第16章〜彼の魅せる魔法〜
暫くすると開演のアナウンスが入り、クレさんが登場する。
「それでは皆さん改めましてこんにちはっ!」
「「こんにちはっ!」」
「もう一度行きましょう、こんにちはっ!!」
「「こんにちはっ!」」
「さぁマジックショーのスタートでーす!」
その一言と共に、午前の部に負けないような熱気がわっとまた湧き上がる。
冒頭のトークが終わると、クレさんは舞台の後ろの方にあったそこまで縦幅のない水槽を前に出してきた。
「みんな海って言ったらさ、何を思い浮かべる?」
「太陽!」
「太陽!あれね。ゴツいお兄さんとかがサングラスとかつけてて後で取ったらそこの部分だけが真っ白になってるやつでしょ?他にある?」
「砂のお城!!」
「そう!砂。で、ここにあるのがお水です。この中に仕切りとかが入ってないか確認してもらえませんか?」
そう言うと、クレさんは子供たちに水槽の中をじっくりと確認させた。
ふむ。あの様子からすると無さそう。
「ない?うん。おっけ!今しっかりと確認してもらいました。そしてここには赤色と青色の砂があります。この二色です。では、ご覧いただきましょう」
するとクレさんは腕まくりをし、コップから一度砂を取ると、赤、青の順に砂をサラサラとそれぞれのコップに流し込み私たちにもう一度色を見せた。
それから水槽にそっと両手を入れてゆっくりと混ぜていくと、だんだんと紫色になっていった。
「えっ?なんでっ…?」
確かにさっき砂には触ってたけど…。
そこで赤い砂を手に取ると、水槽の中に丁寧に流し込んだ。そしてゆっくりと水を混ぜる。それを青い砂も同じようにやる。
次の瞬間。
クレさんはコップを手にすると、水槽の中に片手を入れた。その手を水中から出すと、一切濡れた様子のないサラサラな状態の赤い砂があった。もう一度水槽に手を入れてから引き揚げると、再び手中には青いサラサラな砂が。
ほんと、どうなってるの…?
その作業を繰り返すこと二回。コップの中は元の状態に戻っていた。問題は水槽の中。
ずっと紫のままなのかな。そう思っていると。
再び水槽の中に手を浸し、数回混ぜていくとまた元の透明な水へと戻っていった。
おぉーっ!すごいっ!!
「綺麗でしたね…今のマジック…キネスティ…いや、砂の色の選び方も絶妙だと思いましたし、見てて癒されました…」
「言動には注意しろ、ですね。でも本当綺麗でしたよね!午前の最後のマジックも幻想的でしたけど…。本当、良い意味で裏切られますよね…」
「ねぇ…」
「じゃあ、一つみんなにお願いしたい事があります」
あ、午前の部でもあったクレッセントマークのやつかな?
「これから僕がマジックの途中で、『びっくりだね』と聞くところがあるので、そしたら皆さんは『イェー!』と返してください。じゃあやってみましょう。『びっくりだね』」
「「イェー!」」
「びっくりだね」
「「イェー!」」
「はい、バッチリです!」
それから、クレさんはクレッセントマークの振りを掛け声に付けてみんなに教えた。
あ、それから、「クレッセント」っていうのは「三日月」って意味があるらしい。え?じゃあ…クレッセント・ムーンって…三日月、月?
「みんな完璧!じゃあこれからは僕が聞いたらそんな感じで答えてください!お願いしまーす」
そして次のマジックに移ると、クレさんは五枚のちょっと大きめのサイズのカードを取り出した。
「それでは次のマジックに移りたいと思います。では、これから僕はほんの少し先の未来を見通して行きたいと思います。さて。ここに、五枚のカードがあります。このカードには、それぞれの石が書いてあります。まずは水晶。クリスタルですね」
クレさんは一枚一枚、丁寧に表裏を見せていく。
二枚目に石榴石、garnet。
三枚目に金、gold。
四枚目に真珠、perl
五枚目に、翡翠、jade。
全てを見せ終わると、一枚のボードを取り出した。
「その未来をここに描き出していきたいと思います。何か仕掛けがないかどなたか調べて頂けます?」
クレさんはそう言うと、キョロキョロキョロした後にカナディさんたちの方に目を留めた。
「あっ、じゃあお願いします。変なスイッチとかないかとか、ちょっと持って確認してみてください」
多分…座席的に渡されたのはきぃちゃんさんかな…。恥ずかしがり屋さんだけど結構大胆な行動に出るのがあの人の特徴なんだよね。
「ちょっ…!そんな叩かなくても大丈夫だからっ!割れちゃう!」
あ、多分結構強めに叩いたのね…。
「大丈夫ですか?変なスイッチとかなかった?はい、確認ありがとうございました。いやでもちょっと驚いたな。渡した瞬間ガンガン叩くんだもん。割れちゃうかと思った」
クレさんは再び舞台に戻ると、チョークを取り出した。
「では、ここに未来を描いていこうと思います。…石の中には古くから人間に祀られる物もあって、そんな石の持つ力には人間を護るものや能力を高める物もあるんです。仮に、ちょっとだけでも未来を見れたなら。…これで描き終わりました、ボードはここに置いておきます」
ボードを隣のスタンドに立て掛けると、先程のカードを取り出して、私たちに一枚一枚改めて見せていった。
「さぁ、これを先程ボードを確認して頂いた方にどれでもいいので一枚選んでもらいたいんですけど、どれがいいですか?」
「…あっ…パール!」
「どうしてこれを選んだかって理由ありますか?」
「んと…好きなバンドの曲でパールって曲があるからです…!」
「なるほど、曲であるから。では、このボードを見てみましょう」
そして、クレさんがボードをくるっとこちら側に向けると、そこには「perl」と書いてあった。
な、なぜっ!?未来予知…!
