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第23話


「あーららー。我が校期待のホープ3人が揃いも揃って、なーにしてんのかなぁー?」


 さあ、部屋に戻るかという話になったときだった。


 中央階段から下りてきた人影がひとつ。

 白衣を翻しながら、笑みを携えて歩み寄ってくるのはクドモアだ。


 確かに、エレベーター直結部屋を使用しているクドモアならばどの部屋よりも騒ぎが聞こえただろうし、3人がなにをしているのかも察しがついただろう。

 少女が誰かに殺された可能性が出てきた今、その真相を隠しているかもしれないクドモアは要注意人物だ。


 3人に緊張が走る。



「……すみません、すぐに部屋に戻ります」


 初めに言ったのは、さすが先輩のラルフだ。

 ザイヤの手を引いて立ち上がらせ、ギルも立ったのを見計らってクドモアと擦れ違おうとする。


 変に言い訳をするほうが墓穴を掘る。


 このままなにも知らないふりをして部屋に戻ったほうがよさそうだった。ラルフが服の袖口にマイナスドライバーを隠すのを見て感心しつつ、3人は1列になって行く手を阻むクドモアの横をすり抜けようとした。



「待てよ」



 しかし、珍しく怒気の孕んだ声で呼び止められる。


 は、と息を呑んだ3人はぴたりと足を止めた。おそるおそるクドモアを見る。


 クドモアの冷たい眼差しは、ザイヤひとりに注がれていた。他のふたりには見向きもしていない。怜悧な目で睨み付けながら、その手を伸ばしてくる。


 叩かれるのだと思った。

 それほど、クドモアの威迫はすごかった。


 けれどクドモアが取ったのは、ザイヤの手だった。くるりと小手を返されて、掌底にある掠り傷を観察される。


 自分でも気付かなかった。クドモアの洞察力に脱帽しかない。




「ザイヤは、よく怪我するねぇ?」



 きっと、すべて知っているのだろう。ザイヤがなにを求めているのかを。


 そして、求めているものを自分が手中に収めていることも。


 だからその眉を歪めた笑みは嘲笑と同じだった。相手をおちょくるような、嘲り。

 俺は知ってるけど、教えてやらないよ、という底意地の悪さ。


 そして傷を眺めたあとでクドモアは、ぺろり、と長い舌でザイヤの傷口を舐めた。


 それだけならまだよかった。

 ザイヤは思わず体を強張らせた。




「い゛ッ!?」



 クドモアはなんと、ザイヤの傷口に牙を突き立てたのだ。なんの躊躇もなく、突然。


 生肉を抉られたザイヤは強烈な痛みに息をするのも忘れた。


 ぷつりと皮膚がさらに破れて、肉の奥のほうまでクドモアの牙を感じる。みるみるうちに血が溢れてきて、クドモアは大地の恵みだとでもいうように美味そうに血を啜った。


 クドモアの唇が傷口に纏わりつく。官能的で、ザイヤは体が熱くなった。



「おい」

「先生」


 すかさず仲裁に入るラルフとギル。

 ラルフの鋭い眼差しは見慣れたけれど、ギルの表情は初めて見た。

 それこそ、鬼のようだった。普段が気弱で、優しいからなのだろうか、その豹変ぶりにはザイヤでさえ驚いたほどだ。目が赤いからか、夜闇に浮かぶ火みたいに爛々と燃えている。


 クドモアは、それでも余裕たっぷりに血を嚥下した。

 唇についたザイヤの血を親指でいやらしく拭いながら、ふたりそれぞれにねっとりと視線を送ったあとで距離を取る。


 やるのか?

