第8話 突撃する赤ちゃんⅠ①
DMT格納庫の通路からタラップを渡って来たのは、菜摘組の5人の内、初島さん、来宮さん、浜さん、折越さん、の4人の女子だった。桃山さんはタラップの向こうで、何故かこぶしを作って突き上げ、浜さんにしきりに
「がんばれ、行け」
と言っている。
僕が操縦席を出てしまうと、前回みたいに一気にマジカルカレントの後遺症状が出てしまう。
動けなくなって転んで怪我をするかもしれない。だから今回は「動ける内に担架に乗ってもらう」という段取りだそうだ。
「せ~の!」
4人が呼吸を合わせて、僕を担架に乗せる。
女子の声が重なると、まるで放課後の部活みたいだ。
僕の体重が60キロだから、1人あたま15キロ? 女子にはちょっときついんじゃないかな? なので
「重かったらゴメン」
と苦笑しながら言ってみる。
「大丈夫っス。ウチら鍛えてるんで」
と、来宮さんは本当に平気そうだった。
確かに折越さん、初島さんもそんなに重そうにはしてない。体鍛えてるのか。
あれ? ‥‥浜さん1人だけ顔を赤くしている。4人の女子の内、この子だけ明らかに身長低くて大変そうなんだよなあ。
桃山さんじゃだめなんだろうか?
そしてやっぱり、担架からキャスター付きのベッドに移される時に、自分の体が「動かない」ことをハッキリ自覚した。しかも、前回のマジカルカレント後遺症より体が重い感覚だ。
「‥‥‥‥暖斗くん、暖斗くん。聞いてる?」
気が付いたら折越さんに話しかけられていた。
「あたしら、DMT戦って、生で初めて見たんですー。ね~!?」
折越さんは、周りに同意を求めた。なんでそうしたかはよく分からないけど。
でも「あ~見られてたんだ、あの戦闘」と、少し恥ずかしくなる。
「艦に寄って来たBotをバシバシやっつけて、暖斗くんスゴイです~!!」
「あ、いや、艦に近づかれちゃったのがホントはダメだったんで‥‥‥‥」
「あと、DMTがすっごいジャンプしてたじゃないですか~。あんなに跳べるんですか? DMTって~?」
「あ、いや、あの時はジャンプしすぎちゃって。敵にもっと迫らないとダメで‥‥」
折越さんは大げさに身をよじった。
「も~。暖斗くん謙遜してばっかり~」
だけど、他の女子のリアクションがイマイチ薄い。なんか、あんまり折越さんとだけ話すのも? その辺どうなんだろうか?
「あ、そうだ。全員の『通 話 アプリ』にメールしといたけど、僕が男子だからって気をつかわないで。タメ口でいいからね。みなさん」
やっぱり折越さんみたいにグイグイ来る人は実は苦手なので、何となく話題をそらしてしまった。彼女に悪い事したかな? とは思ったり。
*****
「なんだか楽しそうですね」
医務室に着くと、白セーラーに白衣の逢初さんが待っていてくれた。
ここで5人の女子とは別れる。
今から前かけ着けて「はい、あ~ん」なのだから、見られない方がありがたい。
栄養剤摂取の準備をしながら、こんな会話になった。
「ちなみさんって、すごくスタイルいいもんね? 中学2年生とは思えないくらい」
「ちなみさんって?」
「折越ちなみさんよ? わざと知らないフリしていませんか? 咲見くん」
と、彼女に言われたがフリではない。15人の下の名前までは実はまだ頭に入っていないんだよね。おいおい憶えるとは思うけどさ。
「いえ。そんなことは。って言うか、逢初さん、言葉づかいが‥‥‥‥」
「だって、みんなはまだ咲見くんに固い話し方なのに、わたしだけフランクに話していたら、みんな『ん?』ってなるでしょう?」
「え、だって。じゃあ、麻妃は?」
「麻妃ちゃんは、咲見くんの幼馴染み枠じゃない?」
「そんなもんかなあ。あ、でもさっきあの子達には言ったよ。タメ口OKだって」
僕はそう言いながら片目でチラリと見る。
「艦の外に出て敵をやっつけてくれる男子なんだから、やっぱり敬語でないとまずいって、考えてるかもよ? みんな」