「イエ○ンの曲ですね。本当はカタカナだけど。聞きたくなってきたな〜、久しぶりに」
「あっ、そのアーティスト名聞いたことある!」
「でしょ?お勧めだよ!今度聞いてみて!」
「了解ですっ!」
次のマジックに移ると、何やらクレさんは三色のフラフープを取り出した。
「それではね、次のマジックでは輪っかを使うんですけども、その輪っかはお水に落ちた水滴とかをイメージしてみてください。雨の日に水溜りに雨の雫が落ちたりするあんな感じね?そうすると、いっぱい輪っかが出来ますよね。僕たちは、いつも『輪』で繋がっています」
そう言うと、クレさんはフープを前に持ち下を向いてポーズを取った。すると、ゆったりとしたBGMが流れ出した。その一音一音に合わせ、フープを操っていく。
一言に「操る」と言っても、フープが何かに固定されているようで上下に動かしても、回しても一切ブレたりはしていなかった。
曲調が変わっていくに連れて、数が増えていったり、繋がったり、繋がった『輪』の作る形が変わったり。最後にはひとまとまりになって一番最初のポーズで終わった。
そして湧き上がる拍手。
またもや感動系…。あぁ…なんか…この人…本当…素敵すぎる…!
「ありがとうございます。びっくりだね!」
「「イェー!」」
あ、言い忘れた。
「では、次はちょっとレアなマジックをやらせて頂きたいと思います。この各務原のキノンではね、他ではあまりやらないちょっと特別なマジックとかもやらせてもらってるんで、それを今回もやらせてもらおうと思います」
へえ。じゃあここは特別なんだ。どんなのやるんだろう。
準備をしながらトークを少しすると、またマジック道具を押してテントから出てきた。
「では、お待たせしました。それでは、ご覧ください」
そう言うとクレさんは押してきた机の上のでっかいカメラに手を伸ばし、辺りを撮影するようなそんな身振りをした。その動きに合わせて、シャッター音も鳴る。
すると突然、雨の音が響いてきた。
少し慌てて衣装のあちこちをパタパタと叩くものの、すぐに笑顔になって隣から青色のカッパを取り出した。
そこに手を入れて取り出すと、その手には空色のストライプの傘があった。その傘をかっぱの上をスライドさせると、かっぱも空色のストライプに変わる。
再びかっぱに手を入れて出すと、白の傘が出てきた。また先ほどと同じようにスライドさせるとかっぱは白に変わる。
そしてかっぱの帽子のツバの部分を軽く引っ張ると、黄色、紫、オレンジの三角のひらひらが連なった紐になった。
それを肩に掛けると、足元の傘一本分の傘立てから傘を取り出す。
…って!骨組みじゃない!
私たちにくるくる回してよく見せた後またしまうと、今度はさっきのひらひらを手にした。一度上下に振り、風に靡かせるとそのひらひらをカメラへと入れ込んでしまった。
えっ!?入るの!?
そのひらひら入りのカメラは底の部分がぼんやりと透過していて、中に入ってることをカメラを持ち上げてクレさんは私たちに確認させた。
その時。
カメラの側面を持った瞬間、突然中身だけがすっぽりと抜けて枠だけが残った。中身がすっぽりと消えている。
カメラを置いて、傘立てに手を一度振りかざしてから傘を取り出すと、骨組みの傘に一本につき一枚のひらひらが着いていた。
もう一度入れ込んでから手を振りかざして出すと、今度はちゃんとした黄色、紫、オレンジの傘になった。そのすぐ隣で、同じ色の傘を開く。そしてそのマジックは終わった。
わっ、二つ揃ってなんか綺麗。
「なんかこのマジック見ると雨もいいなって思っちゃいますね…」
「ですね。傘さしてるんるん気分で歩いちゃいそうな…。この公演思い出しながら…」
「…ハマっちゃいましたね?」
「ふふふっ」
そしたら再びスプーン曲げが始まった。今回も様々なスプーンやフォークを語った器具が出てきた。
例えば、ケーキサーバーや、お好み焼きのヘラ、スプーンはスプーンでも計量スプーンで連結されてるやつとか。もしかしたらこの時その人が持って来る物は、その人の個性をそのまま映し出しているのかも知れない。
「それではスプーンやフォーク沢山持ってきてくださり、ありがとうございました!それでは最後に、僕が大好きなシャボン玉とぬいぐるみのマジックをやりたいと思います」
きたー!シャボン玉マジック!