 やめておけ。


 そんなメッセージを視線に込めているようだった。

 その証拠にラルフとギルは手を出すのをやめた。


 そしてクドモアはザイヤを見つめながら言う。



「言ったよなぁ? 次は()()でいくって」



 クドモアは白衣のポケットに両手を突っ込んで、顎を突き出してザイヤをさらに見下した。まだ血の色が残る舌で歯列をなぞってみせる。



「次のお仕置きは、どうしよっかなぁ」



 それ以上はなにも言わなかった。

 自分の出番は終いだとばかりに、ゆるりと踵を返して来た道を戻っていく。クドモアの背中が見えなくなったあとで、どっと息を吐いた。


 あの人は妙な緊張感があるのだ。近くにいると、呼吸が浅くなってしまう。


「大丈夫か? とにかく、部屋に戻ろう」


 ラルフに促されて、3人は私室に戻った。



◇◆◇◆◇◆



「傷。見せて」


 ギルに礼を言い、階段でわかれてから部屋に戻った。


 どっと疲れたザイヤは部屋着に着替えてそのまま寝ようとしたのだけれど、ラルフがそれをさせなかった。

 ベッドの上に座り、手を見せる。

 開いた傷口からはまだ血が滲み出ていた。


 そうだ。保健室から止血帯を入手していた。ベッド脇においているバッグからごそごそと止血帯を取り出す。


「なんでこんなもの──まあ、いいや。深く聞くのはやめておく」


 ラルフは手先が器用だった。一緒に入っていたガーゼを傷にあて、止血帯をぐるぐる巻いていく。そのぐるぐるを眺めていると、目が回る感覚になって自然と眠くなった。



「……前にも先生になにかされたのか?」



 問われ、答えようか迷う。その迷いが既に答えになってしまっていたが。

 ラルフは不愉快そうに眉をひそめた。



「なんで僕に言わないんだよ」

「……ごめんなさい」

「別に怒ってるわけじゃ──。いや、ちょっと怒ってるけど。次からひとりでなんとかしようとするんじゃなくて、ちゃんと僕に言うんだよ」

「……はい」


 止血帯を巻き終えると、ランプの灯りを落としてふたりは同じ布団に包まった。

 腕に掴まろうとすると、腕を引かれてしまう。

 おや、と思うと、瞑目したままのラルフが言った。


「腕は痺れるから」

「あ、そ、そうですよね、すみません」


 やはり迷惑だったか。

 でも、掴まっていられたほうが安心するのだけど。いきなり隣に彼女がいたら嫌だなぁと思いつつ、ザイヤはしゅんとしながら手を引っ込めた。


「そうじゃなくて、()()痺れるって言ってんの」

「……え?」


 つまり?

 どういうことだ?

 牽制されたとおり腕には触っていないのだが、と考えているとラルフが舌打ちした。


「ねえ、全部言わせるつもり!?」

「ええっ!?」


 急に怒り始めた。


「う、で、は! ()()、って言ってんじゃん!?」

「え? えっ!? だから腕には触ってな……あ! 抱き付いてるのはいいってことですか? 腕以外なら?」


 問うても、ラルフは答えない。ややあってから、同じ答えを繰り返した。


「腕は、痺れるから」


 不器用というか、優しい癖に素直でないというか。

 ならば、とザイヤはそっとラルフの背に腕を回す。見た目以上に筋肉質で、大きな背中。背中に腕を回して、しがみつくようにラルフの肩に指を掛ける。

 それとほとんど同時にぐっと腰を引き寄せられたのは、あまりにも自然な動作だったので気付かなかった。


 ふたりはぴったりと寄り添い合っていた。隙間なんてほぼなくて、ふたりの凹凸が寸分の狂いもないくらいに重なる。

 ほどよい圧迫感と、肺腑を満たすラルフの香り。同じ石鹸のはずなのに、ラルフの香りは健在だ。

 頭がくらくらする。


 ラルフが深呼吸するのが前髪に掛かる吐息でわかった。


 さらにラルフの手で前髪をそっとあげられ、額に口付をされた。普段のラルフからは考えられないくらい、柔らかな唇と仕草だった。



「危ないことするの、もうやめて。……心臓がもたないから」


 なんて、囁かれる。


「は、はい……」


 なんとか返事をしたけれど、ザイヤの心臓はばくばくだった。

 しかもぎゅうきゅうにザイヤを抱き締めたまま、ラルフがそのまま寝入ってしまうではないか。



(ええ? この状況。私のほうが、心臓もたないんですけど……)

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