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第10話


 翌日、無事に授業を終えたザイヤは図書室の前に来ていた。本当はラルフに同行を頼んだのだけれど、いい加減にしてくれとクマのひどい顔で邪険にされた。

 寮にいる間は頼りきりなので、致し方なしと諦める。これ以上の負担を求めるのはさすがに気が引けた。


 図書室は情報どおり閉鎖されていた。

 教室と同じ白のスライドドアに嵌め込まれた小窓ガラスは曇っているうえに室内から暗幕が掛けられているので中が見えない。


 やはり職員室に行くしかないようだ。


 ひょこひょこと足を庇いながら職員室に向かう。





「え、鍵がないってどういうことですか?」


 しかし、期待は裏切られる。

 中学、高校の教師が集まる職員室は寮の食堂と同じくらいに広く、お洒落な漆塗りのデスクがいくつも並んでいる。最も出入口の近くに座っていた若い男性教師が対応してくれたのだけれど、困惑顔で鍵の紛失を言い渡された。


「わたしもたった今、気が付いたのです。学校敷地内の全扉の鍵は金庫に保管してあるのですけど、今、確認して見たら図書室のものだけなくて……」


 彼も新人なのだろう。

 他のベテラン教師に聞くに聞けないといった感じで、躊躇いがちに職員室に視線を巡らした。


 クドモアはいない。

 新任のくせに、どこ行きやがったんだと思わなくもない。年齢もさして変わらないのに、この教師のほうがよっぽど教師らしい振る舞いではあるまいか。


「そうなんですか……。スペアの鍵とかはありますか? 私、どうしても寮の過去を知りたくて……」

「ああ……そうですよね。スペアはないのですよ。なにせ古い建物ですから……」


 死ぬくらいならせめて悪足掻きしたいですよね、そんな同情の眼差しを向けてくる。教員の間にも花嫁に目を付けられた噂は出回っているようだ。


(あんた達が割り当てた寮の部屋なんですけどね。なんとも思いませんかね!?)


 と、睨み付けてやりたくなる。


「でも、おかしいなあ……。誰も使わない図書室なんて勿体ないから、数ヶ月後には改築する予定だって聞いたのに……。それまでに本を移動しておけって、私が指示されたのですけど」


 だから余計に他の教師に聞けないでいるのか。

 自分が任された仕事なのに鍵がいつなくなったのかもわからないでいるのでは、確かに後ろめたいに違いない。


「寮の過去を知りたいのなら、街の図書館のほうがいいですよ」


 こそこそと耳打ちしてくれる。


「街の、ですか?」

「そう。ここから遠くないです。あちらの図書館の蔵書の数は図書室と桁違いです。今、外出届と地図を持って来て差し上げますね」


 それから若い教師はデスクに行って引き出しを引き開け、すぐに戻ってきた。地図を手渡される。確かに歩いて行けそうな距離だ。


「ええと、ザイヤ・シルヴァさんですね。外出目的は図書館に行くため、と。今は午後3時30分なので、門限である午後6時までに戻ってきてください。戻ってきたら、寮の3階に住んでらっしゃるクドモア先生に帰寮の報告を」


 なるほど。

 クドモアは寮生の管理も兼ねているということか。ザイヤは了承した。


「土日も外出するようなら、外出届はクドモア先生に提出してください。一応、白紙の外出届を数枚、差し上げておきます。どうぞ」

「ありがとうございます」


 6時までに戻らないとならないのであれば、早く行かないといけない。場所もわからないし、急ごうと踵を返しかけた。


「──ああ、それから」


 教師に呼び止められる。

 茶髪を短く切り揃えた愛想のいい顔がぐっと近付いてきた。


「鍵があったら、教えてください。古い錆びたアンティーク調の鍵で、持ち手がドーナツみたいに円になってるものです」

「わ、わかりました」


 妙に迫力があった。

 自分のミスを知られたくないという意識が強く、気圧される。ザイヤが頷くと、教師は姿勢を正してザイヤを見送った。


 少し歩いてみてから振り返っても、教師はまだそこにいる。崩れない笑顔が逆に怖い。



◆◇◆◇◆◇



 図書館は、それはそれは広かった。

 広大な敷地目一杯に建てられた図書館は2階建てで、どちらのフロアも床から天井まで本がいっぱい。そして壁一面が本棚でぎっしり。


「これはすごいわ……」


 呆けてはいられない。今は4時。門限に遅れないために帰るには、5時30分より前に図書館を出なければならない。時間は限られている。

 ザイヤは歴史書のコーナーへ向かった。国外、国内と分かれていて、国内を選ぶ。


 といっても、なにを調べればいいのだろうか。


 少女がひとり亡くなったのは確かに悲劇だろうけれど、歴史に残るような大事件だったわけでもないだろうし。


 とりあえず、国の歴史、国の変遷、といったタイトルの本を2冊抜き取った。その場でぺらぺらと捲るも、やはり国の存続に係るような大事件や、国の革命に繋がる決定、その内容と年号、そこに至るまでの経緯ばかりだ。


