出会い
冬のある日。
雪のちらつく寒空の下。
飲食店でのアルバイト勤務を終えた青年、青白 椚は店の裏にある従業員専用の駐車場に向かっていた。
車の横に立ち、手袋を外してポケットから鍵を取り出して、さび付いた鍵穴に差し込んで回すと、やや鈍い手応えとともにガチャリと音を立てて車のロックが外れる。
氷のように冷たいドアノブを引き、扉を開けた。
その瞬間……ウーウーと、けたたましいサイレンが表通りを駆け抜ける。
クヌギは「何事か?」と思い、慌てて表通りに戻って様子を確認してみたが、どうやら数台の警察車両が通り過ぎただけのようだった。
「まったく、人騒がせな……」
元々このあたりは街の中心から外れているおり、時間は深夜に近いこともあり、他に通りを走る車は存在しなかった。 今もサイレンが遠ざかっていく音だけが静かな夜の街にこだましている。
クヌギは「ふぅ……」と一息ついて気を取り直し、ドアを開けっ放しにしていた車の座席について扉を閉め、暖房機のスイッチをいれるとまだ冷たい風がゴゴゴゴ……と低い音を立てながら吹き出した。
「お願いします。 私をかくまって下さい」
クヌギがシートベルトを着用し、出発しようとハンドルに手をかけた瞬間、後部座席から女性の声が聞こえた。
まだ若い、少女の声と言っても文句を言われないぐらいに高音で、老人には聞き取りにくいかもしれない声だった。
「私、あいつらに追われているんです! どうか私を逃がしてください! お金は持ってます! お願いします!」
クヌギが耳を澄ますと先ほど通り過ぎたサイレンが再びこちらに近づいてきている。
どうやら追っ手も無能ではないようで、少女を見失ったと気づいてこのあたりまで戻ってきたようだ。
「面倒ごとは避けたいんだが、どうやら事情があるようだな。 それに、場合によっては計画が早まることも……よしわかった。
後部座席を手前に倒すと隠れる場所があるから、しばらくはそこに隠れておきな!」
「ありがとうございます!」
少女が後部座席を倒してに身を潜めると、クヌギは車を出発させた。
クヌギの運転する車が表通りを少し進むと、そこにはパトカーが数台停まっていて一人の警察官が道路の中心で両手を広げて停車を求めていた。
警察官の右腰には拳銃が。 そして左腰には十字架型の端末が下げられている。
クヌギは拳銃は完全に無視し、左腰の十字架を見て「ちっ、最新式か……」とつぶやいて、仕方なく警察官の手前で減速し、警察官の真横に車を停車させた。
警察官には「怪しい人を見なかったか」「何か隠していることはないか」などの質問を受けたが、クヌギは無難に返答し、最後にクヌギの免許証を見せて車内を軽く調べられたが後部座席の裏の狭い空間までは調べられず、無事にやりすごすことができた。
警察の姿は、この寒空だというのに半袖で、腰には最新式の拳銃も下げていた。
おそらく彼らは純度の高い人間で、仮に彼らが本気になっていたらこの程度の中古車など一瞬で灰燼に帰すこともできたであろう。
だが、なにはともあれ完全に包囲網からは抜けることが出来たようで、更に進むと警察の喧噪も落ち着いてきた。
それからさらに数分間運転し、クヌギが「もう大丈夫だぞ」と声をかけると、少女が座席裏から這い出てきた。
「ありがとうございます、おかげで助かりました! このご恩はいつか必ず……」
「ああ、そんなことはまあいいさ。 ところで俺の名は青白 椚。 お前は?」
「はい、申し遅れました。 私は飛滝 つぐみと申します。 クヌギさん、本当にありがとうございました」