第88話 「絆」Ⅰ③
「だめ!!」
あの時。
倒れた紅葉ヶ丘さんに近づかず、皆を制止した、愛依。
「お願い! 来ないで!!」
その紅葉ヶ丘さんに、一番近かった、愛依。
DMTデッキから大量の窒素が洩れてきて、通路の酸素濃度を下げていた。
見えないからこそ怖い。危ない。
情に負けて紅葉ヶ丘さんに近づけば、二次、三次の事故になっていた。
あの瞬間、あの場所は、空気の濃度によっては、本当に全員死んでたかもしれなかったんだ
「来ないでっ!!」
みんなを睨みつけ、両手を広げて静止をした、あの姿がリフレインする。
自分が中間地点に立つことで、みんなを制止し、仮にガスが来ても犠牲は自分ひとりで済む。
そして、デッキの解放と紅葉ヶ丘さんがこちらに押し出されれば、真っ先に駆けつけることができる。
あの、「ピ~ロリ!」っていう着信音は、愛依の軍用スマホから。
「わたし、医師権限でみんなの位置情報とバイタル把握してるからね? 隠れて変なコトしちゃダメよ?」
旅の最初に、君は言っていた。
僕は正直、「監視されてるみたいでヤだなあ。僕だって人のいない所で脈拍が上がることだってあるのに」 そう思ってた。
でも、愛依のスマホは、みんなの命を預かるスマホだった。
さっき、「治験」で僕との添い寝中。
「ピ~ロリ!」のアラームで目が覚めた愛依。緊急事態のアラーム音。
医務室を飛び出しながら。
【スマホで状況把握。紅葉ヶ丘澪。意識喪失。呼吸器異常。1Fデッキのドア前】
そこから、とっさにアノ・テリアの「艦内女子♡グループ」に非常事態メール。
渚さんに発進口を。
麻妃にKRMを。
浜さんにベッドを指示。 他にも指示してたかも。
災害現場って、野次馬の「誰か」に漫然と110番通報お願いしてもダメなんだって。「え? 俺?」って顔を見合わせるだけで。「あなたコレやって。あなたはわたしを手伝って」って感じでひとり一人具体的に指示を出さないと、あっけに取られた人は戦力にできないんだって。
そして現場に着いてからも冷静だった。
倒れた紅葉ヶ丘さんを発見して、冷徹な「近づかない」判断。
と、同時に、集まってくるみんなも遠ざけるようにする。身体を張って。
そして、状況が好転したら紅葉ヶ丘さんに駆け寄る。
自身の命をかけて。
――――ヤバい。涙が出てきた。
君はどれだけ、どれだけ重荷を負ってたの? みんなの生命を守る者として。
僕はあの時、白いキャミソールで両手を広げる君を見て、「綺麗だ」と思ってしまった。
でもそうだよ。綺麗なはずだ。美しいはずなんだ。
あの時の君は、あの姿は。
生命を護る者の、壮絶な覚悟の輝き、そのものだったのだから。
***
「あ、紅葉ヶ丘さんの顔色戻ってきたわ。酸素欠乏症の兆候も消えてきてる。よかった~。じゃ、明日、精密検査ね」
パソコンに診療予約を入れる愛依。
子恋さんは紅葉ヶ丘さんのそばを離れようとしなかった。
「光莉が倒れることを見越して、私は無理やりでも身体を休ませるわ」
そう言って、渚さんは部屋に戻っていった。
「‥‥‥‥逢初さん、手伝うことは何でも言って下さい。でも、取りあえずそれが無いなら、みんなちゃんと休んだほうがいいですよ」
仲谷さんのこのひと言で、後ろ髪を引かれつつも、みんな部屋に戻っていった。
「‥‥‥‥子恋さん」
愛依は、紅葉ヶ丘さんのとなりにベッドを用意して、彼女にも休むよう促した。子恋さんは無言だった。
「さあ、わたしたちも。『治験』の続きを。ね?」
愛依に促がされ、ふたりで「授乳室」へと戻った。
「ああ、そうだった」
愛依は、桃山さんに借りたカーディガンを脱いだ。またあの白いキャミソール姿だ。
「‥‥僕が買ったのがあるじゃん?」」
思わず訊いてしまった。
「あるよ? でもこれだってまだ着れるし」
「物持ち良すぎだよ」
「‥‥だって。あれは私服で待ち合わせた時とかにおろしたいし」
‥‥‥‥そんな事言われたら、白キャミにこれ以上ツッコめないよ。
それから、いつもみたいに「治験」となった。
でも、あれ?
「愛依。僕もう、まあまあ動けるんだけど、『治験』する意味ある?」
「‥‥あるよ」
「でも、僕が動けちゃうんだったら、『添い寝』はよくない、って基本ルールじゃ?」
真面目か! と言われそうだけど、厳密にはそうだった。僕がマジカルカレント後遺症が発症中だと動けない。
つまり間違いが起こりにくいから、中学生が「添い寝」できるんだよ。それが大義名分だ。
まあ、今までの経過を見るかぎり、その辺かなりグダグダなんだけどね。
「‥‥‥‥今日は、わたしの『不眠症対策』ということで」
そう愛依は言った。
「暖斗くんは全部わかってて、わざとそう言ってるんでしょう?」
そう。君の言う通りだ。
「‥‥‥‥今からじゃあ、とても眠れなさそうなんだよね。わたしが」
僕は、横たわったまま愛依の方を向いた。腕まくらした右手のひらは背中に、左手は愛依の手に重ねる。
「‥‥目を離しても大丈夫だよね? 紅葉ヶ丘さん、目を覚ますよね? わたし、今の内に休憩した方がいいよね?」
僕には答えられない。それほど、愛依の負った責任は重い。
「今日の愛依はすごかった。あんなに的確に動けるなんて」
「もう、病院のバイト1年やってるでしょ? AEDの研修はもちろん、症例が2回くらいあったんだよ。大きな事故があって、病院にわあって救急車が殺到するの。わたしも駆り出されて、輸血パック運ぶとか。人がいなくてERの雑務とか」
「それって、いわゆる修羅場か。ドラマみたいな」
「うん。目を回したよ。でもだんだん慣れて。だから今日もとっさに体が動いた、動けたとは思う」
僕は、今日ほどこの子を尊敬したことはない。
「なんだか、今日はいつにも増して手があったかいよ」
「そうだよ。だって、今日の愛依は本当に凄かったから」
――――予想通り。僕の『右手』に『それ』は伝わってきた。
「‥‥‥‥何だか‥‥今頃になって‥‥‥‥‥‥震えてきちゃった」
やっぱり。こんなことがあって、平気なはずは無い。僕がふれる愛依の背中と手は、かすかに震え出している。
でも、もう変わらない、ってことがひとつ。愛依は、技術や経験は置いといても、心は立派な「医療人」、だってこと。少なくとも僕は、心からそう思える。
僕の腕の中の君は、僕が尊敬する人だ。
「大丈夫。今はゆっくり休もう。無理に眠らなくていいから」
今からは「僕が介ける番」だってことだね。この艦に乗って初めての攻守逆転だ。「ほ乳瓶でミルクでも飲めば? 落ち着くよ」とでも言ってみようかな。
この戦艦を、みんなを守ってくれて、ありがとう。
※「尊敬しあうふたり」それを書くために60万文字も使ってしまいました。
ここまで、この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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