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第1話


 その部屋は曰く付きだった。


 風変わりな作りをしているのが有名な屋敷は、かつて財閥一家が居住した豪奢な建物で、財閥が廃れた現在は中高一貫校の寮として再利用されている。


 なにが風変わりか。


 それは、エレベーターが直接部屋に繋がっていること。


 通常の構造ならば廊下の先にエレベーターがあって、降りたところはエレベーターホールか再び廊下で、歩き進めて目的の部屋に行く。

 しかしこのエレベーターは1階のエレベーターホールは普通でも、2階、3階、4階、5階と4つの部屋に直接繋がっていた。

 廊下でもなく、ホールでもなく、降りたその先は既に室内。

 その代わり、指定の階ボタンを押すには鍵が必要という作りだった。



 その5階の部屋が、曰く付きである。



 昔、財閥の美しい娘がその部屋を使っていた。

 あるとき、いつものとおりエレベーターで1階に降りようと、ボタンを押して呼び出した箱に乗り込む──はずだったのだが。


 箱は到着していなかった。


 到着しているものと思って足を踏み出した先に箱はなく、美しい娘は1階へ真っ逆さま。



 即死だった。



 それは、誰しもが待ちに待った結婚式の前日の悲劇だった。


 以来、エレベーターに直結する4つの部屋では彼女が落下したときの音が何度も聞こえ、そのたびに彼女の悲鳴が聞こえてくる。


 そして5階の部屋では、彼女が()()()()()()くる。


 長い洞穴を登ってくるように、希望の光に手を伸ばすように彼女が這い上がってきては部屋にいる女を道連れにしてまた真っ逆さまに落ちていく。


 だから、5階の部屋は立入禁止になった──。



「なんでそんな部屋に私がいるの!?」



 と、頭を抱えるのはザイヤ・シルヴァ。


 ザイヤは()()()()()のプロローグで、部屋に這い上がってきた彼女に殺されるモブ・オブ・モブ。彼女に捕まってしまったらどうなるかをプレイヤーに教え伝え、怖がらせるための咬ませ犬的存在だ。


 髪は肩で切り揃えた紺色、瞳は薄い紫色。肌は白く、制服はワンピース型の白と黒のハイソックスに茶色のローファー。

 何度見ても、ザイヤ自身が楽しみ、遊んでいたあのホラーゲームそのものである。そのときのザイヤはザイヤではなかったのだけれど。


 周囲を見渡す。

 書斎にベッドルームに手洗いに風呂に応接室。そして応接室にある暖炉の真向かいの壁にあるのが、そのエレベーターだ。今は赤茶色の戸がしっかり閉じている。

 呼び出しボタンが戸の横にひとつだけついていて、それだけでザイヤの恐怖を煽った。


 まさしく、ゲームそのものだ。



「いや、あのね!? 私、確かにホラーもミステリーもサスペンスもスプラッターもパニックもアクションも好きなんだけど、むしろ発売されたらその日のうちに買って深夜までやってクリアするくらいには好きなんだけど、それはゲームとか映画の中の話だからハラハラドキドキを楽しめるだけであって、実際に体験するのは──」


 なにがなんだかわからない。

 こんな体験型アトラクションあったかしら?

 そんなアトラクションのある遊園地にでも行ったっけ?

 と、混乱していると、ぽーん、とエレベーターの呼び出しボタンが灯る。


 はっ!

 とにかく、このままではマズイ。


 このまま部屋にいては、プロローグと同じくあのエレベーターの戸が開いて、彼女が這い上がってきてしまう。それでは引きずり込まれて死ぬ。


「待って、待って待った待った!」


 部屋を出よう。

 ザイヤは訳がわからないながらも応接室から外に出られるもう一つの出口に向かった。このドアの向こうは廊下に繋がっていて、エレベーターの鍵を持たぬ者はこのドアに来訪する。


 ──が、開かない。



「なんなの、このお決まりの展開!?」



 これぞホラー。

 閉じ込められた少女の図。


 こういうとき、どうしたらいいんだっけ。ザイヤは必死に考える。


 そう、窓!


 今度は窓に走った。けれど、やはり開かない。木の枠の格子窓は固く閉ざされびくともしない。


 あとはパワーで行くしかない。


 ザイヤは応接室の重い3人掛けソファを窓にふんぬふんぬと押して寄せ、寝室のベッドからシーツを毟り取り、書斎にあった椅子を窓に向かって投げた。


 ガラスの雨を降らしながら割れる窓。

 吹き込んでくる風が、生き延びる道筋に見えた。


 同時に開くエレベーターの戸。


 彼女の白い手が這い登ってくるように床を掴むのが見えた。爪が剥がれているのが、なんとも不気味だ。


 ビビッてはいられない。動かずにいたら死ぬだけだ。


「そんな奴は生き残れない! これゲームの鉄則!」


 シーツをソファの足に何重にも結び付け、窓の外に垂らす。


 彼女がエレベーターから出てきた。四つん這いになって、ゆっくりと近付いてくる。ブロンドが乱れて、顔が見えないのがよりいっそう怖い。


 よし、行くぞ、と気合を入れ、シーツを伝って階下の窓を目指す。


 届かないか?