そうなのかな。
「逢初さんが固い口調に戻したいんなら、無理強いできないけど。僕としては、フランクな言葉づかいでみんなと話したいなあ。その方が気が楽だし。男子だからって、女子が男子に敬語を使わなきゃならないっていう空気ができてるのが、本当はおかしいと思うんだよ。これ、親の受け売りなんだけどさ」
彼女の顔を見ながら続ける。
「この戦艦に男子は僕しかいないし、『暖斗』でいいよ。それに」
「それに?」
この気持ちはしっかり伝えておきたい。
「それにDMT乗るのは危険を伴うからこそ、こういう事は男子がやるべきだと思うんだ。だから、僕がやるよ」
「‥‥‥‥!」
前かけを取り出した逢初さんの手が止まった。
「でも、見ての通りDMT乗ったら動けなくなっちゃうんで、君に助けてほしいんだ。ほら、この通り」
すると。
「‥‥‥‥うふふ。あはははは」
彼女は、僕の言葉に、両手で口をおさえて笑ってくれた。
「 ‥‥‥‥この前もそうだったけど、首から下が動かないのに、『ほら、この通り』っておかしいでしょう? ふふ、あはは」
よかった。やっと空気が和んだ気がする。でも、あれ? なんで空気がおかしかったんだろ?
「でもさ、なんで女子15人に僕1人なんだろうね。確率おかしくない? あと1人は男子が良かったなあ」
「そうね。絋国国民の男女比で計算すると、16人中2.66人は男子のはず。確かにあともう1~2人ね?」
「逢初さん、今、一瞬で暗算したの?」
「うん。わたし、そういうのだけは得意みたいで」
言いながら彼女は少しはにかんだ。さすが、「わチャ験」で準々医師資格を取っただけあるなあ。
「じゃあ、前回みたいに始めてくね。失礼します。『暖斗くん』」
彼女が、例の前かけを僕の首につけ始めた。あ、ちゃんと白地のタオルで作りなおしたヤツだよ。首後ろでヒモを結ぶべく彼女の体が覆いかぶさってきて、そしてその両うでが僕の首の後ろに回される。
「ん‥‥んん、やっぱりやりにくい。ヒモ短かすぎ‥‥‥‥」
僕の顏の目の前でやりにくそうだ。急いで作り直したそうだから。
「僕の首も持ち上がらないしね。何か、マジックテープみたいのなかったのかな」
「それで作りたかったんだけど‥‥素材がなくて。でもヒモも長さが足りない‥‥ね‥‥。わたし、実は不器用なの。外科医とかはならない方が良さそう」
「じゃ、何科の先生になるの?」
「今バイトしてるのは小児科」
「あ、子供好きなの?」
「うん、大好きだけどね。でもそんな高い志じゃないよ。『小児科は大変だから成り手が少ない』って聞いたから。じゃあこれやったら患者様たくさん来て、食べていけるだろうなあって。ただのブルーオーシャン戦略よ」
意外としたたかだな。あとなんだ? ブルーなんちゃら?
「そのなんとか戦略は後で調べるとして。で、まだ前かけ着かないんだ」
「縫合術とかやっぱ無理‥‥ちょうちょ結びでこれだもん。え~ん」
なかなか首の後ろで結べないので、逢初さんが身を乗り出してきた。そのセミロングの髪の毛先が僕のあごを撫でる。
けど彼女は気付かずに、さらに身を乗り出してベッドの脇――僕の右のわき腹あたりに腰を乗せた。
ギリギリ触れてはいないけど、彼女の腰と接近した僕のわき腹が、なんだかぽかぽか熱を帯びてきた。
「やっぱりこの前かけは、改善の余地あり‥‥!」
彼女の身体が、目の前でグラリと傾く。
「‥‥わっ!!」
そう言いながら彼女は、バランスを崩して僕の上半身に覆いかぶさるように倒れてしまった。
甘い髪の香りがふわっと押し寄せてきて。だけど僕の上に乗ったはずの彼女の体は、不思議と重さは感じなかった。
湿度の高い、やわらかい肌が、僕のくちびるとあごにずっと触れていた。それが彼女の右ほほだとわかるのは、彼女が起きあがる時にだった。




