軍隊の象徴的なトップを、「旗艦」とか言うけど、DMTもそうだ。国の威信を背負ったトップエースのDMTが「旗機」。
ちなみに紘国軍の「旗機DMT」は「皇帝警護騎士団」のT-5000 セプタシオン。
騎士団長は、錦ヶ浦=ステファノス=蒼耶さんだ。紘国男子の中では、プロスポーツ選手より人気がある。
「無事、みたいだね? 怪我は? 浜さん」
ミロースイ軍精鋭の突撃を受けた浜さんと桃山さん、DMTも無事なようだ。
「さっきの連携助かったよ」
「練習の成果が出て、よ、良かったし」
そうだね。浜さんの言う通り、アマリアコンビの指導でその辺練習してたからね。あの演習だけで地力になったとまでは思えないけど、元々が素人なんだから、伸びしろはあったとは思う。
ん? 通信アプリ「アノ・テリア」にメールがあった。
「逢初です。無事赤ちゃんが生まれました。女の子です」
 




