第5話 発端Ⅰ②
「不慮ノ事案出来。本艦罷ル。貴艦ハ別命或ル迄遊撃シ艦態保持ニ務メヨ」
「うん。暗号じゃあないけど。ちょっとクセツヨだねえぇ」
随伴艦からの命令文を、艦長役の子恋さんがざっくり翻訳してくれた。
「思いがけない事が起こったので、これで失礼するよ。君たちはブラブラ戦いながら、命令を待ってて。あ、撃沈されないようにがんばってね」
ということらしい。わざわざ難しく言う意味あんのかな?
しばらくして。
「貴艦ハ中ノ鳥島へ向カワレタシ。ポイント=カタフニア ニ帰投スベシ」
と、指令が来たそうな。これは僕でも意味が分かる。逆に拍子抜けしたくらい。
「中の鳥島」――国際島名「ガンジス島」。絋国列島から南の海上にある、海という鉄板の上に乗ったお好み焼きみたいな形の島。直径で50キロくらいあるんだっけ。亜熱帯に近い南国の島だよ。
あと、「ポイント=カタフニア」――そのガンジス島にある、絋国軍の軍事物資集積基地だって。そんなトコ中2の僕らに教えちゃっていいのかな?
まあガンジス島で、僕がDMTに搭乗してのBot掃空体験のカリキュラムがあったから、どっちみち向かってたんだけどね。みなと市からだと、1日くらいで着くらしい。
「とりあえず、指示の通りにするしかないんだけど、それにあたって、あらためてこの艦のリーダーを決めようと思うんだけど」
子恋さんはそう言った。
そう言えば、直前合宿で、誰が艦のリーダー、艦長をやるかって話があって。
もちろん軍の正式な艦長ではないよ。僕らは、あの3人娘だって正式な軍人じゃないからね。
臨時艦長、1日艦長的なヤツなんだけど、それは「艦長枠」で選ばれた子恋さんが当然やるべき、で話はついたハズ。
「私が艦長をやると一旦は決まったんだけど、事態が変わったでしょう? ホントに私でいいのかな? みんな」
ああ、そういう事か。でも、他に適任者もいないし、いいよね、と僕は思う。
「咲見さん。あなたはどう? この艦唯一の男子だけど」
いきなり振られた。僕はゆっくり立ち上がる。
「‥‥ええと、僕は、子恋さんでいいと思います」
普通にそう答えた。
「みんなもいい?」
特に反論する人はいなかった。麻妃を見たら、コッチを見て何かニヤニヤしてした。その先の逢初さんは、目を伏せてすましていた。
「じゃあ、仮にではありますが、艦長として、正式に、皆さんにお願いがあります。僚艦の指示を実行しようとすると、今すぐにはみなと市には戻れないです。あと、この辺りを回遊するとすれば、掃空作業――電脳地雷との戦闘行為――も可能性があります」
地雷、戦闘、と聞いて、みんな少しざわざわしたけれど、今度は傍らの渚さんが、声を発した。
「それで、艦長の指示のもとで、私がこの艦の封印――武装の封印を解除していくのね。電子ロックはこの紅葉ヶ丘学生が解除します。でも、電脳地雷――Botに近接されたら、艦に被害が出ます。だから、咲見さん」
また呼ばれた。
「人型兵器DMTで、あなたにこの艦やみんなを守ってほしいの。どう? やってもらえる?」
そう聞かれた。僕に、「戦え」って。当然危険を伴う任務だ。
再び席を立つ。僕には別に迷いは無かった。
「あ、はい。『パイロット枠』で選ばれたのは僕なんで。対Bot戦はシミュレーションもしてあるし、実際にやる体験メニューだったし。あ、でも、DMTの運用は‥‥?」
「それは心配すんな」
後ろの席の方から大きな声がした。
「兵器メンテ枠」で選ばれた、七道璃湖さんだ。紅葉ヶ丘さんと同じくらい、このメンバーで一番低いくらいの身長だけど、態度はこの16人で一番デカい。
他の「メンテ枠」の2人と一緒に、いつも中学の制服ではなく整備用の作業服を着ている。3人とも、みなと市の西部にある、「海軍中等工科学校」から選抜されている。
