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「ギャハハ! もっと酒持ってこーい!」
魔王城の大広間では、大規模な宴会が行われている。ダイはそこで、給仕としてこき使われているのだ。
「おい、ニンゲン!『おかずクレープ』を持ってこい!」
「はい、ただいま」
ハンニバルは延々とクレープを焼いている。さながら、朝食バイキングでオムレツを作り続けるシェフである。
「にゃーん」
相棒が腱鞘炎にならないかはらはらしているダイの足元に、子猫がすり寄ってきた。
「あっカルタゴ、この辺をうろうろしてたら危ないよ。踏まれるぞ」
小さな体を持ち上げようとして、首輪のあたりに紙片がくくりつけられているのを見つける。
紙を開くと、中には『やれ』とだけ書いてある。
作戦決行の合図だ。
(弱体付与……『蕎麦』レベル100。『小麦』レベル100。『バラ科植物』レベル100。『蜂蜜』……レベル100)
ダイはひっそりと、魔族たちにアレルギーを付与していく。
『ぎょえーっ』
『く、苦しいっ』
『どういうことだ……?』
その結果、魔王を含め、しこたまクレープを食べていた幹部たちは悶絶する。しかし、甘いものが嫌いでまだそれほどダメージを受けていない相手もいる。
ハンニバルが指をパチリと鳴らした。第二弾の合図である。
(弱体付与『卵』『ナッツ』『甲殻類』『乳製品』を追加)
これにより、ほぼ全ての幹部達がなんらかのアレルギーにより呼吸困難となり息絶えた。
ほんの数分の出来事であった。ダイと同じく、強制労働させられていた奴隷達がおろおろと広間をうろついている。
ハンニバルはエプロンを脱ぎ、玉座へ歩いて行った。そこに、『魔王だったもの』が倒れているのだ。
「ほう、まだ息があるようだ。腐っても『魔王もどき』か?」
「ぐ、うっ……キサマ、何をした」
息も絶え絶えに、床に転がったザマを見て、ハンニバルはからかうように笑った。
「さあな。最後にいいことを教えてやる。俺の名前は『ハンニバル』……この意味がわかるよな?」
「……」
魔王は何かを言いかけて絶命した。
【魔王? とその幹部を倒した! ダイはめちゃくちゃレベルが上がった!】
「俺、こんな事して良かったのかな?」
死屍累々となった大広間を見渡し、ダイは呟く。
何もしていない様に見せかけて、実際に魔族達の命を奪ったのはダイである。だんだん罪の意識に押しつぶされそうになってきたのだった。
「いいんだよ。こいつらは、魔界と人間の国の協定を破って地上を荒らしまわっていたゴロツキどもだ。村を襲い、畑を焼いた。もっと酷いこともしただろう。お前がやらなければ、代わりにたくさんの兵士が命を落としていた」
「俺、このスキルがこんなに危ないものだなんて思わなかった」
「刃物と同じだ。なんだって自分次第さ」
ハンニバルは床に転がっていた魔王の王冠を拾い上げた。
「さあ、褒賞金を貰いに行こう。魔王城に潜伏して魔王の副官に成り上がる作戦だったが、話が早くて助かった。こいつ、普通に戦うと強いんだよな」
「え、もしかしなくても本当に軍師だったの?」
「最初に名乗ったと思うが」
二人は強制労働をさせられていた人々を解放し、意気揚々と王都に凱旋した。追放されて一日目の出来事である。
「おお、我が街! 今日のうちに戻ってこられて本当に良かった」
「俺、追放されたんだけど一緒に入って大丈夫なのかな?」
「そんなの冤罪だろ? しょっ引いて死刑にしてやろう」
「そこまでは求めてない」
「どうせ余罪もあるだろうし、お前がいい、悪いにかかわらず逮捕すべきだ。次の被害者が出るかもしれないだろう。いや出る」
なるほど確かに天才軍師の言う事は至極もっともだと、ダイは納得し、元上司の処遇はハンニバルに任せる事にした。
二人は城へ向かい、大臣に魔王から奪った王冠を提出し、魔王討伐完了の旨を伝えた。
とある善良な男が、知恵と勇気で魔王ザマを打ち倒し、奴隷として強制労働させられている人々を解放した。
夜のうちに、そのニュースがロマ国全体を駆け巡った。
それと同時に。「魔王は蕎麦を食って死んだらしい」と、歪曲された事実も広まった。
中1日を空けて、二人は謁見の間に通された。王の予定や褒賞金の準備などがあり、少し時間がかかったのだった。
「うむ。ハンニバル、このたびはご苦労であった。ワシもちょっとこのスピード感にびっくりじゃ。まあ、平和なら何でもよい。そなた、名は何と申す」
「はい。ダイ・スキピオです」
「ふむ。何とも知将っぽい名前じゃ」
そうか?とダイと思ったが、それ以上は口にしないでおいた。
ハンニバルは、ダイの持つ【スキル】について全てを語る事はせず、「アレルギーを見抜く事ができる」と「それを治す事ができる」だけの説明にとどめた。
(アレルギーを付与できる事までバレちゃったら、危険人物として拘束されちゃうかもしれないしな……)
こうして、ダイは何事もなく魔王討伐の褒美として大量の金貨を手に入れ、冤罪の件についてもきちんと名誉を回復してもらったのだった。
その夜、城では宴会が開かれた。立食形式のパーティーで、自分で好きな料理を取っていく形式である。
ダイは閑散としているわんこそばコーナーに立ち寄った。
「わっ、このお蕎麦美味しいですね。喉越しがいい。仕事帰りに食べていた立ち食いそばと全然違う」
「……ありがとうございます。良かったら、もっと食べてください。余ると悲しいので……」
そば職人は礼儀正しいものの、浮かない顔であった。少し鼻声で、目が充血している。
もし余るぐらいなら、持ち帰ってもいいのだろうか、そもそもなぜこんなに美味しいのに人気がないのだろう……とダイが考えていると、ハンニバルが近寄ってきた。
「この蕎麦うまいよ」
「いただこう」
並んで蕎麦を食べているうちに、ダイの中にあるひとつの疑念が浮かび上がる。
「ハンニバル、実は君が本当の魔王で、ここでまた同じことをして王国を乗っ取るつもりだったりしないよね」
「ははは。それもいいかもな。でもそれはスマートなやり方じゃないし、俺は平和主義だ」
その返答に、ダイはほっとする。
「安心した。ところで、天才軍師にひとつ相談があるんだけど」
「なんだ?」
「王都に家を買うのと郊外に土地を買って畑をやるの、どっちがいいと思う?」
急に大金が転がり込むと、身を滅ぼすと聞く。そのため、ダイはどうすべきか助言を求める事にした。
ハンニバルは、屈託のない笑顔でダイに笑いかけた。
「多分逆恨みされるから、顔と名前が知られる前に逃げた方がいいぞ」
「え、それどういう……」
「ちょっと!! 魔王を倒したダイって男はどこよ!!!!」
突然謁見の間の扉がバン、と荒々しく開き、燃えるような赤い髪の少女が現れた。