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どうもありがとう短編集

セイラ

作者: しろきち

私が以前に出会った人物の言葉を参考にしました。

私の名前は、いのうえせいら。井上聖羅と書きます。


あまり言いたくありませんが、名前の由来は、

某有名アニメに登場するキャラクターです。

父が、子供の頃から憧れていて、女の子が生まれたら、この名前にすると、

結婚した時から決めていたんだそうです。


子供の頃は、そのアニメを何度も見させられ、そのキャラクターが

どういう人物か、生い立ちや、家族構成やら、途中で出会う敵兵士との関係を、

さんざん、説明されました。


正直、どうでもよかったんです。

小学校に入るまでは、何も思わず、楽しそうに語る父の顔が嬉しそうなので、

私はそれが嬉しかったんです。

小学校に入ってからは、クラスの男子から、からかわれるようになり、

父に泣きながら文句を言ったこともありました。

アニメのキャラクターの名前なんて付けるから、からかわれるんだ。と


あの時の父の顔は今でも忘れられません。

泣いている私よりも、悲しそうな顔。

そして、ただ、すまなかったと。

それ以来、父があのアニメを観ている姿は見なくなりました。


クラスの男子に聞くと、ほぼ皆があのアニメを知っていました。

登場する兵器達がかっこいいだの、

誰の戦死するシーンがいいだのと、皆が語っていましたが、

私は知らないふりをしてやり過ごすのが大変でした。

どこの家も父親世代は皆、あのアニメが好きだそうで、

しかも、私の知らない続編が、たくさん作られ、世代ごとの好みがあるとか。


私が観ていたのは、最初の作品で、はじまりの作品なのだとか。

中学に入ると、友達の助けもあって、からかわれる事も減り、

名前に対するコンプレックスが刺激されることも少なくなっていきました。


大学に進み、東京で一人暮らしを始め、2年ほど過ぎた頃に友達に誘われて、

出掛けたお台場で、私は衝撃を受けました。


私にとっての、トラウマの原因がそこに立っていたからです。

けれど、そこに立つ存在は、周囲の人達にとっては、まさに夢の存在で、

その姿を一目見ようと、国内だけでなく、海外からも人が詰め掛けていたのです。


まさか、これほどの影響力のある作品だとは思いもしなかった。

そういった時の、友人は、逆に驚いていました。

なぜなら、彼女もその作品のファンであり、彼女の名前もまた、

あの作品のキャラクターだったのです。言われてハッとしました。

そういえば、いた。ミライという名前のキャラクターが。

すっかり記憶から抜けていました。封印していたのかもしれません。



私の新しい友達は、みらいさんていうんだよ。

父に言ったらきっと喜ぶだろう。

唐突にそんな思いがよぎりました。

そして途轍もない後悔に襲われ、私はその場で泣き崩れてしまいました。


みらいさんは、私が落ち着くまで、付き合ってくれました。


事情を話すと、みらいさんは、自分も同じ目にあったと言い、笑ったんです。

男の子なんて単純だから、劇中のセリフを使って言い返せばいいのだと。

あなたのセリフはよく使ったと、彼女は笑うんです。

もし、次に名前でいじられそうになったら、先に言ってやればいい。

私には兄はいませんから。って

父も母も健在です、って。それで解決する。彼女はまた笑います。


確かに、兄や父の存在を引き合いに出して、とやかく言う男子はいました。

私はそれが嫌で堪らなかった。私はアニメのキャラクターじゃない。

実在する人間だ。一緒にしないで欲しい。いつも思っていました。


そして拒絶してしまっていました。作品もキャラクターも、父の想いも。



私は、みらいさんにお願いし、あの作品をもう一度観させて貰いました。

父にさんざん見させられたのに、父の解説はほぼ覚えていませんでした。

みらいさんに、改めて説明をして貰って、ようやく、父の想いが、

私の名前に込めた想いが、分かったような気がしました。


自分の名前が嫌いではなくなったのかもしれません。

それからは、みらいさんのアドバイス通り言ってみる事にしました。


私の名前を聞いた男性は、殆どが、せいらさん?と聞き直します。