「DMTは! バッチリ整備してやっから安心して戦って来いよ。だ~だ~し~、壊すんじゃね~ぞ!?」
七道さんは僕に近づいてきて、背中をバッチン叩いた。‥‥痛て。そして小っこい。こんな小っこくて、よくあんな巨大なDMTの整備や修理ができるなあ。髪は茶色が強くて短めだ。
ランドセル背負ったら小学生にしか見えないよ。‥‥あ、コレ本人に言ったらダメなヤツだ。
その後、食料確保の説明や艦内でのルールなんかの再説明と確認があった。
あと、この艦の主砲のシミュレーション動画も見せてもらった。「A2/AD」という近接阻止の仕様らしくて、「Botに近づかれても追っ払うだけで、撃破は苦手だ」という内容だった。Botを仕留めるには、DMTの迫撃でないとダメらしい。
ミーティングが終わると、バラバラと席を立って、みんな持ち場へ戻っていった。ネットつながらなくなっちゃったし、まあまあ、いや、もしかしたら結構大事が僕らの住む町で起こっているかもしれないけれど、みんな不思議と落ち着いていた。
「この戦艦と、15人の同級生女子、オマエラはオレが守る!! そして、ガンジス島、ポイント=カタフニアへ行ったるゼ☆ 全員無事でだ!! 黙ってオレについてこい!!」
「‥‥‥‥は? 僕の声真似するヤツは?」
僕が睨んだ先には、舌を出した岸尾麻妃がいた。さっきのセリフは彼女のものだ。どうもこの状況を楽しんじゃってる。
「『パイロット様~。どうか か弱い私を守って~!』っちゅうね。まさか、ぬっくんに守ってもらう時が来るとはね」
「麻妃。その呼び方は」
彼女はたまに僕をこう呼ぶ。僕の小学生の時のあだ名だ。
「あ~~ごめん。ごめんて。暖斗くん」
「でも麻妃には戦闘サポートしてもらうんだから、よろしく頼むよ」
麻妃は、となりの逢初さんの袖を引っぱる。
「ウチは自分の名前を小学生時代のあだ名、『マッキ』って呼ばれても怒らないのに、この人はねえ。どう思います? 愛依」
「別に。当人同士で決着がついてるなら、それでいいんじゃない?」
逢初さんは表情を変えずにそう返した。クールというか、塩だ。いやツンなのか?
少し遠くで、数人の女子が話している声が聞こえる。たぶん麻妃の、僕に対する言葉づかいに驚いているのだろう。
この1年、この体験乗船に選抜される為の説明会とか合宿とかあって、選ばれたメンバーとは顔を会わせていたけれど、まあ、麻妃はその時には「普通」にしてたからね。
あのサジタウイルスが猛威をふるってから50年。ウイルスが去った後も僕らの国では、男子の出生が少ない、という現象に悩まされていた。
そして、生まれてきた男子はやっぱり‥‥‥‥いや、言い方が難しい。昔の戦国時代みたいって言えばいいのかな?
とにかく、国の防衛とかにどうしても男手が必要だから、必要とされてしまうんだよ。
あれ? 紘国語がおかしいぞ?
でもその結果。
同級生であれば、女子は男子に対してどうしても一歩引いてしまう。男児の需要が圧倒的に高くて、女子はその逆だからそうなって来ちゃったんだよ。
僕は、その風潮はおかしいと思っている。半分自分の親の考えの受け売りだけれども。麻妃が僕に対して「タメ口」なのもそう。僕がそう願い、彼女も同意したからだ。
これは「きっといい機会なんだ」って考える。せっかく男は僕1人で、15人の女子としばらく旅をすることになったんだ。僕の考えをこの子達にぶつけてみよう。別に無理強いはしないよ。でも、これが、何かが変わっていく発端になってくれればなあ、って思ってる。
この国での、男子はレアアイテム、女子は性別ガチャ失敗‥‥という価値観、せめてこの体験乗艦の間だけでも、この戦艦の中だけでも、なくせないかなあ。
サジタウイルス蔓延の前の時代「ビフォーアサジタ」では、男女平等を目指した社会だったというんだから。この国は。
※「サジタウイルス」名前の由来に法則性あり。




