第81話 まほろシティ散策④
「え? ちょっと待って桃山さん」
「ん? なに?」
そうなんだ。今さらなんだけど。
ふたりと同行したのは、僕の提案だけど、まあ、言い方悪いけど思いつきで、だった。
けど、それで、それを聞いた他のラポルトメンバーは、どう思うだろうか?
いいよ? 好きな娘がいて、「オレはこいつに奢る。文句あるか?」って意思表明するなら。それならそれで。
でも、前述の通り、「男子に奢られる」ってことが女子にとって、ステイタスになっちゃってる昨今。特定の女子だけに便宜を図るのは、色々なバランスを崩すことにならないか?
全メンバーにお世話になってる僕は、そういうポジション‥‥‥‥ではないよな? 確実に。
そして。
もうひとつ気になることが。
今、僕の目の前にいる、桃山さんだ。
朝から、というか、3人で出かけることが確定してから、ちょっと。
彼女は、「親友の恋の応援団長」ポジだから、僕とは「良き友人」の距離だった。
でも、今日の桃山さんとは、距離感がバグってる感じが。
「混んでたから、戻ってきちゃったんだよね。トイレ」
訊かれもしないのに、彼女はそう言って。
出発した時から、雰囲気が違ったんだ。仕草とか、目線とか。ずっとこっちを意識してる感じだし、なんか顔も赤いような。目が合っても意味ありげに逸らすし。
彼女は、僕の「右手」を、両の手のひらですうっと包んだ。
「ありがとう。暖斗くん‥‥‥‥」
桃山さんの、笑うと一本線になる目は、今は大きく開かれていた。黒いつぶらな瞳が潤んでいたよ。
「‥‥‥‥暖斗くんの人生に私の出番はないけど、‥‥‥‥憶えていて。私、男の子にごはん奢ってもらったの、生まれて初めてです。これ最初で最後かも。うれしかったです。一生忘れません」
重い。想い。ズシンと心に響いた。
「え? あ、そうなの? そっか」
わざと、というか、こういう普通の受け答えしか思いつかないよ。桃山さんは、奢られるってことに、何か特別な思いがあるのかな? そんなことで? とも正直思う。
お礼を言われてうれしいのと、「最初が僕で良かったのかな?」――心がざわざわした。
「あと、言わなくていいけど、逢初さんにちょっと悪いかな~って。――あ、本人に言わなくていいからね? 私がちょっとだけ、そう思ってたって、暖斗くんだけには伝えておくね?」
あ、やっぱり。桃山さんはそういう子だ。色々気遣っちゃうんだ。
「大丈夫だよ。『宴』の時に、愛依には誕生日ケーキを作ったから。気にしなくていいんだよ?」
「え?」
桃山さんは急にキョトンとしていた。――で。
ぺちん。
「‥‥‥‥やだあ。暖斗くんいつの間に!」
彼女の華奢な右手で、少しだけスナップを効かせて、僕の肩をはたかれた。重さは無いんだけど、妙に後からヒリヒリが残る、――女性らしい「ぺちん」だ。
「なあんだ。気にして損した。じゃ、トイレいってきま~す」
そう言って立ち上がった桃山さんの目は、いつもの笑顔、横一本線に戻っていた。
***
「あれ? やっぱない‥‥‥‥」
カフェを後にして、また3人で街を歩く。
ガンジス島は紘国列島南端の島、いやく県と同緯度。つまりこの まほろ市も南国の雰囲気だ。色々本土では見ないような大きなヤシの木や、カラフルな花とかが道端に並んでいる。
実は混む時間帯の前、11時にカフェに入ったから、まだ1時間以上、上陸時間はある。
「どしたの? いちこ?」
浜さんが持つのは、みなと市のタウン誌「ノスティモみなと」だ。このまほろ市に一番近い絋国の港が「みなと港」だから、昔から色んな流通があって。
