Prologue
それは今から五十年ほど前のこと。
人類は滅びの道をたどっていた。
人間の欲望と科学の発展に伴う大規模な自然破壊の結果、世界は徐々に壊れていった。
多くの人が苦しむ中、それでも科学の発展はやまず、人の欲望も収まることをしなかった。
世界の9割が、人の住めない環境に塗り替えられる中、そして人類はひとつの境地に到達した。
人の住めない世界ならば、人でなくなればよい。
それはすなわち、人体の改造。 人間からの脱却だった。
本来ならば倫理的に正しくないことということもあり、世界中で協議された結果表向きは禁止に追い込まれた。 だが世界は破滅への歩みを止めず、自国は不況にあえぎ、他国との生き残り競争の真っ只中にあった国々は、秘密裏に、その技術を高めていた。
そしてさらに数年の年月が流れた。
いよいよ世界の終わりは近づき、全人類が絶望にうめきを挙げる中、ひとつの研究グループが『人類強化』の人体実験に成功したという報告をあげ、また、その技術と情報を世界中にばら撒いた。
その研究結果には不完全な部分が多かった。
一つの成功を生み出すのに、何倍もの失敗を生み出すような、そんな悪魔のような研究結果だった。
しかし、生きることをあきらめかけていた人類にとって、もはやそれは冒涜ではなく救いだった。
今まで秘密裏に行われていた研究は、技術の公開と同時に公然と行われるようになる。
まずは奴隷から、次は貧民を。
さまざまな国で身分の低い者から順に、強制的に実験台になっていった。
そして数年後。
瞬く間に人は変わり、強くなった。
あるものは背に羽を生やし、あるものには尾が生えた。
時に角を生やすものもいれば、体中から毛を生やしたものもいた。
しかし、彼らは犠牲者であり失敗作だ。
手術が成功した一握りの人類は、姿は変えず、人間の姿のまま、しかし、確実に強くなっていた。
筋力は人間の限界を悠に超え、毒や放射能にも耐えられる皮膚を手に入れていた。
しかもその性能は、明らかに人外の姿に陥った失敗作を、遙かに凌駕していた。
そう、そして成功者と失敗者の差は、あまりにも大きかった。
人々は、特に能力値の高い成功者のことを「人を超えたもの」という意味を込めて「天使」と呼ばれるようになり、人の姿から外れた失敗者のことを他の人の姿ではあるが天使ほど能力値は高くない一般的な人と区別するようにこう呼んだ。
雑種
雑種は人間や天使に侮蔑されることになる。
当然人権など与えられることはなく。 醜悪な見た目の者ほど、より厳しい汚染地帯へと追放されていった。
人々が雑種の強さを知るのは、まだ少し先のことである。