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第84話 アポリアⅡ②

 




 ライドヒさん、暴走しすぎだよ。もう収拾つかないよ。と僕は頭を抱える。



「でね。タオルだけ巻いた渚さんが、『口説くんならここじゃなくて、個別にしてください』って言ったの」


 渚さんが「タオルだけ」? ‥‥じゃなくて、ライドヒさん!


「そうしたら、次の順番の子恋さんが訪れて。ふたりがかりで説得して、やっと4Fに戻ってもらったわ」



 愛依はうなだれていた。そりゃあ、お風呂に踏み込まれたらヤだよな。


 しかし、やりたい放題だな。ライドヒさん。





「‥‥‥‥でね。ライドヒさんが」


「ん?」


「『暖斗の許可はもらってる。この艦の子は全員好きにしていいんだよな?』って捨て台詞吐いて」


 え? 一瞬目の前が真っ暗になった。


「い、いやそんな、僕はそんな言い方は――――」


「ライドヒさんは確かにそう言ってた。わたしもお風呂で聞こえたもん。‥‥‥‥怖かったよ? 湯舟の子は浴槽に隠れたけど、わたし洗い場だったし」



 絶句した。そんな言い方は確かにしてないはずだけど、‥‥言葉が出てこない。



「だから、ごめんなさい。わたしたちの『治験』がバレたら、どうしよう? って思っちゃう。暖斗くんもMKで動けないし。今日はもう、自室に帰ってカギかけて寝たいの」


「う‥‥うん」


 ぼくにはもう、そう答えるしかなかった。――けど、何だろう。愛依との間に、重い空気の壁がある気がする。愛依の言葉使いとか、しぐさとか。距離を感じる。


 それを何とかしたかった。――――んだけど。




「あの、僕、そんな言い方はしてなくて」


 去っていく愛依に、思わず声をかける。


 彼女は微笑んだ。――――口もとだけ。



「『あの15人の中に彼女とかはいないし。‥‥どうするかはあの子達の自由だし』、ね? 子恋さんが自白術を使って暖斗くんの正確なコメントを聞き出してたよ?」


「あ、うん、ええと」



「確かにそうだわ。暖斗くんの言ったことは事実。――でもわたしは。――――ううん。みんなもきっと。‥‥‥‥暖斗くんの違う言葉が欲しかったわ。だって、みんな、ここまで一緒に暮らしてきて、一緒に戦った仲間でしょう?」




 くるり。彼女は白衣を揺らしながら振り向いた。




「そういう、みんなを大切に想う気持ちが入った言葉を、言ってほしかったな」




 ***




 シューン、とドアが開いて、彼女は去っていった。「中央エレベーターで彼にばったり会うとイヤだから、非常口階段で帰る」と言っていた。


 いや、まさか。ライドヒさんがその辺を、愛依とかを狙って徘徊してるとか?


 まさか、とは思うけど、今日の様子からしたら、やりかねない。――というか、愛依はもうその想定で行動してる。


 ああ情けない。身体が動くなら、自室まで送るのに。‥‥‥‥いや。みんなを大切に想わない僕は、送る資格もないのかもしれない。




 ライドヒさんの行動は、実は男子なら、少し理解できてしまう。


 あ、こういう言いかた良くないかな? 誤解されるかな?



 僕もこの、男子僕ひとり、女子15人、で選抜結果が発表された時、女子の顔写真を見て、心臓がちょっと高鳴ってしまった。



 ――だって、本当に美人ばかりだったから。



 僕の周りの男子も、さすがに平常心じゃ無かった。「すげえ」、「うらやましい」、「お前!ふざけんなよ!?」 って、無茶苦茶言われて、無茶苦茶イジられた。


 だから、このラポルトにひとり男子で残って、15人の女子と楽しく絡む「妄想」が「暴走」になるのは、気持ちとしてはちょっとだけわかるんだ。女子にも伝わるかな?


 もちろんライドヒさんの行動はダメだよ。肯定は一切してないよ。


 この逆パターン。女子がひとりで、イケメンが15人いたら、女の子だって、ドキドキってなるよね?



 でも、いくら絋国男子が女子を雑に扱うからって、これはやりすぎだ。


 妄想が暴走して、誰かを傷つけたらいけない。女の子を泣かせたらダメだよ。

 ライドヒさんは、ハシリュー村で「全て許される」育てられ方をした。



 ――あ、「それは残酷な教育だ」って、誰かが言ってたな。





 先生? ‥‥‥‥いや、父さんだ。




「‥‥‥‥」


 マグカップとミルクは、愛依が用意してくれていた。‥‥正直、動かしたら身体は痛む。


 けど、愛依たちだって嫌だし怖いんだ。止める事はできないよ。



 残りのミルクを一気に飲み干して、スマホを取りだす。




 動かない手で、必死にメールを打つ。


 上手くは言えない。僕は口下手で不器用だから。

 でも、この心に湧いた僕の魂の形は、何とか言葉にして、愛依に伝えたい。


 通話アプリ「アノ・テリア」の送信音が、授乳室の暗い壁に響いていった。




 ♰  ♰  ♰




 愛依。ごめん。


 本当にごめんなさい。


 僕は、みんなを守りたい。


 僕は、みんなに、笑顔で暮らしてほしい。


 そのために、戦ってきたのに。


 もう一度、そのことだけは伝えたい。


 君に。




 思ったまま、一区切りずつどんどん送信してしまった。ポエムみたいになったなぁ。


 でもいい。笑われてもいい。


 ああ、もう一回愛依の笑顔が見たいな。




 何とかベッドを水平にして、寝ようと思った。


 天井を見てたら、涙がポロポロ出てきた。




 なんだか、愛依との、ラポルトのみんなとの、大切な何かが切れてしまったような気がして。


 寝れなかったし、涙は止まらなかったよ。




 ***




 どれくらい泣いてたろ。もう日付も変わったかな。‥‥時計を見る気力もなかった。



 DMT(ディアメーテル)に乗るたびに、マジカルカレントを使う度に、この愛依が待つ医務室に運ばれた。




 みんなを守りたかったから、戦ったんだ。


 愛依が待っててくれたから、戦えたんだ。



 愛依がいない医務室は、からっぽで、僕も、からっぽだ。




 そのからっぽの人間から、涙が出てきて止まらないなんて、滑稽じゃないか。







 シューン。


 ん? 今の音?


 その、からっぽの医務室の、ドアが開く音が聞こえた。






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