第51話 宴Ⅱ ③
愛依は、今度は大皿を、ワゴンに乗せてきた。
「ゼリー3種とヨーグルトムースです。ゼリーは、黄桃、グレープ、コーヒーの3種。生クリームを添えます。ヨーグルトムースは加糖されてないから、ハシリュー産のはちみつか、同じくハシリュー産のクランベリーソース、又はオレンジカードで食べてねって」
「オレンジカード?」
「う~ん。なんかジャムみたいな物なんだけど、これの説明は‥‥」
愛依が言い淀むと、そこに。
「あっ! 暖斗くん。あ~、はい。はい‥‥」
愛依が耳に手を当て、ひとりで頷く。
七尾が笑う。
「こいつらインカム使ってやがるゼ☆ こりゃ本格的にケーキ屋さんごっこだ」
「ええ~。『本格的』、なのに『~ごっこ』っておかしくないぃ?」
「うるせ。折越。しめんぞ」
「やだぁ~。七尾さんコワイ。キライ。プイ!」
「‥‥失礼しました。『オレンジカード』は、柑橘系のフルーツに卵黄やバターを加えて加糖したクリームだそうです。欧圏ではスコーンなどに塗って食されるそうです」
「ふ~ん。我々の知らない食べ物が色々あるんだねえ」
「うふふ。このゼリーにも、ガナッシュと同じく何か仕掛けがあるみたいね」
「え? そうなの? 泉さん」
「あっ それは。それぞれに隠し味的に色んなお酒が入ってて、暖斗くんのオリジナルレシピだそうです。あ、ちゃんと『酒とばし――フランベ』してあるから、中学生でも安心! だそうです」
桃山が愛依に言葉をかける。
「なんか逢初さん楽しそう」
「そう? そう? うふふふふふ」
答えた愛依のその声は、高くて透き通ったいつもの様子より、さらに高かった。
「‥‥‥‥わたしね。医者を目指したのが現実的な理由からだから、そうじゃなかったら、なんになりたいのかなって。もしかしたらケーキ屋さんとかお花屋さんかなあって」
「でも逢初さん。あなた全然食べてないでしょ? ちゃんとあるの? あなたの分」
「あ、それは、暖斗くんが考えてくれてるみたいで‥‥。それにまだ食欲は戻らなくて」
いいながら愛依は厨房へ消えた。
「あ、仲谷さん」
仲谷が大皿に生野菜を乗せて運んでいた。
「あ~。ナイス仲谷さん。ちょうど塩気と野菜が欲しかったのよ」
初島が大皿の生野菜に手を伸ばすと、――仲谷は瞬時にそれを躱した。
「え? 仲谷さん?」
2度、3度、と初島が皿に手を出すが、仲谷はそれを難なく捌いていく。
「これは、サラダではありません。ある物の『具』だと、咲見さんが」
「あ、あ~、そうなんだ。つまみ食いを怒られるのかと思った」
納得した初島が席に戻る。
「「‥‥何だろう。『具』だって?」」
皆の興味が次のスイーツに向く中で、来宮だけが怪訝そうな顔をする。
「‥‥‥‥センパイの『突き』を躱した? あんなおっきなサラダ皿を持ちながら?」
愛依と仲谷が、サラダの盛られた大皿を中央に据え、ビュッフェ風に料理を並べていく。桃山が言う。
「いいのかなあ? この『宴』って、そもそも逢初さんを元気づける企画じゃあ?」
それに子恋が答える。
「ああそれは。岸尾さんも言った通り、逢初さん本人の希望でね。私も今日の生き生きした逢初さんを見て、これで良かったんだと今思い始めたトコだよ。じっとしてるよりたぶん、ね」
並べられた料理は、ソーセージ、レタス、きゅうり、ボイルしたにんじんスティック、アルファルファスプラウト、板状のチーズ、ハム、照り焼きチキン、かにかま、などだった。
「じゃ~~~ん!」
愛依が、皿にのった黄色い物を追加で運んできた。
「何それ‥‥‥‥?」
みんなが一斉に注目する。それは‥‥‥‥。
「クレープです」
「は? クレープ!?」
愛依は、驚く一同に解説する。
「梅園家では、月イチでやるそうです。『手巻きクレープ』。手巻き寿司の要領で、好きな具材をクレープに巻いて食べてください。オススメは、きゅうり、レタスとチーズと かにかまをベースに、肉類を巻く、と。お好みで、マヨネーズ、ケチャップ、マスタードで風味付けを」
そして仲谷が。
「こちらには甘い具材を。各種フルーツ、粒あん、生クリーム、カスタードクリーム、各種ジャム、それに先ほどの生チョコと生キャラメルも」
女子達は一斉に反応した。
「おおお! 手巻きクレープ、ですと!!」
「厨房で暖斗くんがガンガン クレープ焼いてるから。『どんどん食べてね』って」
「あ、これ美味しい。マスタード合う」
「クレープ屋さんみたいに自分で巻けばいいんだね?」
「私は、さっきのクッキー砕いて、キャラメルと生クリームを混ぜてみた」
「おお~新メニュー? あ、でもシンプルにチョコとバナナだけでもイケるよ」
「これは色んな組み合わせが無限だな。おい」
「採用すべき選択肢が多岐にわたる。戦術屋泣かせな晩ごはんだわ」
「失敗した‥‥! 野菜と肉巻いたヤツ食べ過ぎて、スイーツ巻きを食べる余力が‥‥」
「だよね‥‥。そろそろおなかが」
「女子はなるべく色んな味を試したいからね。ついつい食べすぎるシステムだよ。これは」
「そろそろ‥‥限界っス」
「手巻きクレープ」は大好評だった。暖斗のスイーツは、大いに面目を施した、といっていい。
だが。
この後。
食堂が悲鳴に包まれる。地獄の蓋が開くのだ。
***
ガタンゴトン♪ ガラガラガラ♪
再び。逢初愛依が、ワゴンに何かを乗せて持ってきた。
それは。
「さあ~~! みなさん。本日の主役が登場で~~~~~す!!」
愛依の能天気な声が食堂にこだました。
‥‥‥‥ちょうど、学校の勉強机、と同程度の長方形。各段の高さは7cm。そして安定の三層構造。
その大きさの。
結婚式か!! とツッコみたくなるような。
巨大で華やかなデコレーションケーキ、だった。
「‥‥‥‥チッ‥‥‥まるで要塞だな‥‥‥」
そのケーキを一見した時の、紅葉ヶ丘澪の述懐である。
※「要塞」はケーキに使う修辞ではなく。




