第6話
「あ、ここだ。ここ」
寮の保健室はやはり記憶の中にあるゲームのとおりだった。
元々屋敷は5階建てで、片仮名のコの字型をしており、ひとつひとつの部屋を区切る改築をして寮として使われている。
正面玄関から見て左側のコの端が例のエレベーター直結部屋。
逆側のコの端の1階が保健室になっていた。ザイヤが休ませてもらった部屋は保健室のすぐ隣だったけれど、ちょうど死角になる位置に保健室があったため、気が付かなかった。
保健室には誰もいなかった。
鍵も開けっぱなしで、不用心にもほどがある。
勝手に足を踏み入れると、保健医のデスクの横にゲームどおり学校内のマップが張り付けられていた。
学校は敷地内に寮、校舎、グラウンド、そして別館に講堂と体育館とプールがある。校舎は2つに分かれていて、片方が中学、片方が高校で、同じ色、同じデザインの建物が向かい合わせに建てられている。
寮の部屋は、ひとつの階に60部屋。ざっと数えて300人弱が寮で生活できる。生徒数を考えると、およそ半分が寮生といったところか。他は通学だろう。
1階に保健室、食堂、2階、3階に風呂がひとつずつ。手洗いは各階に共同のものがあり、と。
この構造を見るに、エレベーター直結部屋は風呂もトイレも設置されているから、かなり優遇されているとわかる。割り当ては成績順だろうか。
薬品棚から入手できる予定だった止血帯をふたつ、くすねておく。あとは保健室にはなにもなかったはずだ。廊下に出る。
ほとんど片足で歩くので、なかなか体力の消耗が激しい。ゲームなら、少し休めば完全回復するのに人間となるとそううまくはいかないようだ。
「そうだ、確か鍵をゲットしたはず」
ゲームでは寮内の探索をしようとしたら彼女が現れて、外に逃げ、寮の花壇で鍵を見付けたはずだった。ザイヤは足を引きずりながら外に出た。
(お腹空いた。鍵をゲットしたら食堂でご飯食べよう)
花壇といえば、ザイヤが落下したところだろう。ならばエレベーター側に回るしかない。
いやだ、いやだ。
出てきませんように、と祈りつつ花壇へ回った。
抉れている。
花壇の一角だけ花が潰れ、土が抉れていた。ここに落下したのだろう。見上げれば、ザイヤの部屋の真下だった。ザイヤが割ってしまったから、5階の窓だけ木の板で塞がれている。
「鍵はどこだろう」
こういうとき、ゲームなら花壇を調べただけで一発で『○○の鍵』とかいって見つかるのに。膝をついて、腐葉土を掻き混ぜる。ふかふかだ。このおかげで助かったのか。
「ないなあ。ここじゃないのかなあ」
本来なら、主人公が入寮するまでに数ヶ月のタイムラグがある。現時点で鍵がないとすると、ゲームの中のその数ヶ月の間で誰かが鍵を花壇に隠したということになるのだろうか。
「ゲームみたいにうまくいかないなあ」
都合よくメモが落ちているわけでもなし、真実に近づける写真がどこぞに貼られているわけでもなし、鍵がどこのものかわからないし、どこにあるのかもしかり。
ザイヤは膝を抱えて空を見上げてしまった。
そして同時に感じる焦燥。
勉強しないと。
体が言う。
貧乏人であるザイヤは成績を保っておかなければ授業料や寮費を払えずに学校にいられなくなる。それではあの両親の期待を裏切ってしまうし、自分のこれまでの努力を無駄にしてしまう。それは避けたい。
「ええい、ご飯食べて部屋に戻って勉強しよう」
食堂に向かった。
◇◆◇◆◇
「まあ、こんなことだろうと思ったけどね!!」
海外はどうしてバイキング形式なのか。
足を引き摺りながらでは非常に食事を盛りつけにくい。だから多少の揺れでは零れたりしない固形物を選ぶしかなかった。
たくさんの1年生がいるけれど、誰も助けてくれないのはもう慣れた。
(スープも飲みたい。ミルクも飲みたい。紅茶も飲みたいのに!)
苛立ちに任せてカチャカチャと音を立てながらトレイの皿を埋めていく。そして誰もいない席を探した。どうせ誰かいても逃げられるのだから、初めから避けたほうがいい。
隅のほうにちんまりと座る。
少ししてから賑やかになった。どうやら2年生、3年生も食事はこちらで取るらしく校舎から移動してきたようだ。
(これは早く食べていなくなったほうがよさそう)
咀嚼を早める。
大群の中にはラルフもいたけれど、目が合ってすぐに逸らされた。意外にも彼にも友人はいるようで、ひとりではない。何人かと会話している様子がある。スラックスのポケットに両手を突っ込む仕草もあったりして、生真面目クソ野郎かと思っていたけれどどうやら普通の男子高校生のようだ。
(そりゃ次期生徒会長なのだから、人望もあるのだろう)
確かに垣間見える優しさは人を惹き付けるかもしれない。
(その代わり意地悪なところもあるけどな)
頬いっぱいに食事を詰めて、嚥下する。やっぱり飲み物が欲しかったなと思いつつ、食器を下げようとした。
そんなとき急に、どん、と目の前に置かれたコップがふたつ。
並々と注がれたミルクと、紅茶。
「間違えて取った。くれてやるから、飲め」
そういうのは、やはりラルフだ。まだトレイも持っていないから、どうやら飲み物を真っ先に取って届けてくれたらしい。
もうザイヤは感涙してしまいそうだった。顔の前で合掌し、潤ませた目でラルフを見る。
「神様、天使様、次期生徒会長様、ラルフ様! 本当にありがとうございます!」
「馬鹿にしてるだろ?」
「滅相もない!」
「別に君のために取ったんじゃない。間違えただけだ。──飲めよ、ちゃんと」
「飲みます、飲みます!」
やっぱりいい奴かもしれない。
ザイヤはありがたくコップを空にした。