第79話 お風呂でドッキリ(フラグ回収)②
深夜の食堂。いつもいる仲谷さんももう明日の仕込みを終えていて、誰もいない。
僕と、多賀柚月さん以外には。
厨房は真っ暗で、食べる側の方だけ予備灯がついている。その薄暗い中を冷蔵庫まで行って、麦茶を汲んで補充する。彼女の分も。
食堂側を暗くしたのは、あまり素顔を見られたくない、という彼女への配慮だ。
その彼女は、テーブルを挟んで座っている。Tシャツ姿に、ふんわりしたバスタオルを、首に巻いている。
髪は、まだ濡れたままだ。
多賀さんの分の麦茶を差し出すと、彼女は不思議な表情をする。
「‥‥‥‥。やっぱり変わってる。暖斗‥‥くん。そういうの普通男子は『女子の仕事だろ? 言われる前に動けや』って顔してて」
「ああ、前言った通り僕は気にしないんだよ」
「‥‥‥‥。でも、女子でも、男子ウケ狙って率先してやる子多いから。『女の子なんだからやんなきゃ駄目だよ』って、おばあちゃんがよく言ってた」
「だよね。『それは私がやらせて』って圧を感じることがあるよ」
「くす。私がいた男子グループに、暖斗くんがいてくれたら良かったのに。――みんな、『おい! ユヅキ』、『ヘイ! ユヅキ』って、男女関係なく遊んでくれてた。――女になんて見られたく無かった」
多賀さんは、麦茶をひと口すすってから、視線を足もとに落した。
僕はちょっと、心にチクリと痛みが走る。
愛依のことが脳裏に浮かんだからだ。あの、僕の自室での夜、右手の上に乗っていた、つるんとした髪。医務室での数々。
僕ももうこの旅で、女の子のことを「女子」だと意識してしまっている。多賀さんの幼馴染みのことを一方的に悪くは言えない。――っていうか。女の子を「女子」と意識するって、そもそも悪いことなのか?
「‥‥‥‥‥‥‥‥。それで。私は。もう男子と絡むことができなくなって。その反対側に行っちゃったのね」
僕がひとりで考え事してる間に、そんな彼女のセリフが聞こえた。
「‥‥‥‥反対側?」
男子と絡むの反対側。‥‥女子と絡むってこと? いいじゃんかそれは。
「小6で男子グループから離れた私は、しばらく『ぼっち』だった。‥‥‥‥。中学に入ってちーちゃんとかとくっつくまでは。それで。‥‥‥‥担任の男の先生が色々相談に乗ってくれたんだけど」
「ああ、うん。‥‥いい先生だね」
「もちろん。私的にはすごくいい先生だったよ。‥‥恩人」
「良かったよ。多賀さん大丈夫かなあって心配だった」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。良くなかった」
「え?」
「私は良かったけど」
「ええ?」
「大人の世界では。‥‥‥‥。良くなかった」
今度は僕が麦茶を飲む。不穏な空気になってきてしまった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥。先生は転任していったよ。私と先生が個人携帯で色々やり取りしちゃったから」
‥‥ん? あ! さっきの「反対側」って? ‥‥「男子から女子」じゃなくって「生徒から先生」ってことか!?
「‥‥先生が、私のために、私のこれからを心配して、私のことを想って私にくれた言葉が、なんか問題だったみたい。悲しかった。‥‥‥‥。笑っちまうよな? 絋国は俺らにガキ作れってさんざん圧かけんのに、教師と生徒じゃダメだってよ? バカ言ってんなってな?」
「うお!? ――――多賀さん?」
「くす。暖斗‥‥くん。これ私が男子と絡んでたころの言葉使い。‥‥‥‥。本当に小学校以来で使った。――――あっりがっとな!」
彼女は真顔でそう言っていた。瞳をギラギラさせて。確かに一瞬男子みたいだった。
「‥‥‥‥。もうないけど、最初は思わず『男ことば』になりそうになったから、しゃべり出す前に一呼吸おくクセがついたのね」
なるほどね。彼女は確かにしゃべり出しに独特の間がある。さっきのお礼の言葉も、明らかに男言葉のイントネーションだし。――――でも!
さっき言ったけど、彼女は二次元系の美少女ルックスだから、とにかくギャップがすごい。
「‥‥‥‥。結局。私がかわいいから、男子もおかしくなって。先生もフライング気味なことメールしちゃって。結局私がかわいいのが悪い。私が全部悪い」
ああ、彼女のことが少しわかった。彼女は自分について「私かわいい?」なんて訊いてきたけど、多賀さんにとって「かわいい」は疫病神、ペナルティみたいなもんなんだろう。
だから、素顔を見た、見られた僕に確認する。「かわいい」なんて思われてたら、その後不幸イベントしか起きないから。そしてそれを回避したいから。
なんか、またもやで、しかも多賀さん本人を前にして悪いんだけど。
僕はまた愛依のことを思い出してしまう。
愛依もたしか似たようなことを言っていた。「陽キャになったのにいいことが起きなかった。むしろ、悪いことのほうに多く見舞われた」と。
女子って、本当に難しい。
いや、女子が、幸せになるってことが。たったそれだけのことが。
単純に、難しいんだ。
どうすれば? ‥‥‥‥いや、そもそも何が間違ってるんだろう?
※この問いに答えはあるのか?




