透明になった女の子
私は小学5年生。
もう消えちゃった。
私には悪いクセがあったの。
学校に行く時は上を向いて歩いて、帰り道では下を向いて歩くクセ。
朝は集団登校なんだけどね、私はお姉さんだったから班長さんになったんだ。
1年生や2年生の子もいたからね、みんなを引っ張って歩かなきゃいけなかったんだ。
だから私は上を向いていたの。
でもね学校に着くと私は“お姉さん”じゃなくなるの。
だってみんな同い年なんだもん。
5年生は1年生の教室には入れないし、1年生も5年生の教室には入れない。
5年生は5年生の教室に入らなきゃいけないの。
だから私はお姉さんじゃないの。
教室について、ガラガラってドアを開けるとね、みんなこっちを向くんだ。「だれだろう」って。
でもね、一目見るとみんなすぐに友達とお話の続きをするの。
誰も「おはよう」って言ってくれないんだ。
でもね、私には友達がいなかったから。
わかるの。
“おはよう”は友達じゃない子には言わない言葉なんだって。
みんながみんな、だれとでも仲よくしたいわけじゃないんだよね。
休み時間になると、みんな真っ先にグラウンドに出ていって、ボールで遊ぶの。
鬼ごっこで遊んでいた子もいたかな。
でも、私は教室の端でいつも本を読んでいたの。
やることがない時は、寝ちゃったふりなんかしたりして。
みんなと一緒にいられない理由を見つけたかったんだ。
学校が終わるとみんな友達のところへ行って、一緒に帰るの。
私はいつも一人だった。
だれも私に話しかけないから、私はいつも一番に教室を出てたんだ。
だから、帰り道、目の前にはだれもいなかったの。
隣におしゃべりする友達もいないし、連れて歩かなきゃいけない小さい子もいなかったから、下を向いてあるいてたの。
私はお姉さんじゃないから。
でもおかしいよね。
朝は学年も関係なく、みんな一緒に登校するのに。
なんで帰りはバラバラなんだろう。
先生は「危ない人がいるかもしれないから、みんなで登校するんだ」って言ってたけど、帰りは危なくないのかな。
もしかしたら、みんな友達がいるってことが当たり前で、先生たちもそう思ってるから、一人ぼっちで帰ってた私がおかしいのかもしれないよね。
私にも、友達いたらよかったのに。
◆
ある日、席がえがあったんだ。
みんなは「友達と一緒になれるかな」ってワクワクしてたけど、私は不安だった。
だって、私は端の席が好きだったんだもん。
真ん中の席はいやだったの。
だって、ドーナツみたいだったから。
周りでみんなが楽しそうに笑っていても、私は笑わない。
みんなはカラフルなお砂糖やチョコレートで、私はただの穴なの。
それがいやだったの。
だって“穴”って、“何もない”ってことでしょ。
そうなったら、もう私は誰にも気づかれないような気がして、こわかったんだ。
そしたらもうだれも友達にはなってくれないじゃない。
……でもね、私はその穴になっちゃったの。
席がえをした日はね、隣の席になった子が「よろしくね」って言ってくれたんだ。
私も「よろしく」って返したんだけどね、聞こえなかったのかな。もうそれから一度もお話しなかったんだ。
私も自分から声をかけようって思ったんだけどね、みんなすぐに甘くておいしいところに行っちゃうから、つかまえられないの。
それでね、しばらくしてから気づいちゃったの。
私、みんなから見えなくなっちゃったのかなって。
だってね、私が教室にきて、ドアをあけても、もう誰も振り向かなかったんだよ。
私、透明人間になっちゃったみたい。
でもね、透明人間って、みんなが思ってるよりも、楽しいものじゃなかったの。
ちょっといたずらをやってみようかなって思ったんだけどね、クラスの子が嫌がってるのを見るのって、本当に楽しいのかなって、疑問に感じたの。
だから私はなにもできなかった。
よかったことといえば、授業であてられなくなったことかな。
わからない問題を出されても、ドキドキしなくなったの。
でもそれじゃあ、私、何のために学校に来てるのかなって思ったりもしたんだけどね。
それと、もう一つ気づいたんだけどね、お家に帰ると魔法が解けちゃうみたいなの。
私がお家にかえると「おかえり」って声がして、私は「ただいま」って言ったの。
お母さんもお父さんも、いつもどおり話しかけてくれたんだ。
「学校どうだった?」って。
だから私もいつもどおり答えたの。
「楽しかったよ」って。
◆
