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第12話


 ラルフは気付いたことがある。

 それは、ザイヤの集中力が化け物じみているということだ。


 ザイヤは相変わらずひとりになることを極端に怖がっていて、風呂にもトイレにも付いてこいと言う。そしてやはり勉強も、ラルフの部屋だ。


 しかしラルフの部屋は元々寝室だから巨大なベッドが置かれていて、机はひとつしか運び込んでいない。逆にザイヤの部屋は元々が書斎だから巨大なデスクと本棚と、小さいベッドだ。勉強環境としてはザイヤの部屋のほうが圧倒的に優れているし、なんだったらラルフは部屋を交換して欲しいくらいである。


 ザイヤは気にしていないようで、床に教科書と参考書とノートを広げて、床に座り込んで勉強をしている。


 その持続力といったら。

 背中を丸めて参考書をぺらぺらと捲り教科書をばらばらと捲り、ノートを真っ黒に染め上げていく。なにも音がしないなと思って振り返ると、瞬きもせずに思考している横顔がある。


 これは、さすが首席入学してくるだけはある。


 この学校は中高一貫校。

 高校生はほとんどが中学からの持ち上がりで、内部入学を希望さえすれば入試はない。外部からの入試は数名の枠しかなく、難関。


 中学から進学校の名にふさわしいハイスピードな授業と高レベルな内容で、中学3年生といっても他の中学生よりも遥かに頭脳はずば抜けている。だから苦労して高校から入学した外部生は、この学校では中間くらいで『やるじゃないか』と印象を持たれるわけだ。トップにはなかなかなれない。追い付く頃には卒業間近だ。


 ──が、ザイヤは外部生にして1位を勝ち取った。


 外部生が受けた試験内容はそのまま内部生の進級テストに使用され、その順位が高校1年生の成績順になる。


 その中で圧倒的点数を叩き出して、ザイヤは1位になったわけだ。

 そのことを、面白くないと思っている内部生は少なくない。


 だからああいったイジメが早くも発生したのも、頷ける。花嫁の一件がなくとも、遅かれ早かれザイヤは標的になっていただろう。


 むしろ、教員側も──。


 田舎者であるザイヤが、練り上げてきた中学のカリキュラムを超えて首席になったのだ。プライドを傷付けられただろうし、内部生の親からもさんざん小言を言われただろう。授業は本当に役に立つのか、と。


 だから、敢えて5階の部屋を宛がったのかもしれない、とラルフは考える。


 ザイヤがいなくなればまた内部生が首席になる。「ほら、やはり我々のカリキュラムは間違っていないでしょう」と世間に知らしめて、大勢の生徒を呼べる。逆に花嫁の噂が噂に過ぎなくても「外部生にも平等。むしろそんな優秀な外部生も受験を希望する素晴らしい学校。卒業時にはさらに天才に」なんて謳って生徒を募集したかもしれない。


 結局、この学校における生徒は次の生徒の餌にすぎない。

 ザイヤはその犠牲になろうとしていた。──いや、なろうとしている、といったほうが正しいか。


 そうなるとラルフも面白くない。


 ラルフは決して天才ではなかった。努力型の成績優良者だ。だから外部生の首席合格であるザイヤをきっと天才なのだろうと妬みもしたけれど、この集中力をまざまざと見せ付けられてザイヤも努力の人であると思い直す。


 努力してきた人を玩具にして蹴散らすのは、まるで自分も見下されているみたいで気に食わなかった。


 幽霊については半信半疑だが、出来るだけザイヤの思うようにさせてやろう。


 それが、この学校の教員に対するささやかな反抗だった。


「そういえば、ラルフさん」


 気付くと、ザイヤが顔を上げていた。ベッドを背凭れにして、足を投げ出している。

 ザイヤの特徴だった。長い間ずっと集中していて急にスイッチが切れる。今、スイッチが切れたらしかった。


「なに」

「この学校に死神みたいな人、いません?」

「……は? 死神?」

「そう。フードをすっぽり被って、黒の外套を着ていて、ほとんど顔も見えなくて、顔が青白くて、宗教とか幽霊に詳しい男の人」


 言われて、すぐに思い付いた。


「ああ、ギル・キャンディだな、それは」

「ギル……ああ、そうかも、ギルっていう名前だったかも」


 ザイヤはまるで会ったことがあるみたいに言った。


「ギルはどこにいます? 何年生ですか?」

「高1。寮生だよ、一応」

「えっ? でも、入学式にはいなかったような……」

「そう。不登校。中学2年生の頃から、授業中は寮の保健室で勉強してる」

「あ、なるほど……。だから保健室が開けっぱなしだったのか……」

「ギルがどうした?」

「花嫁にも詳しいかと思って。助けてくれるんじゃないかと」


 どうだろうか、とラルフは思った。


 彼は、イジメの標的にされた。かなり両親が信心深くて、その影響を顕著に受けた彼は朝の祈り、食事前の祈りを欠かさず行う純粋な少年で、思春期の同級生はそんな彼を馬鹿にした。信仰を捨てきれなかったギルは、人間関係を棄てたわけだ。


 頭は抜群にいい。成績のトップ10には必ず入っている。

 彼の存在が公にされないのも「授業を受けなくても頭がいい」という生徒を見せないためだ。


 自分が利用されていることも、コケにされていることも知っている彼が、ザイヤを助けるとは思えなかった。


「ちなみに、どこの部屋にいます?」

「5階」

「えっ」

「直結部屋のすぐ隣」

「ええええぇぇ」


 ザイヤは心底、嫌そうな顔をした。会いに行こうと考えていたのに、諸悪の根源の近くまで行かなければならないなんて、と思っているに違いない。


(まあ、この表情の豊かさは見ていて楽しいかもしれない)


「会いに行きたかったのに……」


 想像どおりの愚痴をこぼす。

 ラルフも眠気が襲ってきた。欠伸を噛み殺して、目を擦る。


「今から行けば?」


 なんて、意地悪を言ってみる。ザイヤは唇を突き出して、ふんと鼻を鳴らした。また表情が変わって、面白い。


「夜は嫌です。明日の授業終わりに行ってみます。……ラルフさんも来てくれたり?」

「明日は生徒会があるから無理だ」

「ちっ」

「……おい、いま舌打ちしたか? こんだけ親切にしてやってるのに!?」

「いえいえ滅相もございません。ほらほら寝ましょう王子様」


 ザイヤは誤魔化したいのか、はたまた本気なのかラルフの腕を引っ張ってベッドに誘った。腕に絡みついたまま、というか、しがみついたまま目を閉じるザイヤ。


(これ、毎日続くのか? 花嫁の呪いが終わるまで、ずっと?)


 ランプの火を落として、深呼吸する。


(胸が当たってんだよな! 胸が!!!!)


 ザイヤの妙に鈍感なところにむしろ苛々してきた。いや、恐怖から逃れるのに必死で、そんな煩悩的なことを考える余裕がないのかもしれないけれど。だが、しかし。もうちょっと、緩めて、なんて。


 それにしても、これだけ近くにいる人が呪い殺されるのも目覚めが悪い。平和的に、可及的速やかな解決を願ってやまないラルフだった。

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