「本日、最後のマジックになります。ごゆっくりお楽しみください」
クレさんは、一度深々とお辞儀すると午前の部と同じようにシャボン玉マジックを披露する。
やっぱり、このマジックの見どころはシャボン玉が飛び立ってからふわふわと舞う、その二、三秒間のその瞬間。
クレさんの表情も絶妙だし、ぬいぐるみが入る時点であり得ないのに、さらにそのあり得ない状態で宙をふわふわと舞うシャボン玉が神秘的で心にくる物がある。
シャボン玉が手元に帰って来てからの表情なども、『覚めた夢ならまたいつか見始めればいい』と言っているようで、それがまた更に自分の中の眠っていた何かを刺激する。
やっぱり、好きだ…!クレさん…好きだ…っ!
「びっくりだねっ!!」
「「イェー!」」
「びっくりだねっ!!」
「「イェー!」」
「これで今日の僕のマジックショーは終わりになります。僕普段は舞台とかも作っていて、今度来月に東京と名古屋でね、僕の十回記念の定期公演があるので、良かったら来てみてください!本日は本当に温かい拍手ありがとうございました!」
なるほど…多分これかな。この前星夜くんが言ってた定期公演って。
「さて、この後、写真撮影があります!僕と一緒に映りたいって言う変わった方は是非並んで頂けたらと思います!それではまたお会いしましょう!クレッセント・ムーンでした!ばいばーい!」
「由紀さん!行きましょう!!」
「やっぱり!?行きますよねっ!」
「えっ…でも身バレは…」
「「気にしてられませんっ!!」」
「あっ…そうですか…」
「山岡さんは待っててください!多分、山岡さんはバレる確率、ゼロですからっ!」
ちょっと可哀想。
「…井沢さんがそう言うなら。お気をつけて」
「はいっ!行ってきます!ライゼント様っ!」
すごいテンションハイだなぁ、由紀さん。まぁ、それだけ好きになったんだろうけど。
早速行列に並び、クレさんとの写真撮影を心待ちにしていると、変わった人が列に紛れてる事に気がついた。
「ねぇ、由紀さん。あの服って…もしかしてクレさんのキャラクターのお衣装モチーフだったりするんですかね?」
「んー?あ、そうだね!確かあれは〜…シェフさんだったっけな。クリスマスシーズンに現れるらしいよ」
「…!?すごっ!手作り…ってことですか…!理玖都に作り方教わろ…!」
「りくと?」
「あっ、私の弟です。高校、大学と家政大学附属高校の持ち上がりだったので、裁縫がめちゃくちゃうまいんですよ!洋服とかも理玖都の場合は、『買うよりも作った方が安い!』ですもん」
「うわぁ、すごい。でも、時間かかるでしょ?」
「それが全然。無地のパーカーとかだったら二時間もあれば作り終わってますね…。ただでさえ器用だから…慣れてるんですよ」
「すご〜…トラストのワークコスチュームキャストになってほしいなぁ〜…。新しい私の衣装とかも作ってほしいなぁ〜…」
確かに。丁度大学院生で来年卒業だし、聞いてみるか。
「んー、そうですね…今大学生なんで聞いてみますね!ただ、将来についてはまだ何も言って無いんであまり期待しすぎないでくださいね?」
「了解です!」
いよいよ順番が回って来ると、星夜くん?クレさん?は目を一瞬輝かせて元の笑顔に戻った。
「真っ…わぁ〜、今日も観に来てくださったありがとうございましたー!ルービックキューブも一緒に撮ります?」
は??…ぷっ、ここまで来ると笑っちゃう。
「…ばーか。クレッセントムーンさん!手、恋人繋ぎで、私たちサイドで撮ってもらってもいいですか?」
「えっ…!?あ、う、うん!いいよ!」
「ほら、じゃあ由紀さんも!手!」
「えっ!?いいのっ!?」
「あっ、いいですよ!じゃあ、お願いしまーす!」
クレさんが合図を出すと、カッシーさんはシャッターを切った。
「これでいいですか?」
「あ、バッチリです!ありがとうございます!」
「ありがとうございましたー!」
「こちらこそありがとうございました!また来てね〜!」
そして私たちは初のクレッセント・ムーンさんの公演を心ゆくまで楽しみ尽くし、充実した時間を過ごした。
今回もお読み頂き、誠にありがとうございました!
午後の公演、いかがだったでしょうか!
できる限り、私の力は出し切りました…!それでもまだ首を捻らざるを得ない部分があるのであれば、伝わらない部分があるのであれば、それは完全に私の実力不足です…。努力するのみです…。
今回の内容を書くに当たって、私は初めてモデル様の傘の魔法と輪の魔法と砂の魔法を知りました。今までの彼の魔法にも勿論魅入られてはいましたが、今回を機に更に私は彼のことが好きになりました。
皆様にも、この小説を機に魔法をもっと好きになって頂けると幸いです。
それでは改めて、最後までお読み頂きありがとうございました!