 心配したが、なんとかシーツに掴まっていられる状態で階下の窓に手が届いた。

 ノック。応答なし。


 ならば、と僅かな隙間に爪を差し込み、開けようと奮闘する。開かない。鍵が掛かっているようだ。


「開けて! 開けてください!」


 ばん、ばん、と窓を叩く。あわよくば割れてしまえばいいと思ったのだけれど、シーツにしがみつきながらのその行為には力があまり入らず、威力がなかった。

 握力は限界に近付いていた。遅かれ早かれ、気付いてもらえなければザイヤはこのまま落下してしまう。



 そのとき、手になにかが触れた。


 ぎょっとして見上げると、ブロンドの髪だった。

 彼女が蜘蛛のようにシーツを伝ってザイヤに向かっていたのだ。あろうことか、もうすぐ傍まで来ている。



「えええええ!? その展開は聞いてない! 聞いてないよ!?」


 ゲームと違う。

 そんな言い訳など通用するはずもなく、彼女は爪のない手でザイヤの指に触れた。


 ──て。


 なにかを囁かれた。


「……え?」


 ──私の……に、……て


 聞き取れない。

 ザイヤは乱れた金髪の隙間から、彼女の目を見た。黒く陥没した彼女の目は泣いている。赤黒い涙が、青白い頬に何重もの涙の痕を残していた。


 ふたりはしばし見つめ合う。



「な、なに、なんて言ったの──」



 彼女がかさついた唇を再び開きかけたとき、窓が開いた。


「おい、なにしてるんだ!」


 驚いた。

 ザイヤはシーツから手を離してしまった。


 傾いていく視界。

 気持ち悪いほどの浮遊感──。


 消えてしまった彼女と、風に靡くシーツ。


 それだけが見えた。

 現実世界に戻れるのだろうと、ザイヤは心のどこかでそう思っていた。


 これは夢なのだと。




◇◆◇◆◇◆




 なのに、どうして戻ってないんですかね!?

 目が覚めたザイヤは、自分がまだザイヤであると認めると顔を手で覆ってしまった。


(ああ、もう、どういうこと!? 私はごくごく平凡の両親に産まれたひとりっ子の日本人専門学生で、来年には新社会人になるはずだったのに!)


 どうしても、最後の自分の記憶が思い出せない。だからなぜゲームの世界のキャラクターになってしまっているのかも、やはりわからなかった。


 しかもこのゲームは──。


「おい、大丈夫か?」


 肩を揺らしてくるのは、黒髪青目の男子生徒。

 ザイヤは彼を知っていた。


 4階のエレベーター直結部屋で寮生活をしている高校2年生の次期生徒会長、ラルフ・イェーツ。


 ゲームの主人公のひとりだ。


 ザイヤが死んだあとに入寮するヒロインを助けるべく奔走してくれるヒーロー役で、頭脳明晰、冷静沈着が売りのクールキャラ。本来なら、ザイヤの悲鳴と落下音に気付いて駆け付けた遺体の第一発見者である設定だった。ゲームどおりなら、ザイヤとラルフが会話などする機会はない。


 ザイヤは答える。


「大丈夫です……」


 体のほうは。

 精神的にはぐちゃぐちゃです。


「落ちたのが花壇の上でよかった。軽傷で済んだよ」

「……それはよかったです」


 まったく、よくない。

 これがクリアしたゲームなら攻略方法も熟知していてよかっただろうに。どこになにがいて、どの場所が危険なのかも知ることができていたはずだった。


 しかし、このゲーム『エレベーターの花嫁』はまだ発売前で、体験版をパソコンでほんの少しプレイしただけだ。


 つまり、ストーリーもなにもわからない。



「あーーーー、夢なら覚めてくれないかなーーーー」

「……もう一度医者を呼ぶから、待ってろ。頭がおかしくなってる」

「違う! そうじゃない!」



 しかも厄介なのは部屋の住人になっていて、その間に彼女に一度でも見付けられたら部屋を出ても付き纏われることだ。


 つまりザイヤは、既に呪いに掛かっている。


 どうすれば生き延びられるのか、皆目見当もつかなかった。

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