なので、それに答えずに、兄はいませんけどね。と返します。


その後の反応が新鮮でした。

一番多いのが、明らかな動揺。見透かしたわけでもないのにです。

次は驚き。そこからはアニメの話しになる。

この手の人は、みらいさん曰く、

キャラクターのセリフを言って欲しい人が多いんだそうです。

確かにそうでした。

そういう人には、私は名前こそ同じだけれど、そのキャラクターではない。と

はっきり告げるようにしました。

そして、ごく稀に、私がそのセリフを言うに至った経緯を推察してくる人が、

本当にごく稀にいました。

そういう人には、私の方から、キャラクターのセリフを借りて、

声を掛ける事もありました。


そうなってくると、不思議なもので、キャラクターのセリフを、

うまく使おうなどと、考えるようになりました。

人の仲裁をする際には、役に立ってくれました。

どちらも、せいらの言葉ではありますが、

そんな時に、その人が見ているのは、キャラクターなのか、私なのか。


そう考えて、ふと、世の中には、私と同じ思いをしている人が他にもいるはず。

偉人と同じ苗字、名前の人も、同じ思いをしていそうだと。思い至りました。

イチロウさんの全てが野球がうまいわけではない。

サオリさんの全てが強いわけではない。

リョウマさんが全員、世の中を変えるわけではない。

稲葉さんが全員、歌がうまいわけではない。

手塚さんが全員、漫画が上手なわけではない。

太宰さんが全員、文豪なわけではない。

言ってしまえば、彼の野球選手は鈴木さんだし、

有名な手塚さんも、太宰さんも、オサムさんだ。


変に拘っていたのは自分だったと知りました。

相手がその名前に対して抱く印象をどうにかしようと、足掻いていたんです。

愚かと言える行為です。

あのキャラクターもセイラなら、私もせいら。ただそれだけのことなのに…


ようやく、この名前が、自分の名前だと。思えるようになりました。


そう思えたことを、気付かせてくれた人達に感謝して回りました。

みらいさんは言います。もう一人いるよねと。


みらいさんが言うには、あのキャラクターの幼少期から、

作品本編までの時期を描いた漫画が発売されているとの事。

それを読んで、それをお土産に帰省し、父に謝ろう。



父との久々の会話は、ぎこちなく始まり、お互いが謝り続ける、

変な会話に終始していまいました。

父は繰り返し言います。自分がつけた名前が辛い思いをさせた。

こんな事になるのなら、もっとよく考えるべきだったと。

こうなる事を予想するべきだったと。


この流れを終わらせるため、友人が教えてくれたセリフ。


人がそんなに便利になれるわけない。


父の今まで見たことのない表情。

驚き、照れた顔は、昔から忘れられずにいた、

悲しそうなあの顔を、

上書きして、見えなくしてくれました。


そのセリフを言えと、教えてくれた友人の名前を告げると、

父の顔は、昔見たあの時の笑顔でした。


言えてよかった。

みらいさん。教えてくれて、どうもありがとう。

お父さん。素敵な名前をくれて、どうもありがとう。


私の名前は、セイラです。

有名なキャラクターと同じ名前です。


12月27日 誤字を修正致しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 有名人にあやかって名付けられたんだろうなと思う人には何回か会いました。 好きなアニメからの名前は、個人的には付けるのも付けられるのも恥ずかしいだろうなとも思います。 今までそんな程度の漫…
[良い点] 中々奥が深いお話でした。 [一言] とある山の集落に行ったときに 途中にある地元の学校の 子供たちが育てているのか 一人一人の名前が書いてある 10名分くらいの 植木鉢が道行く人に見えると…
2020/03/02 20:28 退会済み
管理
[良い点] そのセイラさん、苦しい時間を過ごしたようですが、 良い友人に恵まれたこと、 父と和解できたこと、 嫌いだった自分の名前を武器に変えられたこと、 どれも、ああ、良かったな。とほっとしました。…
感想一覧
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