 どの角度から攻め込めばいいだろう。

 『廃れた財閥』という本を見付ける。中を見ると、「お」と声を洩らした。あの屋敷の挿絵が乗っていたのだ。手を止め、今しがた目に留まった挿絵のところまでページを戻す。


 あの屋敷に住んでいたのは、ヘンストリッジ家。


 由緒正しき薬学系の会社を経営する財閥で、子会社は全国各地に存在した。ヘンストリッジ本家には当時、9人が住んでいた。17代目夫婦、18代目夫婦、そして最後の家長である19代目の夫婦と、その子ども達3人。いわば三世帯が屋敷で暮らしていたということだ。


 寮生300人が暮らせる屋敷で、たった9人。

 ザイヤは肩を竦めてみせた。おそろしい財力だ。余った残りの部屋は使用人のため、といったところか。


 子ども達は長女、次女、そして末っ子でありながら切望された長男が誕生。

 しかし長男は病弱で、跡継ぎにすべく財産を注ぎ込んで治療に当たったが幼少期に亡くなってしまった。

 そこからヘンストリッジ家の衰退が始まる──と、本には記載されている。


 どうやら跡継ぎを失った19代目夫婦は失意のどん底に落ちたようだ。経営が傾いたところに17代目夫婦が立て続けに亡くなり、見兼ねた18代目が財閥を解体し、経営をそれぞれの子会社に任せてみようと持ち掛ける。

 しかし19代目夫人がそれを許さない。なんとかなるはずと奔走するも、長女の突然の死。



 これだ、とザイヤは震えた。

 この長女こそ、エレベーターの彼女だ。


 予想どおり、長女はエレベーターシャフトへの落下で死亡と記されている。当時、エレベーターはかなり珍しく新聞で大々的に報じられたようだ。


 そうか、新聞。

 新聞ならもっと詳しく書いてあるかも。ザイヤは事故の日付を記憶した。


 まずは本を読み進めよう。

 長女が亡くなり、結婚は白紙に。元より金銭援助を約束された結婚でもあり、ヘンストリッジ家一族は結婚を今か今かと待ち望んでいたようだ。その希望が絶たれた挙げ句、無理に押しとおして流通させた薬の副反応が重く、訴えられてしまう。


 損害は大きく、ヘンストリッジ家は衰退し、今から約30年前に解体となった──。


 結婚の相手の名前は、クローネンバーグ家の次男。金融関係の財閥で昔からヘンストリッジ家とは懇意の仲だったようだ。今は財閥は解体され、クローネンバーグバンクという名前の大手銀行として有名だ。ザイヤでさえ、聞き覚えのある銀行である。


 ヘンストリッジ家についての記述は、そこで終わっている。


 新聞を探しに行こう。

 過去100年分の新聞を貯蔵していると豪語するコーナーに向かい、記憶の日付を辿る。


「あった!」


 ファイリングされているその新聞を取り出して、開いた。ヘンストリッジ家長女、死す! という題名が目を引く。


 異変にすぐ気付いた。


「……破られてる」


 記事の隅のほうが雑に切り取られてしまっていた。

 そこに至るまでの記事は本と内容は変わらない。結婚式前日の財閥長女が、財閥所持のエレベーターシャフトから落下し死亡。ヘンストリッジ家は──そこから読めない。


 ピンと来た。


 紛失した図書室の鍵。

 破り取られた事故の日の記事。


「誰か、花嫁の呪いについて調べてやがるな……?」


 伊達に映画とゲームばかりやってきたわけではない。そんなことはお見通しである。誰が調べているかはさておいて!

 しかも鍵も記事も自分のものとしてしまうあたり、他者には知られたくないとみえる。


 ほうほう。

 殺されかけているこのザイヤを差し置いて、事実を独り占めする気かね?


 ザイヤは苛つき、盛大に舌打ちをした。命が掛かってるっていうのに!

 ふと見上げた壁掛け時計。なんと5時30分を回っているではないか。


「やば!」


 ザイヤは新聞を元に戻し、慌てて寮へ駆けた。

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