表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミシオネール  作者: Yuga
4/6

告白

 「なるほど。こういうことだったのか。あの熱は、俺の人生の一切の苦しみであったのか。すべての苦しみを贖った自分に受け取りきれないほどの大きな幸福を与えるという予兆だったのか。」

そして、ファオルペルツは、ファーブルに字面だけの感謝をして、その信託を信じ、またもや、"生きがい"を求める青年として、駆け出した。そして、フロワソレール大総議論所を後にした。辺りに広がっていた紺色じみた景色も、もう清々しい青に塗り替えられていた。走って。走って。走って。走る。とにかく走る。止まることもない。息をしていることも忘れていた。ただただ、幸福に体が侵されているのだ。空気抵抗で体の表面から不幸がそぎ落とされていくような快感だ。今日、愛の真意を聞かなければならぬ。もし、数日聞かないままであったら、幸福がぎゅぎゅうと膨張し、破裂してしまいそうであった。ファカイポ教の開祖アンテリジャンが、ラプンガファカーロの教えを広めなければならないと感じたあの使命感に劣ることもないほどに、彼の四肢はアットリーチェの元へ向かわせるために必死であった。もう、それはまさに"生への本能"だ。彼女は、フロワソレールの山奥のログハウスで祖父と暮らしている。家周辺は、花が埋め尽くされている。あのような場所を人は天国と呼んでいるのだろうか。上り坂がどこまでも続いていく。しかし、"生きがい"は上り坂でさえ、平坦なものにする。

 ついに、ファオルペルツは立ち止まった。幸福で、足がすくむ。アットリーチェの姓であるメザリコの看板がドアの中央にかけられて、その看板の下あたりには、彼女の好きなタンポポの絵がちょっこりと咲いている。そして、外観は、シューラーの家のダークブラウンの雰囲気とは対照的な明るい色調の木目で覆いつくされている。すべての景色が、感情が、運命が、彼の背中を押しているような気がしていた。

空は快晴だ。太陽はいつにもまして輝いている。流石にもう起きているだろう。さあ、行こう。

ファオルペルツは、呼び鈴を鳴らした。幸せの鐘が澄んだ空に響き渡る。


ガチャガチャ。

愛の鍵を開ける音だ。

グゥグッ。

ドアノブをつかんだ。僕の不幸をひねりつぶすように。

グウィー。

オーケストラの楽器にあってもおかしくないほど端麗な戸の音色だ。

ドクドクドックン。

やっと、隙間から、あの、可愛らしくて、美しく謙虚な"生きがい"が顔をのぞかせた。


 ファオルペルツは、顔を見て、話すことができないほど、彼女が眩しく見えた。いつにもまして輝いている太陽よりもだ。この太陽系における最高で最上の光である。全身を駆け巡る血が、煮えたぎって熱くなっいるのをこんなに鮮明に感じたのも初めてだ。その感覚が、自分は生きていることもそれとなく示してくれた。そして、その血液がついに唇に巡り、震わせ、音になった。

「アットリーチェ。おはよう。突然であるし、こんなに朝であるが、君に伝えたいことと、聞きたいことがある。まず、君に伝えたいこと。僕は、君が備える美貌に一目ぼれをした。初めての体験だった。そうして、君を知りたくなった。そして、知れば知るほど、君は心の中にも美貌を備えていることがわかった。一緒に花を摘みに行くようになって、君は沢山の花を僕に紹介してくれた。でも、その中に君に勝るものはなかった。そんな君、アットリーチェを僕は愛している。そして、聞きたいこと。僕と付き合ってはくれないか。君の答えを聞かせてはくれないか。僕は、ここで正真正銘の愛を誓う。」

準備していた言葉を一つ残らず放った。これで幸福の呪縛から解かれ、普遍の天国への門が開かれたそんな気がした。その、快感に浸った後、ファオルペルツは、やっと顔を上げた。

そして、アットリーチェの唇が震えだした。


「ごめんなさい。あなたのような非情な人とは付き合えないわ。もうこれ以上、関わりたくもないわ。」


至極の幸福は、至極の恐怖に変わった。アットリーチェの顔は、怒りと呆れた顔を中和したような実に不気味な顔をしていた。魔物である。美しい魔物である。この世の生き物とは思えない。この不気味さと恐怖には、腰が抜けた。そして、そんな哀れな自分を見下すように、彼女は、話を続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