2
「確認だけど、マジでやるの?」
「マジだ。成功率は35%もある」
「低いだろそれ」
「にゃーん」
二人と一匹は今、魔王城へ向かっている。ダイが街から出て歩いていた道は魔王城へ通じる道だったのだ。
魔王を討伐すれば、一生遊んで暮らせるか暮らせないかギリギリの褒賞金が出る。ハンニバルの作戦を聞いて、ダイはそれに乗る事にしたのだ。どうせ崖っぷちの人生、もうヤケクソである。
「たのもー!」
「うん? なんだお前ら」
魔王城の門番はオークであった。二人が女性であったなら、即座に入城することが叶ったであろう。まあ、悪い意味で、ではあるが。
「魔王城で料理人を募集していると聞いたのですが」
「確かにそうだが。お前ら人間だろう、何のつもりだ」
大まかな作戦は聞いたが、あまり詳細を語ってダイが不審な動きをするのはマズいとの事で、細かい事はハンニバルが全てやる事になっている。
『俺たち、道ならぬ愛に落ちてしまいまして、国を追い出されたのです。そして旅の途中で愛の結晶たる猫ちゃんを擬似家族に迎え、幸せに暮らしていたのですが、なかなか男二人のクレープ屋と言うのも世間の目が厳しく、猫ちゃんの餌代も……魔王城でなら、多様性を受け入れてくださると思ったのです』
「にゃーん」
「ちょ、何言って……」
ハンニバルはチラッとダイを見た。『泣け』と目が言っている。その冷酷な目が怖くてダイは本気でちょっと泣いた。
オーク達は、成人した男が急に泣き出すのだから、これは本当によっぽど迫害されたのだろう。そう思い、城に入れてやった。
驚くべきことに、面接官は魔王その人だと言う。2人は屋台ごと、謁見の間まで運ばれた。
「余は魔王ザマである。さすらいの料理人よ、よっぽど腕に覚えがあるそうだが」
ダイは戦慄した。魔王の圧力で、ろくに返事をする事もできないのだ。
何とか横目でハンニバルを見ると、彼はウィンクを返した。余裕の表情である。
「はい。特に得意なのは……クレープ。もしくはガレットでございます」
「余にお料理勝負勝負を挑もうとは、大胆な人間だ。3分だけ時間をやろう。その間になんとかしろ」
「恐れながら閣下、それは無茶振りのパワハラと言うものでございます」
ハンニバルは魔王の視線に全く臆する事なく、懐から猫を取り出した。
「にゃーん」
「おお、猫ちゃんではないか!」
そう、魔王は猫好きなのであった。
「はい、自慢の娘です。美少女でしょう? 名前はカルタゴと言います。カルたんって呼んでください」
「にゃーん」
「よしよし。猫ちゃんをナデナデする時間が必要だ。30分やろう」
「はっ。必ずやご満足していただけるものと確信しております」
「ところで横の男は一体何のため……いや、些事であったな」
魔王は手元の書類を見て咳払いをした。
ダイは沈黙を貫いた。一日に二回も冤罪をかけられるとは、昨晩には想像もしていなかった。
ハンニバルは、黙々と調理を進めている。クレープ……ではない様だ。
「本当に大丈夫か?」
正直、ダイはやる事がないので暇であった。猫のカルタゴも魔王に取られてしまったし、本当に作戦決行まですることがないのだ。
「大丈夫だ。もう出来るぞ」
ハンニバルは真剣な顔で仕上げの飾り付けをし、皿を魔王の元へ運んだ。
『出来ました。そ ば 粉 の ガ レ ッ ト で す』
(そろそろか……?)
「おお、これは……うまい!」
魔王城は何しろ魔族の集まりであるので、食の好みも様々。魔王は比較的人間に近い味覚を持っているため、マトモな食事に飢えていたのである。
ハンニバルのスキル【美食】をもってすれば、素材の味を120%引き出す事など容易いのであった。
ダイはじっと息を殺して、作戦決行の時を待った。相方からの合図は、未だない。
「うむ。美味であった」
魔王は満足したようだ。なんとか首の皮一枚つながり、ダイはホッとする。
「私が魔王城の料理長にふさわしい事、ご納得して頂けましたか?」
「うん? そんな話だったか? まあ良い。好きにせよ」
『ありがたき幸せにございます』
その日の夜、『料理長就任パーティー』として、魔王城で大規模な宴会が開かれる事になった。