第19話
「ふわあああああ、新郎席に座るだなんて、は、は、ははは初体験です。予行練習ということですね」
「違う。これは嫌がらせ」
「ぼ、ぼくでいいんですね、座るの。こ、光栄です。一生の愛を誓いますので」
「だから嫌がらせだっつうの!」
そんな会話をするザイヤとギルを見付けたラルフは、驚いた。
食堂はざわめきたっていたのは、ギルがきていたからだったのか。
彼が制服に袖を通しているのを見たのは2年ぶりだろうか。彼は髪の色と眉目秀麗さと、優秀さと、信心深さでかなり有名だった。彼が不登校にならなければ主席はギルのままで、ザイヤが花嫁に目を付けられることもなかったもしれないと思うと複雑である。
「お? ギル・キャンディじゃん」
一緒に食堂にきたクラスメイトが言う。彼は他学年でも名前と顔が知られている。内部生で彼を知らない生徒はいないだろう。
「本当だ。幽霊の見えるキャンディくんだ」
「それってマジなの? 目立ちたがりの嘘じゃなくて?」
「知らないけど。すごいな、花嫁といやがる。ぷぷ! 死んだら嫁にでもすんのかな」
「あー。今のうちに約束させてるのかもしれないぞ、死んだらぼくのところに来てねーって」
クラスメイト達は面白がっている。
ザイヤが一命を取り留めた昨日の出来事を知っているだけに、ラルフは口を出せない。
彼らは多分、呪いなんてないと思っている。
不運な死はあくまで偶然であって、ザイヤが花嫁の姿を実際に見て、被害に遭って、怯えているのだとは思いもしないだろう。きっと事故で死んでも、ザイヤは呪われていたから、と笑うに違いなかった。
ほっとした。
寮では一緒にいられるが、授業はそうもいかない。ひとりになっているのではないかと心配したけれど、ギルがいるのなら大丈夫だろう。
彼は頭がいいし、努力型だ。性欲に振り回されるような馬鹿ではないだろうし──。
「キャンディの宗教って、あれだろ? 永遠の愛と子どもを産むことが最大の徳ってやつ」
「そうそう。ギルの母親は14歳でギルを産んだらしいぞ。弟と妹がさらに6人いるらしい」
「すげえ。この世界の平均初産年齢が21歳であるのを考えると、めちゃくちゃ早いな」
「ギルも信心深いから、花嫁と結婚しようと媚び売ってんじゃねえの?」
「子ども産ませようって? まぁ年齢を考えると有り得なくもねーか」
「僕、ちょっとザイヤのところに行ってくる」
「え? お、おい、ラルフどうしたんだよ!」
クラスメイト達から離れ、トレイを持ったままザイヤのもとへ向かう。
また性懲りもなく貼られている新郎席という紙を背凭れから剥がし、ぐっしゃぐしゃにして床に叩き付ける。加えて踏みにじっておいた。
「どけ」
と、ギルを横に促す。
「え、え、え」
「ラルフさん、どうしたんです?」
「いいから、どけ」
ギルを無理やり新郎席からひとつ隣の椅子に移動させ、ラルフが新郎席を奪い取った。
両端のザイヤとギルから窺うような視線を感じる。
もう、やけくそだ。
「あのな、ギル・キャンディ。まさかとは思うが、ザイヤと結婚するつもりじゃないだろうな?」
「もちろん結婚します!」
ずっこけてしまうところだった。なんとか姿勢を整えて、こめかみを揉む。
「あ、でも、もちろんザイヤさんにぼくを好きになってもらってからですので、今すぐというわけでは……」
ギルは頭を掻いて照れる素振りをみせた。ザイヤを見ると「ずっとこの調子なのだ」と顔を左右に振っている。
「申し訳ありませんが結婚式は家族のみでやる決まりですので、披露宴にお呼びしますね!」
「呼ばなくていい!」
「でも……披露宴は多くの人に言わってもらったほうがいいって教えで……」
「ザイヤ! 頼みの綱がコイツでいいのか!?」
「……へへ」
ザイヤは空笑いをしてみせた。
授業中、つきっきりでこの男がザイヤの傍にいるのかと思うと目が回りそうだ。
きらりと光るなにかが視界の端に見える。
見覚えのないネックレスがザイヤの首に掛かっていた。
「なに、それ」
「あ、これがギルから貰った御守りなんです。ギルが傍にいると、幽霊から守ってくれるそうで」
「ずっと付けてないとだめなの? お風呂も寝るときも?」
「ま、まあ。寮ではギルは近くにいないかもしれないですけど、なくしてしまったら困るのでずっと肌身離さずつけてようかなと思ってたんですが」
すると急にギルが、はっと、ナイフとフォークを落として口許を手で覆った。
なんだ、なにに驚いた?
まさか彼女が?
と、警戒していると、ゆっくりとこちらを見てくるギル。世界の真理を垣間見たみたいな驚愕の顔で言う。
「それ、婚約指輪ってことですか?」
ぶん殴ってやろうか、こいつ。
「でも、ぼく、ちゃんと指輪も贈るつもりなんですけど」
「いらないよ」
「じゃあやっぱりそのネックレスが婚約の証──!?」
「ねえ、もうコイツ黙らせてくれないかな!?!?」
ザイヤは悪びれているだけだった。
 