朝、学校に行く時も、もう1、2年生の子たちは私のことを見てなかったの。
私は家から一本ふみ出すと、透明になるの。
ただ、班長として、お姉さんが一人必要だっただけみたい。
私はいらなかったのかな。
私が上を向いて歩いても、なんの意味もなかったみたい。
それから私は学校に行く時も、上を向くのをやめたんだ。
ずっと下を向いてばかり。
雨が降ると、いつも水たまりに私の顔がうつるの。
やっぱり笑ってなかったよ。
私は今なんで生きてるんだろうって思った。
◆
その日も雨が降ってたっけ。
私はいつもどおり下を向いて歩いていたの。
そしたら、めずらしく私の前から足音が聞こえたんだ。
女の子だった。
水たまりを見るとね、その子も笑ってなかったの。
それからあとに気づいたんだけどね、その子、私のクラスメイトだった。
私は透明だから、クラスの子たちの話し声がよく聞こえてくるんだ。
その子ね、いじめられてたんだって。
でも、もともとみんなは友達だったんだよ。
ちょっと喧嘩しちゃって、それからなんだか素直になれなかったんだって。
だから、「ごめんね」って言ったら、きっとみんな仲直りできると思うんだ。
私はちょっとうらやましかったな。
そんなふうに、喧嘩できる友達もいなかったから。
喧嘩って、良いことじゃないけど、相手がいるからできるんだよね。
私にも、そういう友達がいたらよかったのに。
◆
次の日の帰りも、私たちはひとりぼっちだった。
私はまた水たまり越しに、あの子の顔を見てた。目元が少しだけ赤くなってた気がする。
悲しいのは私とおんなじなのかなって、ちょっとだけ思ってたけど、私は泣いてなかったから。きっとあの子の方が辛かったんだろうな。
だから、気になって、次の日も、次の次の日も、そのまた次の日も、なんどもなんども、あの子の後ろを歩いてた。
ときどき、目が合ったような気がするけど、私は透明だから、きっと気のせい。
それでも私はそのたびに、できるだけあの子をはげましたくて、笑ってた。
でもやっぱり、いつまでたっても、何も変わらなかったんだけどね。
◆
その日は雨があがった日だったと思う。
帰り道にね、あの子がいたの。
でも、この日は違ったの。
あの子の泣いてる声が、上から聞こえてきたんだ。
ずいぶん長く下を向いてたから、忘れてたんだけどね、帰り道に大きな公園があって、そこにとても高い展望台があるの。
私ね、久しぶりに上を見上げたら、あの子が泣きながら、展望台の柵を乗り越えようとしてたの。
「危ないよ」って言おうとしたんだけど、私は透明だから、きっと聞こえないって思った。
そしたらその子がね、飛び降りようとしてたんだ。
下はコンクリートだったから、落ちたら大ケガしちゃうって思って、私、気づいたら飛び出してた。
透明で、何もできないかもしれなかったのに。
私があの子を支えたいって思った。
それで――
どーんって音がした。
その子は落ちちゃったんだけどね、下に私がいたから、なんともなかったんだ。
透明でも、触ることはできたみたい。
でもね……
――私が頭を打っちゃたんだ。
すごく痛かった。
多分骨も折れちゃってたかな。
手も足も動かなかった。
そしたらね、だんだん目の前が見えなくなってきて、暗くなってきたの。
でも、声が聞こえてきたんだ。
女の子の泣いてる声。
あの子だったのかな。
なんで泣いてたんだろう。
痛かったのかな
私、柔らかくないから。
だとしたら、ごめんね。
ただの穴でも役に立てたのかな。
だとしたら、うれしいな。
そう思ってたら、もう何も見えなくなっちゃってた。
指も、何も、動かなかった。
あぁ。あの子、友達と仲直りできてたらいいな。
みんなと仲よく笑ってたらいいな。
私も、あの時、最後に空を見上げられて良かったな。
今まで気づかなかったけど、帰り道の方から見たあの場所は、すごく綺麗だった。
大きな虹もかかってたんだ。
◆
ある朝ね、私、突然冷たい水をかぶって目を覚ましたの。
そしたら、目の前にあの子がいたんだ。
あの子はなんだか真っ黒な服を着てたの。
手にはお花とお線香を持ってたんだ。
けむたかったけど、なんだかいい香りがしたよ。
それでね、女の子は私にお花をくれて、「ありがとう」って言ってくれたの。
私ね、なんでか分からなかったけど、すごく嬉しかった。
泣きたくなるくらい幸せだった。
私、もう消えちゃったのに。
それからね、あの子は私にこう言ってくれたの。
――「おはよう」って。