第7話 A2/AD①
「結局それで、その 乳幼児的な前かけは着けたの?」
僕にそう聞いたのは、出撃準備中の麻妃だ。
七道さんの重力子エンジン講座の翌日。
僕は人型兵器DMTに搭乗して、デッキで出撃を待っていた。Bot発見の報を受けてのインターセプトだ。
戦艦の発進口が上下に分かれて開いていく。また青い空と緑の大地が目に入ってきて眩しい。
作業員の子は退避エリアに入ったみたいだ。色んな作業音で騒然としていた発進デッキが一旦静かになる。
「‥‥シカトかよ? お~い。結局そのピンクの前かけは着けたんか~い?」
うるさいなあ麻妃は。発進前だそ。
***
「いやだ! 断固拒否する!」
僕は医務室のベッドの上で、そう叫んだ。
その傍らには逢初さんがいて。
その手には、ピンク色の生地にうさぎと犬のアップリケを縫い付けた、前かけが持たれていた。
「ね。暖斗くん。かわいいじゃない。わたしのエプロンとおそろいだよ。着けようよ。今後パイロットスーツ着たままでの食事もありえるから」
逢初さんがそう言うのも解る。れっきとした理由がある。パイロットスーツは2着しかないんだから。僕もそれは十分理解しているつもりだ。
でも。
昨日のDMT戦の後、医務室に運び込まれて20時間、2日目の昼を迎えていた。一晩寝て大分体が動くようになった僕の朝食は、おかゆとか野菜のペーストになった。
やった! 普通の食事だ。
もうミルク飲まなくていい!! って喜んだもの束の間、やっぱり自分では器用に食べれる程に回復できてなかったので、逢初さんに食べさせてもらった。
う~ん。まあ、いわゆる、え~と、あの。ミルクと同じ
「はい。あ~ん」
だったんだけど。超接近戦での、ね。
その時僕は、やっぱり体が自由に動くまでは回復してなかったので。結局逢初さんに手伝ってもらうしかなかった。その結果を受けて昼食では、このカワイイカワイイ、アップリケがついた前かけを着けるという罰ゲームを強要されてしまった訳だ。
もちろん全力で拒否したよ。タオルでも代用できるし。‥‥まあ、タオルだとはだけてくるし厚みがあるし、食事用のエプロンみたいなのがあったほうがいいのは理解はできるんだけどさ。
「あ~~。せっかくカワイイアップリケなのに」
前かけを眼前に広げて、子供向けデザインのうさぎと犬に、交互にキスをする。彼女は悲しそうだった。そこは正直胸が痛む。
でもさすがに許容できるものとできないものがあるよ。そこは理解してもらわないと。
「じゃあ、この白いタオル地でもう一回作るね? それならいいでしょう?」
「‥‥まあ、それだったら」
不承不承でうなずいた。最初からそれにしたらいいのに。
「あ~~。せっかく『赤ちゃん要素』がアップするアイテムだったのにな~~」
「‥‥‥‥っ!?」
***
僕は思い出して奥歯を噛む。なんだよ? 「赤ちゃん要素」って!?!?
「‥‥‥‥聞かないでよ。情報早すぎるでしょ」
「あははは。新兵がホントに赤ちゃん扱いされてるって、ウケる」
「悪い冗談‥‥イヤ悪夢だよ! ‥‥‥‥もう発進するよ!」
僕は、発進OKのグリーンシグナルを確認すると、スロットルを踏み込んだ。麻妃もやっとオペレーターの仕事に戻る。
「暖斗くん、あそこな。マーカー付けといたから。あそこから侵入して」
インカムの向こうで麻妃が言う。僕はモニターを確認して返答。
「ちょっと判りにくいから、そっちのカメラの情報も寄こして。3 Dマップにしよう」
「了解!」
うまく、麻妃が付けたマーカー付近に降下できた。DMTの肩や腰など、各所の反重力装置が光り、ふわっと浮くような感じで着地する。目標のBotは、180メートルほど先にいた。
回転槍にエネルギーを回し、予備回転をスタートさせる。ガリガリと始動音がする。
「よっし。回転数規定値をクリア。暖斗くん、先制して」
麻妃の声を聴いた僕は、
「突撃!」
と短く呟くと、そのままBotに突っ込んでいく。
Botは、機動にエネルギーを振り分けているようだった。かなりの速さで後進していく。前に出ながらサリッサの刺突を当てたが、逃げる敵には深手にならかなった。
森の木々が高速で傍らをすり抜けていく中、やっとBotを捕捉すると、装甲の隙間にサリッサを突き立てた。
ガリガリガリッ!!
回転刃の刃先に十分な手ごたえがあった。内部機器まで届いたようだ。そのままさらに力を込める。
ガリガリ‥‥バチッ!!
断末魔のような音がしてBotは活動停止した。槍の刃部を引き抜いたところで。
「ぬっくん!!」
麻妃がインカム越しに叫んだ。彼女は、テンパるとよく僕を昔のあだ名で呼んでしまう。
「3機、母艦に行かれた!」
「ええ!?」
僕は普通に驚いた。母艦を守るために出撃したのに、母艦を攻められたら意味ないじゃん。
「今の1機深追いしたのがマズかった。まさかそういう罠だったとは考えにくいけど」
いつも飄々としてる麻妃も、少し慌てていて。
「‥‥マジカルカレント使おう」
僕から言った。
――僕は昨日の講義、七道璃湖さんの顔を思い出していた。




