第84話 アポリアⅡ④
愛依はギフテッド。ある種の天才だ。
「アタマが良すぎて、一周まわってアレな人」
って、言葉は聞いた事あるけど、実際にいるんだね‥‥‥‥!
出口の無い難問 ――「アポリア」
「多賀さんとの仲にモヤモヤした愛依が、急に泣き始めた ――アポリア」
「僕の兄貴分が、調子こいて仲間女子にやらかしてる ――アポリア」
「目の前の女の子が、何のつもりか絶対やってはいけない想定を語りだした ――アポリア」
ひとつ目のアポリアは、難問の答えを出さずに感情的な着地点に落ちついた。
ふたつ目は、明日僕が挑む。
この、みっつ目は? ‥‥‥‥どうしよう?
(暖斗くん。「女医プレイ」って何? うっすらはわかるけど、何だろね?)
‥‥‥‥うっすらわかってるなら、訊かないでほしい。‥‥‥‥いや! コレ実は、愛依はわかってないパターンだ。僕に訊く時点で!!
(「女医」さん属性のままで、アダルトなことするんだよね? たぶん)
待って! 今答えてたら確実に地雷踏んでた! わかってるじゃんか‥‥!
(わたしってね。世界で唯一の、「セーラー服に白衣のJC」属性なの。たぶん世界で唯一よ。あ、コスプレは除外ね? あれはノーカウントよね? ふふ)
一体なんの話をしてるのか。外にはまだライドヒさんがうろうろしてる。止めさせないと。
(愛依、何言ってんの‥‥?)
(本当の女子中学生で、本物の白セーラーで、本職の女医として臨床現場に立つ。この条件を満たす女の子、世界中の創作物も含めて、わたしの他にいる?)
‥‥‥‥と、ここで僕は気がついた。僕と愛依は密着している。全身で。今。
その愛依の身体が、みるみる熱を帯びてゆく。
(「女医プレイ」って、大人の言葉。まだ、わたしと暖斗くんが、本当は交わしてはいけない言葉。――女の子は耳年増だから)
(で、さっきの夢。考えちゃった。想像しちゃった。外にいる人は、兵隊さんじゃないけど、このわたし、「セーラー服に白衣のJC」が現れたら、どうなるかしら。本当に、「女医プレイ」をやると思う?)
(怒るよ? 愛依。悪ふざけはやめなよ)
(ううん。ライドヒさんに、あんな曖昧な返事をしたお返しよ。わたしが出す難問!)
愛依の身体はどんどん熱くなる。いつかの「右手」の時みたいだ。
そして、僕は試されてるのか? ――逆に言えば、愛依が、優しすぎるんだ。彼女は問題を出して、それを解かせることで、僕を赦そうとしてる。
(問題よ。今からわたしは、この部屋を出て、彼の前に立ちます。こんな深夜にふたりきり。隠れていた女医が出てきた。ライドヒさんはわたしをどうすると思う?)
(そして、あなたはどうするの? 暖斗くん!?)
***
ライドヒさんが、帰る気配は無い。――と、いうか、僕らがここに隠れていて、たまに物音を立ててるから、怪しまれて当然なんだけど。
この「授乳室」の壁は薄い。結構音が通る。
「‥‥‥‥やっぱり誰かいんのかよ?」
愛依が、小声とはいえ、こんなにしゃべったから外に怪しまれる。マジカルカレント後遺症で僕の身体は動かない。本当に愛依が出ていくなら、止める術はない。
(冗談だよね? まさかホントに行く気?)
僕の首にまわした愛依の両手が、きゅ! と締められた。
(怖いよ‥‥? あの悪夢と同じだもん。壁薄いし、本当に出てったらどうなるんだろうね? 想像したらドキドキしてきたかも‥‥!)
その悪夢が正夢にならないことを望む。
愛依は、寒気がしたのか身震いして、さらに巻きついてきた。
(そんなに僕に密着して。無防備だよ。動けないけど、僕だって悪い兵隊になるかもだよ?)
(あなたは特別。まだわからないの?)
(‥‥特別‥‥?)
足音が近づいてきた。たぶんライドヒさんのハズだけど、さっきからもうしゃべりもしないから、誰かもわからない。
現に、愛依はさっきから「兵隊さん」設定で語ってるし。
(ふふ‥‥なにか、遊園地のアトラクションみたいね?)
それ、さっき僕が宙吊りドローンに言った所感だよ。
(愛依が外に出るなら、僕は大声を出す。騒いで愛依から注意を逸らす)
(う~ん。30点かなあ。彼は暖斗くんが動けないとわかれば、ドアを閉めるだけ。暖斗くんは部屋の中で、わたしが口説かれる様子を聞くことになるよ?)
(シビアだなあ)
(メールを打つとか。さっき打てたでしょ?)
(その手があったか‥‥‥‥!)
(うん。でも70点。誰も来てくれないかもだし。他人任せだし)
ふわっ と、愛依と僕の間に空間が生まれる。
(難問。時間切れよ。さよなら。暖斗くん)
愛依は半身を起こしていた。「授乳室」のドアノブを見つめている。
(まさか、本当に!?)
顔を左右に振って、指で髪を整えると、さらに身体を持ち上げる。
(出てくつもり‥‥‥‥!?)
腰が浮いて、ベッドから丸いおしりが離れていく。
「‥‥‥‥‥‥‥‥!!」
――――その刹那。
跳ね起きた僕は、両手で愛依を後ろから抱きしめていた。
(100点。‥‥‥‥でも変なとこ さわってるからマイナス10て‥‥)
「きゃ!」
僕は力任せに、抱えた愛依をベッドにひき戻す。
(乱暴っ。もう)
(本当に行こうとした! だから本気で止めた!)
僕は怒っている。
(試してごめんなさい。バックハグでの役得と、相殺してくれるとうれしいな)
(だめだね。愛依を止めるための不可抗力だったんだから。――それに、「こうして欲しかった」のは君だよね!? こんな回りくどい夢の話とかして。外に出るとか僕を試して‥‥?)
絡まる様に倒れた身体は腕の中でもぞもぞ動いて、いつもの「右の腕まくら」に落ちついた。
(ばれちゃった。――そう。この難問の真の答えは、「わたしを強く抱きしめて」)
(怖かったんでしょ? 昼間に怖い思いをした愛依は、ぎゅっ! ってしないと寝つけない)
(うふふ。ありがとう。そうよ。このまま、わたしが外に行かないように、しっかり掴まえていてください)
結局、いつもの「治験」みたいになった。再び医務室のドアが開く音がして、人の気配が無くなった。様子を見に行こうとする愛依を、もう一度僕が止めて。
さすがにもう帰ったみたいだ。
変なこと言いだした愛依が実行しなくて良かった。最初からハッタリみたいだったけど。
安心したら急に眠たくなってきて、僕はまどろんだ。
この時。
「‥‥‥‥やりすぎたかな。‥‥でも、これで『奇跡』の原因の一端が‥‥」
と、つぶやいた彼女の言葉を、聞くことはなく。
※「奇跡」とは?




