俺は真似事が上手な男でした。
俺は他人の真似事が上手い男だった。
特に意識している訳でもない。訓練をしていた訳でもない。それでも、他人の行動を見れば大抵のことはできた。
ダンス、ピアノ、運動、裁縫…とにかく、なんでも出来たのだ。
俺は最強だった。この世界において、俺に真似出来ないものなんてなかった。
だが、仕事だけは違った。学生の内は優秀なやつの行動だけを模倣すればいいのだが、仕事ではオリジナリティが求められた。デザイン会社はそういう職種だった。
「おい!これどうなってるんだ!山内君のデザインを少し変えただけじゃないか、これのどこが君のオリジナルだと言えるんだ?」
「すみません…」
また、叱られた。
うーん…確かに形こそ同僚の山内のデザインを元にしたが、ここのフォントとか拘ったんだけど…。
「やり直しだやり直し!こんなんじゃ期日に間に合わんぞ!」
「はい、申し訳御座いません…」
もうほんと、嫌になる。
こういう時、自分の生き方を後悔するのだ。なぜ俺は模倣しか出来ないクズなのだと。
消えてしまおう、何もかも忘れておさらばしよう。
そう決意こそ抱くものの寝てしまえば頭は空っぽになっている。いっそのこと鼓動が止まってしまえば楽になれるのだろうか。
倦怠感が全身に纏わりつく。苦しい。
俺は、いつになったらこの後悔が消えるのか分からない。だからこそ怖いのだ。
このままではクビになる日は近いだろう。そうなれば無職、晴れてニート生活開始だ。頼みの綱は、時折閃く俺の脳内だけだ。一度、誰にも真似出来ないような素晴らしいデザインを提出したことがある。その時の上司の褒めようといえば形容しがたいものであった。今俺がこの職場で働けているのもそれがあったからだろう。
ただまぁ…この調子が何日も続けば用無しと判断されるだろう。
深い溜息を零しながら自らのデスクに腰を下ろすと、後輩の有栖さんが声をかけてきた。
「先輩、大丈夫ですか?随分とお疲れのように見えますが…」
「ああうん、なんでもないよ…またダメだし食らっちゃって…いつものことだし、あんまり気に病むことじゃないってのは分かってるんだけどね」
「無理はよくありませんよ。今日は早めに退社してお休みになられては?」
「はは、出来てたらそうしてるよ」
苦笑い、という表現が一番近かっただろう。俺はそんな表情しかできなかった。
有栖さんは可愛いというよりかは美人系だ。艶やかな黒髪が彼女の純粋な瞳にぴったり。こんな恋人がいいなーって感じ。気遣いもできるし。
「これ、コーヒーです。まだ口を付けていないの安心して飲んで下さい。」
「い、いや…悪いよ、後輩に奢らせるなんてさ…」
しかも、俺が苦手なブラックコーヒーだ。好意は嬉しいが、わざわざ頂かなくてもいい。
それに…可愛い後輩チャンに奢らせるダメ男には成り下がりたくない。
「そう…ですか。」
少しだけ俯き悲しそうな顔をしたのがチラリと見えたが、気にし過ぎるのも迷惑だろうから見て見ぬフリをしてしまおう。ちょっぴり罪悪感が背中に残ったが、それを忘れさせるくらいの速さで有栖さんが顔を上げた。
「なら、少しでも早くご帰宅なさって下さい。いつ倒れるか心配でならないです。」
有栖さんは俺が強く握りすぎてくしゃっとなってしまったデザイン案の紙を無理矢理受け取る。
どうやら、この分は私がやっておくからアンタは早く帰って寝ろ、ということらしい。
「申し訳ない…お礼は必ずするよ。ありがとう。」
「いえ、別に。」
ツンとそっぽを向いた有栖さんの表情は、頼ってもらえて嬉しそうだった。
…これから、もっと頼ってみようかな?
早速デザイン案に手を付け始めた有栖さんを横目に俺は小さく笑い、退社した。
それから一週間くらい経っただろうか、ついにその日は訪れてしまった。
「悪いが、君にはこの会社を辞めてもらいたい。」
「…は」
「これといって目立つ成績ナシ。一度素晴らしいものを見せてもらったが、それ以降は社員のデザインを模倣したようなものばかり。」
「それは…」
「とにかく…君には辞めてもらう。決定したことだ。言い訳なぞ無用だ。」
あ…あぁぁ…あぁぁぁぁぁ……
分かってた。分かってたんだ。俺なんか必要ないって。
だけどまぁ、現実とはこれほどに無情なものだったか。いざとなって突き付けられると飲み込めない部分も出てくる。
俺は頑張った。模倣と言われようが自分のオリジナリティを出せるようにと精進してきたつもりだった。
その努力を…時間を、全てを否定されたようでならない。
ギギィ…バンっ!!
道に立ち塞がる門が半強制的に閉められた音がした。
俺は…これからどう生きていけばいい?
弾かれるように会社から追い出された俺は、ゾンビのように街を徘徊した。
今日から俺、ニートか。ニートって何してるんだ?そもそも…俺がニートになる権利なんてあるんだろうか。
頭の中がマーブル状になっていくのを感じる。心なしか蛍光灯もロリポップキャンディのようになっている。遂にイカれたか、俺の脳みそ。
「危ないぞ!!よけろ!!…おいっ!!!聞いているのか!」
どうやら、俺は工事現場の真下にいたようだ。ああ、誰かが事故に巻き込まれそうなんだな。可哀想に。助けてあげたいが今の俺の気力じゃ巻き添えになって、一緒にこの世からオサラバだ。
突如、俺の視界が陰る。
雲か?さっきまで星が空に瞬いていたのに、随分と神様は情緒不安定だ。
そう思って空を見上げた__いや、見上げようとした。
空には俺の視界をいっぱいに覆い尽くす灰色の、鉄骨のようなものがあるだけだったのを覚えている。
そこからの記憶はない。
すごい訂正しました…というか、話変わりました(笑)
さて主人公、どうなるのか!?