さっきのコンビニに、みなと市のタウン誌が置いてあったんだ。ちょっとびっくり。
「7月25日出航のハズで。ノ、ノスティモも全国紙も出航式典に来てたハズなのに」
「そうだよねえ。記者さんにインタビュー受けてたよね? 子恋さんとか‥‥」
8月号。号数的に間違いはない、はずだ。僕も憶えている。『最新鋭戦艦、就航。地元の中学生が体験乗艦』ってタイトルの記事のはずだ。
「私達、『ふれあい体験乗艦』の記事が、まるまる載ってない!」
「‥‥‥‥。ま、いっか。カットされたか、来月あたり載るんでしょ?」
ふたりの話題はすぐに切りかわった。
「それより良かったじゃん。今月号の『ひめちゃん』GETできて!」
「ふ。ふ。『ひめちゃん』。今月も、か、かわよし」
「いちこの『推し』。‥‥‥‥そういえば、この表紙モデルの子、『咲見ひめ』ってたぶん芸名よね? 本名? 咲見くんと親戚だったりして」
桃山さんが、チラ、とこっちを見る。
「‥‥‥‥」
いや、親戚とかじゃあないんだけど。その「咲見」ってのは、まんま僕の名字なんだよね。
彼女の本名は「姫の沢ゆめ」。
体験乗艦の「特別枠」に内定していた女の子だ。――だから、一緒に乗艦する予定だったんだよ。直前までは。
麻妃と僕の、小屋敷小学校時代からの幼馴染み。「特別枠」の選に漏れてしまって一番落ち込んでたのは麻妃だった。ほぼ決まり、って聞いてたのに。
彼女「姫の沢ゆめ」は10歳くらいからモデル業をやりだして、ひめちゃんの、たっての願いで、芸名に「咲見」の文字を使うことになったんだ。ちゃんとひめちゃん自身が梅園家にお伺いをして、許可をもらってやってること。
あの時は驚いたな。ひめちゃん普段は僕の前でもじもじしてるキャラなのに。
――あ、「ひめ」ちゃん、って今言ったけど、それも芸名。
小学生時代、姫の沢ゆめちゃんが、僕のことを「ぬっくん」って呼ぶようになって、僕もやり返しでゆめちゃんのことを「ひめちゃん」って言うようになって。
彼女は「ひめちゃん」を、すごく気に入ってくれたんだ。途中から「もういっそ戸籍名にする!!」って言いはじめるくらい。――――親御さんが泣きながら止めたって聞いたけど。はは。
で、浜さんが、その「ひめちゃん」の大ファンなんですと!?
「ノスティモみなと」の表紙でかわいくポーズを決めるひめちゃんを見て、そして大事そうにそれを抱える浜さんを見て、正直僕もうれしい。
「ひ、ひめちゃんは私の『推し』なんです。手足長っが! 顔小っさ! 顔面かわよし!私に無い物、ぜ、全部持ってるんです!」
そうそう。付記。
体験乗艦受かってたら、ひめちゃんはUO-003番機、「テオブロマ」に乗っていた。(そもそも「テオブロマ」って名付けはひめちゃんだし)
僕のUO-002、麻妃のKRMでのサポート。そして姫ちゃんが駆るDMT、前衛役の「テオブロマ」。
この「小屋敷小学校トリオ」での連携作戦行動が、本来想定の艦外戦力だって、渚さんも言ってくれてた。
やっぱアイツ、コーラとの即席適当連携とは、モノが違うんだろうな。まあ、これもナカナカの成績だとは、渚さんも褒めてはくれたけど。
あの人は、ある意味大人だから。
僕と麻妃とひめちゃんの、息ピッタリの「超!! 連携攻防!!」は。
残念ながら幻と終わった。
※「ひめちゃん」「小屋敷小トリオの超連携攻防」、は第二部にて。
(2024年8月現在未投稿。これから下書き書きます←おいコラ!)




